知らずに回復禁止ステージへ入り込んでしまったような
翌朝の体調?もちろん最悪ですがなにか?
ずっと頭の中に魔王の顔が巣食っているのだ。もうほんとに殴り飛ばしてやりた⋯⋯はい、嘘です。そんな勇気すらありません⋯⋯
とりあえず決めたのは、もう時間を止めないことくらい。魔王の目当てがこの能力なら、使わなければどうにか見逃してくれないかなーという浅知恵だ。
まあそもそも、魔王が出てくるかもしれないのに使うなんて、怖すぎて出来ないけどね⋯⋯
「おー⋯⋯なんか顔色すごく悪くない?」
「うん⋯⋯全然寝れなかった⋯⋯」
朝の散歩を終えた私は、食堂でクレアと会った。散歩をしていたのは、眠れなすぎてもう諦めたから。
「アイリス、シルティアのベッドで幸せそうに寝てたよ。そのせい?」
「いや、まったく」
「そっかー」
アイリス、朝は弱いからなぁ。たまに起きれなくて朝ごはん食べ逃すこともあるし。今もまだむにゃむにゃと寝ているアイリスを想像すると心が少し癒される。
あ、なんか想像内のアイリスが寝返りで魔王の顔を吹っ飛ばした。やっぱ私の女神様だ⋯⋯
「でもさ、本当にシルティア大丈夫?普通にどっか具合悪いのー?」
「身体は悪くないし、多分数日経てば大丈夫だよ。⋯⋯大丈夫かな⋯⋯」
「なんかすごく不安になるなぁ⋯⋯」
丁度朝食が運ばれてきたので、おしゃべりは中断して食べ始める。丁度デザートのフルーツに差し掛かった所で、まだ眠そうなアイリスが食堂に姿を現した。
「ふあぁ⋯⋯おはよ⋯⋯」
「おはよう」
「おはよー」
同じように食事が運ばれてくるので、私とクレアが順にアイリスの口へと運ぶ。
目がとろんとしているアイリスが、食べ物が近づくと口をあーんと開けるのだ。その姿が可愛すぎて、いつの間にか私とクレアの仕事になっていた。はい、どこから見ても真っ当な仕事ですよね?
差し出されたものを無警戒に食べるアイリスは、まるで大きな犬みたいで、私の精神安定を大きく助けてくれた。
食べ終わって部屋に帰ると、そこからは学校への準備だ。部屋着から白が基調となっている制服のシャツとスカートを身に付け、お母様の形見である白薔薇の髪飾りを付ける。
クレアと一緒に部屋を出ると同じく支度を終えたアイリスが待っているので、一緒に学校へ向かう。と言っても寮から近いので数分だけど。
「本当にごめんなさい⋯⋯」
「もう、アイリスは悪くないって」
「でも私、迷惑だったでしょ⋯⋯」
歩きながら、私はちゃんと目が覚めたアイリスから何度も謝られる。どうやら私の顔色が悪いのは、アイリスが一緒のベッドで寝てしまったからだと思っているらしい。
しかも結構落ち込んじゃってて、悪いのは全部魔王なので本当に申し訳ない⋯⋯
「本当に気にしないで?むしろアイリスが寝ててくれたおかげで私の悩みが(想像の中で物理的に)吹っ飛んでったから」
「⋯⋯え?そう、なの⋯⋯?」
「そうだよ?だからこれからもよろしく!」
「う、うん!じゃあこれからもシルティアの隣で寝るね!」
「え、あ、うん⋯⋯?」
「なんかすごいねじれが存在してる気がするー」
⋯⋯正直アイリスが隣で寝ていると私も眠りにくい気がするんだけど。主にアイリスが美少女すぎるという点で。
そう、アイリス、そしてクレアも私とは比べるのがおこがましいほどに美少女なのだ。
アイリスは金髪碧眼の文句なしのお嬢様で、過去には王子にも告白された事がある。秒で断って王子泣いていたけど。
クレアは赤い髪に金の瞳とめちゃくちゃかっこいいのに、普段のおっとりした感じがギャップを生み出してて、こちらも男子から人気が高い、らしい。
それに比べて私ときたら、白髪に灰色の瞳と目立つ要素も可愛い要素も何も無くて⋯⋯あ、やばい、過去に乗り越えた壁が再建しそう⋯⋯私なんかがこの2人と友達でいいのだろうか⋯⋯
って、問題はそうじゃない。この感情は根性で心の奥深くに押し込んで⋯⋯あ、ちょっと!膨れ上がってこないで!
