表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/85

第35話:三者面談(一ノ瀬保奈美)

 桜の花びらが校門の前でひらひらと舞い落ちる。

 ――もう高校2年生になったのだ。

 少しだけ背伸びしたような感覚になりながら、私は心の中で小さく息を吸った。


 担任の先生と進路指導の先生に進路指導室に呼ばれた。

 机の上に広げられた成績表の上に、赤ペンで書かれた「概評A」の文字。


「一ノ瀬さん、このまま頑張れば、水道橋女子大の生活科学部を学校推薦できる可能性があります。

 もちろん一般受験を念頭に入れて、受験準備はきちんと進めて欲しいけれど、まずは学校の成績について、このラインを維持していきましょう」


 先生の言葉に、思わず姿勢を正した。

 まさか自分が “学校推薦” という言葉をもらえるなんて思っていなかった。

 驚きと同時に、胸の奥で小さな灯がともるような気がした。


「……はい、頑張ります!」


 帰り道、駅のホームでスマホを握りながら、私は真っ先に直也さんにメッセージを送った。


――《水道橋女子大生活科学部への学校推薦してもらえるかもしれないの》


 送信から数分もしないうちに返信が届いた。


――《それは素晴らしいね。

とりあえず4月の三者面談は有休取ってきちんと行くから》


 その一文を見た瞬間、胸が熱くなった。

 “有休とってきちんと行く”――忙しい人なのにそう言ってくれて本当にうれしい。


※※※


 四月の半ば。

 高校生になって最初の三者面談の日がやってきた。


 教室前の廊下には、順番待ちの間、緊張した顔の生徒と保護者たち。

 私もその中で、小さく深呼吸した。

 直也さんは、半日有休を取って会社から時間より少し早めに来てくれた。

 スーツ姿で立っているその姿は、やっぱりどこか学校の空気から浮いていて、

 でも同時に、誰よりも頼もしく見えた。


「保奈美、緊張してる?」

「うん……ちょっとだけ」

「大丈夫だよ。

 いつも通り話せばいいよ」


 その声を聞いただけで、不思議と落ち着いた。


 面談室の中は春の日差しが柔らかく差し込んでいて、

 担任の先生は微笑みながら資料を開いた。


「今日は一ノ瀬さんのお義兄様もお忙しいのに三者面談に参加頂きありがとうございます。

 まず保奈美さんの今後の進路についてお話をさせていただければと思います。


保奈美さん、まずは自分の考えを教えてもらえる?」


 私は少しだけ間を置いてから、言葉を選んだ。


「はい。

 私は、水道橋女子大学の生活科学部に進学したいと思っています。

 理由は三つあります。


 一つは、もともと料理をすることが好きで、食や生活についてきちんと学びたいと思ったことです。

 こうした分野を専門的に勉強できるのが家政学か生活科学だと進路指導室の先生に教えて頂き、その中で一番レベルが高いのが水道橋女子大学の生活科学部だと教えて頂いたからです。


 二つ目は、料理に限らず、家政の分野をしっかり勉強して、将来自分の家庭をきちんと営めるようになりたいと思ったことです。

 昨年自分の母が亡くなってから、自分がいかに守られていたかを実感しました。

 自分が家庭を営むというのは、今度は自分が守る側になるという事だと思います。そのために、必要な事をきちんと学びたい。そう思いました。


 そして三つ目は、義兄がお世話になっている、半導体メーカーグリゴラ社の執行役員をされている加賀谷さんの奥様が水道橋女子大のご出身で、よく義兄と一緒にご自宅に伺いする機会を頂くのですが、すごく素敵な方で、憧れました。

 私もそういった素敵な大人の女性になりたいと思ったことが理由です」


 少し早口になってしまったけれど、全部言えた。

 自分の言葉で話せた。


 担任の先生が目を細め、ゆっくりと頷いた。

「……うん、よく考えていますね。

 どれも立派な理由だと思いますよ」


 直也さんは黙って聞いていた。

 その表情がとても穏やかで、どこか誇らしそうだった。


「私からもひとこといいですか」

 先生が頷く。


「保奈美はすごく優しい子ですが、それと同時に、自分自身でよく考えて、きちんと動ける子だと思います。

 

 水道橋女子大は、保奈美がやりたいと望んでいる家政学・生活科学の分野について、その “自分で考えて動ける力” を伸ばしてくれる大学だと思います。


 加えて、実際に私もグリゴラの加賀谷さんの奥様とお話をさせて頂いた際に、保奈美が思ったように、本当に素敵な方だと思いましたし、そう自分もありたいと彼女が思うのもよく理解できます。


 ですので、もし学校推薦をいただけるのなら、是非その方向に進ませたいと思います」


 先生が微笑んで頷いた。

「わかりました。

 では、評定成績確保を最優先にして学校推薦を軸に進めつつ、並行して受験準備も引き続き頑張ってください。

 一学期の定期考査の状況を見ながら、これからは相談していきましょうね」


 その言葉を聞いた瞬間、緊張が一気に解けた。

 私は机の下で手をぎゅっと握りしめた。


「……ありがとうございます。

 頑張ります!」


※※※


 帰り道。

 夕方の光が校舎の窓をオレンジ色に染めていた。

 グラウンドの向こうでは、新入生たちが部活の掛け声を上げている。


「……ねえ、直也さん」

「ん?」

「私、本当に頑張るから。

 ちゃんとA維持して、学校推薦もらえるようにするね」

「うん。保奈美なら大丈夫だ」

「それにね」

「うん?」

「私、ただ勉強したいんじゃなくて

 ―― “素敵な大人の女性” になりたいの」


 直也さんは少しだけ笑って、空を見上げた。

「……もう保奈美は “素敵な女性” にはなっているよ。

 あとは時間が解決していくんじゃないかな」


 その言葉が、春の風みたいに胸に沁みた。

 新しい季節が、確かに動き出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