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第18話:美しき “罪” の瞬間(一ノ瀬直也)

 ――完全に想定外だった。


 まさか、明治村でウェディングフォトを撮ることになるとは。

 しかもその相手が、保奈美だなんて……。


 スタッフのアナウンスを聞いた瞬間、最初は笑っていた。

 ただの観光の余興、冗談半分の提案――その程度のつもりだった。

 ところが、ジャンケンの勝者が保奈美になった時点で、

 空気がほんの少しだけ変わった。


 彼女の顔が、嬉しそうに輝いた。

 その笑顔を見た瞬間、誰も文句を言えなくなった。

 あの笑顔には、何の打算もない。

 ただ純粋に “嬉しい” という感情が、まっすぐに光っている。


 ――だから、流れに任せた。


 だが、控室の扉が開いて、

 ウェディングドレス姿の保奈美が現れた瞬間――

 オレは言葉を失った。


 それまでの彼女の印象とは、まるで違っていた。

 純白のドレスが、彼女の肌の透明感を際立たせ、

 ヴェールの下の瞳が、まるで光そのものを湛えていた。

 “少女” と “女性” の境界を、静かに越えてしまっていた。


 保奈美が微笑んだ。

 その瞬間、胸の奥に鈍い衝撃が走った。


(……本当に綺麗だ)


 心の中でそう呟いて、自分で驚いた。

 保奈美は紛れもなく美しい少女だ。

 でも今目の前にいるのは――。


 これまで何度も見てきたはずなのに、

 今、目の前にいる彼女は、まるで違う存在のようだった。


 ――ウェディングドレスというのは、恐ろしい服だ。

 それを着るだけで、“その子の未来” を連想させてしまう。

 そして、その “保奈美の未来” が、自分の中で

 これほど鮮明に浮かぶとは思っていなかった。


 カメラマンの指示に従って立ち位置を変えながら、

 オレは何度も深呼吸をした。

 彼女が少し動くたび、

 白い布が光を反射して、胸がざわついた。


 そして、最後の一枚――。


「お姫様抱っこでいきましょう!」


 その言葉を聞いた瞬間、周囲がざわつくのがわかった。

 玲奈が何か叫び、亜紀が頭を抱えている。

 でも、不思議と、俺の中は静かだった。


(……いいだろう)


 気づけば、自然に手が動いていた。

 保奈美の腰に手を回し、その体を抱き上げた。


 軽い――そう思った次の瞬間、

 彼女の腕が、俺の首に回った。

 その仕草があまりにも自然で、

 まるで、初めからこうなることが決まっていたみたいだった。


「大丈夫か」

「……だいじょうぶです」


 小さな声。

 ほんの少し震えていて、

 その震えが、逆にオレの心を落ち着かせた。


 カメラマンがカウントを取る。

「スリー、ツー、ワン――」


 その瞬間。

 頬に、やわらかい感触が走った。


 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 けれど次の瞬間、観光客の歓声が耳を打った。

 悲鳴、拍手、笑い声、そして――彼女の温もり。


 世界が、少しだけ遠のいた。

 光と風と音が混ざり合って、

 ほんの数秒のはずが、永遠に続くように感じた。


(……この子だけは、何があっても絶対に失いたくない)


 頭ではなく、オレの芯がそう叫んでいた。

 GAIALINQの理念も、責任も、ロジックも――

 そのすべてが、一瞬で霞んだ。


 オレの腕の中にいる彼女は、

 もう “義妹” という枠に収まりきらない存在になってしまっていた。

 守るべき “家族” という言葉では足りない。

 彼女の笑顔を失うことが、

 きっと俺の人生の輪郭を失う事を意味してしまうのだ。


 ――そう悟った瞬間、自分でも少し怖くなった。


 この感情を、どう処理すればいいのか。

 どこに置けばいいのか。

 それがわからないまま、ただ抱き上げた腕に、少しだけ力がこもった。


「……ありがとう」

 彼女の小さな声が、耳元で聞こえた。

「……こちらこそ」


 短い言葉のやり取り。

 でも、その一言ずつが、心の奥にゆっくりと沈んでいく。


 シャッター音が最後に鳴った。

 光が一瞬、白く弾けた。


 ――たぶんあの写真は、オレの人生の中で、いちばん美しい“罪”の瞬間だ。


 誰かに見せるためじゃない。

 まして、思い出として飾るためでもない。

 それは、心の奥に刻みつけておくための一枚。


 オレが、彼女を永遠に失わないように。


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