⋯⋯⋯⋯そう、アイリスが隣で寝る件だ。と言っても、もう現実を受け入れるしか無いかなぁ。1度いいよって言っちゃったんだし⋯⋯いや、むしろ私の中の魔王を吹っ飛ばしてくれるから精神的に安定するのか⋯⋯?
「シルティアって押しに弱いよねー」
「そ、そんなことないです!?」
「もう、尻に敷かれないようにしなよー?」
「されないよっっ!」
「し、しません⋯⋯!」
「?」
学校に着いて、私は2人と別れる。残念すぎることにクラスが違うのだ。そしてクラスで私はぼっち⋯⋯
教室に入り、中央列の1番後ろとかいう良いのか悪いのか分からない席に座ると、急激に眠気が襲ってきた。
あんだけ私の頭の中で好き勝手やっていた魔王の顔が、急に上半身絵になって優しく頭を撫でてきたのだ。もうこれ魔王じゃなくて私自身が意味わかんないよ⋯⋯
まあ、授業始まるまであと30分近くあるし寝ても良いかな⋯⋯と思っていたら。
「おい」
「⋯⋯?」
「朝から居眠りなんていいご身分だな、次期男爵様?」
顔を上げると、いつもの男子3人組がいた。
⋯⋯えーっと、ダルトン伯爵家の、⋯⋯はにゃららさんと、その子分である⋯⋯なんとか子爵家の、⋯⋯ひにゃららさんと、⋯⋯ふにゃららさん。
どうやらアイリスと仲良くしている私が気に入らないらしくて、毎日のように絡んでくる厄介者達だ。ちなみにクラスメイトの大多数から嫌われている。
「⋯⋯おはようございます、えっと⋯⋯さん、今日はどのようなご要件で?」
「おい飛ばすな。ハンス・ダルトンだ。いい加減覚えろ。そして僕らは教室でぼっちのお前に気を遣ってあげてんだよ。なあ?」
「ああ、友達いなくて教室で居眠りとか、可哀想だからな」
「僕らが手を差し伸べてあげてんだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
話しているだけで心のHPがどんどん削られていく⋯⋯出来れば無視したいけど、爵位的にそれが出来ないのが辛い⋯⋯
というか本当に私の弱点を的確に突かないでよ!思ってても言って良い事と悪い事があるでしょ!?
「なあ、アイリスに哀れみで付き合ってもらって、恥ずかしいと思わない?今すぐ別れろよ」
「私はアイリスを本当の友達だと思っていますし、彼女もそう思ってくれてると思いますよ。恥ずかしくなんかはありません」
「またそれか。アイリスが付いてるからって澄ました顔しやがって。善意で忠告してやっているのに」
またか、ってそれは私のセリフだよ!毎回同じ事言われるから、同じ事返してるだけですが?あと何が善意だよ!ひとふも後ろで頷いてるけど、ただあなたたちがアイリスに相手にされないから僻んでるだけじゃん!
あ、そろそろやばい⋯⋯
そう思ったところで、私は気付いた。HP、回復できないじゃん。
普段なら時間を止めて、黄昏たり、はひふ相手にシャドーボクシングしたり、あと実際にいたずらしたり。停止世界で行ったことは現実にも反映されるので、それで溜飲を下げて回復している。
でも、私は今、魔王のせいで時間を止めることができない。
HPが尽きると、私は自分自身のことをコントロール出来なくなる。そんなのは嫌なんだけど⋯⋯
そりゃさ、時間止めたところで魔王がまた出てくる可能性なんて低いと思うよ?というか無いよ?けど⋯⋯やっぱり本当に出てきたら嫌じゃん!
