番外編 シャムの穏やかな朝
窓から柔らかな日差しが差し込み、微睡の中にいた意識がゆっくりと浮上する。
「くあああ……」
オイラ──ケットシーのシャムは、こんもりふかふかの羽毛布団の中でモゾモゾと寝返りを打つ。
柔らかな温もりを感じて薄っすら目を開けると、大きなベッドで一緒に眠っていたアルクの寝顔が眼前に広がった。肩越しに後ろを振り返れば、ぴたりと暖を取るようにくっついて眠るシエルの姿がある。
全く、どうしていつもオイラ挟んで寝るのかにゃあ……。
双子の亜人であるアルクとシエルは、ヴェルデの旦那のダンジョンで出会った。
幼く背丈が近しい二人とはすぐに打ち解け、今では兄弟のような友人という関係だ。
二人は未だ夢の中のようで、時折「むふふ」と口元をむにゃむにゃさせながら幸せそうな顔で眠っている。
いつまでもそうして二人の寝顔を眺めていたくなるが、寝起きの空腹を刺激する芳しい香りに導かれるように静かにベッドから降りる。
二人を起こさないように音を立てずに扉を開けて寝室から抜け出して向かう先は決まっている。
「お、おはよう。起きたか」
オイラの気配をいち早く察知し、鍋をお玉でかき混ぜながらこちらを見るのは、人間の冒険者であるリアンだ。
何がどうなってそうなったのか、この男はダンジョンに居を構え、双子たちと生活を共にしている。そこに転がり込んだオイラもまた、リアンと暮らしている。
「おはようなのにゃあ。今日の朝ごはんはベーコンと卵かにゃ?」
「当たり。コッコの産みたて卵だぞ」
尻尾をゆらゆら揺らしながら手元を覗き込むと、リアンお手製の絶品ベーコンと共に、ぷっくりとハリのある目玉焼きがフライパンの上を滑っている。
鍋の方は野菜たっぷりのスープが優しい香りを立ち昇らせている。
邪魔にならないようしばらくリアンの調理工程を見守る。無駄なく手際がいいその光景を見るのが好きだったりする。
リアンの手捌きはいつも丁寧で、穏やかに微笑む表情からは料理を食べた者たちの反応を思い描いているのだろうことが容易に想像できる。
つまり、リアンの料理にはたっぷりの愛情が込められているのだ。そして、その愛情を向けられる一人に自分がいることは、もう何ヶ月も生活を共にしていて疑いようもなく、それがなんともむず痒く──嬉しい。
「っし、そろそろできるぞー。アルクとシエルを起こしてきてくれ」
「仕方がないのにゃあ」
リアンが網で焼いていたパンと、カリカリに焼かれたベーコン、絶妙な焼き加減の半熟目玉焼きを人数分の皿に乗せながらオイラに頼んできた。
育ち盛りの双子はよく食べ、よく眠る。
オイラも二人と一緒に惰眠を貪る朝もあれば、今日のように先に起き出してのんびり朝食準備の様子を見学したり、時に手伝ったりして過ごしている。
暖かな陽光を降り注ぐ太陽に向かってグッと伸びをしてから、オイラは可愛い弟と妹を起こしに小屋の扉を開けた。
「おーい、起きるのにゃ」
「ううーん、あとちょっとお……」
「むにゃむにゃ……」
寝室に入ると、アルクとシエルはオイラが抜け出た隙間を埋めるように身を寄せ合って眠っていた。パンパンと手を叩いて起床を促すが、なかなか起きる様子がない。
「やれやれなのにゃあ」
オイラは強行手段を取ることにした。
二人がぬくぬく潜り込んでいる羽毛布団の端を掴み、勢いよく引っぺがした。
「うわあ、ひどいよシャム〜」
「寒いよお」
「起きるのにゃ! もうリアンが朝ごはんを用意して待っているのにゃ」
「ええっ、それを早く言ってよ!」
「今日の朝ごはんは何かなあ」
まるで親の仇を見るようにじとりとこちらを見てきた二人は、朝ごはんの話題を上げるとパチリと目を開いてムクっと身体を起こした。
そしてモゾモゾと起き出してきてベッドから降りると、トテテッと寝室を出て階下へと向かっていった。
二人とも左の耳の上あたりがピョコンと跳ねており、思わず笑みを噛み締める。
オイラは空気を含ませるように羽毛布団をふわりと広げてベッドに敷き、窓を全開にしてから二人の後を追った。
「あ! シャムおそいよ」
「早く食べよう!」
オイラが食卓に着くと、さっきまでベッドで起床を渋っていた癖にしっかり椅子に座った二人がオイラに早く座れと促してくる。解せぬが、リアンも笑いを噛み殺しているのが目に入り、フッと息を吐いて席に着いた。
「「「いただきまーす!」」」
「おう、たんと食え」
みんなでパチンと両手を合わせ、食材と、調理をしてくれたリアンに感謝を捧げてから食事を始める。アルクはベーコンを口一杯に含んで幸せそうに噛み締め、シエルは目玉焼きをパンに乗せて溢れそうになった黄身を逃すまいと口を大きく開けている。
オイラはフゥフゥと野菜スープに息を吹きかけてから少しずつ口に含んで口内を潤していく。優しさがじんわりと口、食道、胃を通って全身に染み渡っていく。
「美味しいのにゃあ……」
思わず感嘆の息と共に呟くと、リアンは嬉しそうに歯を見せて笑った。
オイラはこう見えて、それなりに修羅場を乗り越え生きてきた。
長く一人で過ごしてきたし、食糧を調達するのだって命懸けで、何日も碌な食事にありつけずに雨水を啜って生き延びた時期もある。
それがどうだろう。
こんなに温かで、穏やかで、心落ち着く朝が当然のように訪れるようになるだなんて、あの頃のオイラには考えられない幸せだ。
リアンは以前、アルクやシエルだけでなく、オイラも含めて家族だと称した。
オイラにはずっと、家族と言えるような存在はいなかったから、戸惑ったものだ。
それ以上に、言いようのない喜びに打ち震えたことは今も忘れない。
今この時の幸せを当たり前だと思わずに、日々噛み締めていく。
長い一生のほんのひと時のことかもしれないが、きっと、いつか訪れる死を前にした時、こうした何気ない穏やかな朝を思い返すのだろうと思う。
オイラはもう一口スープを口に運んでから、ベーコンと目玉焼きをパンに乗せて、落とさないよう慎重に齧り付いた。




