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第33話:最新AIボットを命名(神宮寺麻里)

 ――政治の空気ばかり吸っていると、感覚が鈍る。

 そんな気がしていた。


 だから今日は、早めにオフィスを出た。

 向かうのは、GAIALINQの戦略開発パートナーの一つ――Archetype Robotics社。

 AIロボティクスの企画設計を進める最前線だ。


 目的はひとつ。

 今後のAIソフトウェアの改修を、なるべく私を介さずにDeepFuture AIの米国チームと円滑に調整できるようにするための布石を打つこと。


(……直也が政治絡みの地雷原を歩くことになるなら、私自身は可能な限りそのそばでサポート出来るようにしておきたい。

かといって、AIに関するボトルネックは一切残せない)


 だからこそ、今日は “未来側の頭脳” ――芦原アシハラ 天空海アクアを連れてきた。

 クラウド基盤・分散制御の研究者、東都大学大学院を出ていてIQ160クラスの天才だ。

 しかも本人はドローンやAIロボティクス分野のオタクの気がある。

 この現場を見せておくには、最高のタイミングだった。


 Archetype Robotics本社に付設されている工房の扉を開けると、独特の機械油と樹脂の匂いが迎えてくれた。

 金属の光沢、ケーブルのうねり、ディスプレイのちらつき――


「お久しぶりです、麻里さん!」

 声をかけてきたのは、小松原沙織。

 昨年12月まで五井物産にいた、筋金入りの元商社ウーマンだ。

 再エネ部門に在籍していた時はGAIALINQと敵対する存在でもあったが、彼女の情報があったからこそ、再エネ部門の幹部による地方首長会議での策略を事前に辛うじて察知できたのだった。


 彼女は五井物産商社マンとしての手腕を持ち合わせているからこそ、今ではArchetype Robotics社の執行役員経営企画室長であり、尚且つ、ハードウェアエンジニアとしても辣腕を振るっている。


「ご無沙汰です、沙織さん。

 GAIALINQチームとのやり取りもスムーズにやって頂いているので助かります」

「ええ! DeepFuture AIのシリコンバレー側とも頻繁に連携取っています。

 ……相変わらずイーサンは冗談だらけだけど」


 笑いながら言う彼女の姿に、少し安心する。

 あの五井物産の再エネ部門での修羅場を経て、自分を見つめ直し、AIロボティクス企業での再起を図った女性というのは、とてつもなく強くてタフだ。


「それで今日は?」

「AI制御系のアップデートを、なるべくこちらで完結できるようにしたいの。

 今後しばらくはGAIALINQにまた邪な圧力が加わりそうで、その対応に私も専念できるようにする必要があるの。

 こちらの現場は、アクアに任せても大丈夫?」


 私の隣に立つ青年――アクアが一歩前に出た。

 淡い色のパーカーにジーンズ、髪は寝ぐせ気味。

 でもその目は、光の速度で情報を読み取るように動いていた。


「芦原天空海です。今日初めて拝見しますけど……」

 アクアの視線が、工房の奥の一体に止まる。


 そこには、無骨なシルエットの大型人型ロボット――P-03が立っていた。

 表面は未塗装のまま、配線むき出し。

 だが、その静かな佇まいには妙な存在感がある。


「これが……あのAIロボティクス “プロトタイプ” の最新試作機ですか?」

「ええ、前機のP-02が、保奈美 “姫” によって、伝説の “オニーさん” って呼ばれてたでしょ?」

 沙織が笑いながら言う。

 アクアは顎に手を当て、真剣に見つめ――そして、ぽつり。


「動画見ましたよ。

 でも……P-02が “オニーさん” だったら、このP-03は――」

 アクアはそこで一拍置いて言い放った。


「―― “オッさん” ってことですかね?」


 ――一瞬の静寂。


 そして。

「ブーーーーーふぁはははは!」

 私が吹き出すより早く、沙織が腹を抱えて笑った。

「ねーちょっとー!!

 ウチの自慢のプロトタイプになんて通り名つけてくれるのよ!」

「だって見てくださいよ、この腰回りの補助フレーム。

 絶対 “オッさん体型” ですよ」

「やめなさいよ!――それ言ったらもう “P-03=オッさん” で定着しちゃうじゃない!」


 そう言いつつ、沙織も笑いが止まらない。

 横で聞いていた桐生社長までもが、コーヒーを吹きそうになっていた。


「……ふふ。じゃあもう、“オッさん” で正式登録ね」

「ちょ、麻里さんまで乗らないでくださいよ!」

「もう手遅れよ。……保奈美ちゃんに報告しておかなくちゃ」

「そんな〜……保奈美 “姫” に報告が行ったら、本当に “オッさん” で確定しちゃうじゃないですか!」


 笑いながらも、私は思っていた。

 この子は――天才だけど、空気の温度を上げる力がある。

 冷たくなりがちなAIの世界に、“人の笑い” を持ち込める。


 それは直也が最も重視していた “GAIALINQの魂” そのものだ。


 作業台の上では、アクアと沙織が早速コードの仕様を擦り合わせている。

 技術英語が飛び交い、スクリーンにはニューラルネットのモデル図が映し出されていく。


 そのスピードと精度を見ながら、私は胸の奥で小さく呟いた。


(……いいチームになるわね)


 これから巻き込まれそうな邪な動きには魂が削られる一方で、

 ここには、確かに “創る喜び” があった。


(――オッさん、頼んだわよ。未来の地熱×AIのドリームチームを、ちゃんと守ってね)


 そう心の中で笑いながら、私はモニターの光を見つめていた。

 AIのコードが流れるその音が、不思議と “生命の鼓動” のように感じられた。


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