と、魔王の事を考えたら、心の中でゴリっと削られる音が聞こえた。あ、やばい⋯⋯
「?おい、返事しろよ」
「⋯⋯え?あ、⋯⋯」
「だから、なんでお前みたいなやつがアイリスと仲良くしてんの?たかが男爵家が。しかも後ろ盾も何も無いだろ?屋敷も、家族も」
HPが切れてしまい、私は言葉に詰まる。なんか言わなくちゃなのに、舌が上手く動かない。必死に言葉を口から出そうとしているのに、出るのは汗と涙だけだ。
何でこうなるの⋯⋯久しぶりに感じた強烈な焦燥感で、余計何も言えなくなる。ついさっきまで普通に話せてたのに⋯⋯もうやだ⋯⋯早く逃げたい⋯⋯
「は?なに、泣いてんの?いや意味わかんないんだけど」
「⋯ち、違っ⋯⋯」
「ねえ、何してんの?」
ぱっと声がした方を向くと、教室の入口にクレアが立っていた。救世主の登場に私は喜ぶが、それすらも言葉に出ない。クレアは私達の方に近づいてくると、3人組を睨みつけた。あ、すごく怒ってる⋯⋯
「何してんの、って聞いてるんだけど」
「⋯⋯っ、僕らはただこいつに忠告してやっただけだが?」
「もう少しましな言い訳考えた方がいいと思うけど、それでシルティア泣かせたの?そんなんだからアイリスに相手して貰えないんじゃん」
「はぁ!?つか何なんだよ男爵家の庶子風情が!関係ないだろ!どっか行け!」
「お前らの方がどっか行け」
「⋯⋯っ!!」
お腹の奥が冷たくなるようなクレアの低い声に、はひふはびびったようにそそくさと退散していった。
「シルティア、大丈夫ー?」
「う、うん、ありがとう。でもどうして⋯⋯?」
「んー?今日のシルティア調子悪そうだったから、心配になったんだよー」
この優しすぎるヒーローは、何も無かったようにのほほんと笑った。ほんとカッコよすぎる⋯⋯!
現れるタイミングもそうだけど、男子3人に対して物怖じしない度胸と追い払える威圧感、そしてその後の穏やかな笑顔。これが私の友達なんだ。ああ、心が癒されていく⋯⋯
「今日くらい無理せず休んだら?」
「⋯⋯え!?いや、大丈夫だよ。私、クレアのおかげで頑張れそう!」
「そうー?ならこれ以上は言わないけど、無理ないようにねー」
そう言って、クレアは手を振りながら教室を出ていった。と思ったら、もう一度ひょこりと顔を出して。
「困ったことがあったら私のとこに来てねー」
と、めちゃくちゃ頼もしい事を言ってくれる。じゃあねー、と次こそは自分のクラスへと帰ったクレアを見送って、私は思った。あれ、案外時間止めなくてもどうにかなるんじゃない?だって、私成長したし。
そう、この時の私はそう思ってしまったのだ。愚かにも、自分は出来ると勘違いしてしまったのだ。この後あんな事になるなんて、今の私は考えもしていなかった⋯⋯
一限の魔法学が始まり、私は早速睡魔に負けて夢と現実の狭間を彷徨っていた。それは数時間前には考えられないくらい安らかで気持ちよい睡眠だった。けど───
「では、ここの魔法式は⋯⋯ミラルト様」
「⋯⋯⋯⋯」
「ミラルト様?」
「⋯⋯っ!は、はいっ。えっと⋯⋯」
「陣の空白部分に入る式です。先程と同じような式を、接続に気をつけて描いてくれれば良いですよ」
先生から指名されて私は跳ね起きた。何も分からないまま立ち上がり、そして黒板に書いてある1部が空白の魔法陣を見て質問を理解する。
もう、なんで今日に限って当てられるの!?聞いてないんだから先程なんて分かるわけないじゃん!と、自分勝手すぎる意見を心の中で唱えて、問題を必死に考える。
「⋯⋯えーっと、これは⋯⋯」
でも、そんな焦った状態で正解が思いつくはずも無かった。黒板に穴が空くくらいじっと見ても、なんにも浮かんでこない。
更には訝しむ先生やクラスメイトの視線も気になって、冷や汗が止まらない。
やばいやばいやばい。周りから注目されてる。答えなきゃ、答えなきゃ、答えなきゃなのに⋯⋯⋯⋯
───止まって
時間が止まる。クラスメイトと先生の動きが止まる。
「あ⋯⋯」
思わず止めてしまった。
やっちゃったという思いと共に、私は急いで周りを見渡す。前、後ろ、廊下、窓の外、天井、机の中⋯⋯最後に教卓の後ろまで確認して、ようやく私は息を吐いた。
もう、私の心弱すぎない⋯⋯?クラスメイトの前で別に間違えるくらい、別に大したことないのに⋯⋯反射的とはいえ、魔王と会うのより嫌だったの?
まあ、いっか。魔王はいなかったし。それだったらさっきも止めちゃえば良かったな⋯⋯そう思って教卓の中から視線を上げると。
「よお、今回はどうした?」
「ひゃあああぁぁぁ!?!?」
私の席に、笑顔で手を振る魔王が座っていた。




