六界 アリス ②
「…うわぁ…」
クラスメイトの誰か、一部の男子生徒からそんな感嘆の声が漏れている。
「…」
「ちょっと? ちょっと魅麗?」
昼食のパンを目一杯頬張り、バカヅラ(とても失礼)をさらしたままの最河魅麗は、マリーが見る限り、その動きを一切止めていた。
しかしその一方で、突然乱入してきた銀髪美少女に対しては、マリーはあまり驚く様子もない。
--- 昨日の出来事に比べれば、たかが美少女ひとりなど恐るるに足らずなのである
「謎の宇宙人」とかいう非現実に遭遇した以上、驚きのハードルが上がっていたのかもしれない。
他のクラスメイトたちよりもいち早く、マリーは我に返ってはいたが、魅麗がまるで珍獣にでも遭遇したかのような表情をしている様子に逆に驚く始末だった。
--- 教室に妖精が入ってきた
誰かが小声でそんな内容をつぶやく声が聞こえる。
多くの生徒はその声と同じ感想だったのだろう。
「…妖精…マジデスカ…」
宇宙人に負けず劣らずの「妖精」扱いに、マリーもひとり同じようにつぶやいた。
銀髪美少女に対する世間の評価に苦笑を浮かべるマリーだったが、魅麗が動きを止めたままなのはそんな理由からなのか? と、予想に過ぎないが少し意外に思った。
「…最河魅麗って…どいつ?」
少し低めのハスキーボイス、その銀髪の美少女は名指しで魅麗の名前を口にした。
「はい! 私の横にいるこのツインテール人が本人です!」
唐突に片手を高く上げた雛が躊躇なく返答した。
「マリーちゃん! すごいよ! こんな美少女がうちの学校にいたんだね!」
マリーよりも少し復帰が遅れたが、すでに雛はいつもと変わらない反応を見せていた。
「美少女って…あー…私、女の子に興味などありませんけど?」
「すごい透明感のある子だね! 芸能人みたい!」
雛とマリーは本人に聞こえない程度の声で会話する。
美少女が好きというわけではなく、雛の反応は、単に芸能人を見てはしゃぐミーハー気質から来るものだとマリーはようやく理解した。
「…あんたが最河魅麗? 私をずっと訪ねて来てたっていう…」
「…ふはっ!」
昨日言っていた案件 --- 魅麗自身はようやく息を吹き返したかのように見え、その目には生気が宿ったのか声を上げる。
「そっ! そうよ! その口ぶりからすると、あんたが六界アリスね⁉」
椅子から立ち上がり、自分のクラスでもないのに、大きな態度でずかずかと魅麗はアリスに近づいていく。
「…そうだけど、あんた普通にうるさい。私に用があるならさっさと済ませて」
「…くっ! よ、余裕あるじゃない、何様のつもり?」
廊下で話せばいいものを、他のクラスの二人がなぜわざわざここで話してるの?
マリーはふとそんな疑問に囚われたが、そんな細かいことに気を留める者はいないようである。
美少女が二人が見つめ合うという、ビジュアル的には一見華やかに見える光景だが、マリーは魅麗の心情が穏やかではないことはわかっている。
面倒臭いひと悶着が起こる予感にマリーは頭を抱える。
「ふーん?」
「…なに?」
昨日マリーを値踏みしたのと同じく、魅麗は色んな角度からアリスをジロジロと見つめ出す。
「魅麗はさぁ、ああやって他人の顔を見てるポーズは、実は結構間抜けな様子だと気付いてない?」
「ぷっ! マリーちゃん、思っててもそれ、口にしちゃダメだよ(笑)」
同じことを雛も考えていたようだ。
マリーが周囲を見渡すと、顎に手を当てて難しい顔をしながら体を曲げたり捻ったり、まるでコメディアンヌかと思わせる魅麗の姿に、笑いをこらえている同級生も何人かいる。
それは時間にして約三十秒ほどだったが、マリーは魅麗につきあう義理もないと考え、午後の授業の準備をしようと学生カバンから教科書を取り出した。
「…」
「なにがしたいわけ?」
「…ひっ」
「ひ?」
「引き分けでいいわ! 命拾いしたわね! 六界アリス」
「あれっ? 魅麗ちゃん、嘘ついて勝利宣言しないでちゃんとアリスちゃんのこと評価したんだ! 意外!」
「雛! ちょっと! 私が嘘つくのが当然みたいな言い方やめて!」
「雛がかなりひどい!(笑)」
突然の雛の言い分がツボに入ったようで、マリーは教科書を持ったまま笑いを押さえきれずにいる。
「…わけがわからないけど…もういいのね?」
六界アリスはその顔に「?」の表情を浮かべた様子で、その場から立ち去ろうと踵を返す。
「あ! いやいや! 待ちなさい六界アリス! まだ話は終わって---」
教室から立ち去ろうとする後ろ姿に魅麗が声をかけようとした時、
ぱっぱらーらーぷりるりらー♪♪♪
「⁉」
「え? スマホの音?」
「誰のが鳴った?」
「なんだかどこかで聞いたことあるぞ、今の曲」
「んん-?」
ひとしきり笑い続けていたマリーだったが、突如として響いた音楽に気を取られてしまう。
「…(ぷるぷる)」
(あの子? あのアリスって子のスマホ?)
マリーが注意深く六界アリスを凝視すると、彼女はなぜかぷるぷると震えているように見えた。
そして自分の制服のポケットからスマホを取り出し、表示されているであろう画面を目で追っている。
「ちょっと!」
そんなアリスのことなどお構いもなしに、魅麗はアリスのその手首を強引に掴んだ。
「えっ…いやぁ!」
それまでの物静かな様子とは一変し、急にアリスは悲鳴を上げる。
「…まだ勝負は…んんんー?」
魅麗は掴んだアリスの手にあるスマホの画面に目を奪われる。
「…え? な、何これ? 女の子が裸のアニメ…」
「…貴様…見たな?」
「ぅへっ⁉」
「…秘匿された我の燃え盛るマグマの如き教義を、貴様如きが理解できると思うな!」
「な、何語⁉」
それは魅麗にしか届かないほどの小声だったが、一瞬うろたえた魅麗の手を、アリスは力まかせに振りほどいた。
「何言ってんのよあんた! 日本語喋ってよ!」
そうアリスに向かって叫ぶ魅麗。
次の台詞はおそらく、「説明しなさいよバカ!」だと思われる。
「ん-? ねぇ雛、私にはいまいち聞こえなかったんだけど、あのアリスって子が言った言葉って…」
首を捻り、あごに手を当てるわかりやすいリアクションでマリーは尋ねた。
「んー、なんだか中二病っぽい単語が聞こえたね」
「ナンデスカソレ?」
「アニメとかラノベにハマってる子が好きな言い回しだよ」
魅麗と同じく、アリスの台詞を理解できなかったマリーだったが、雛に説明を受けようやく理解した。
簡単に言うなら、普段は会話では使わないような「カッコイイ言葉」らしい。
「あぁ! そうか! さっきの待ち受けはあれか!」
その声は先程、『なんだかどこかで聞いたことあるぞ、今の曲』というセリフを吐いた男子生徒であることにその場の全員が気が付く。
「あれだ! あれあれ! え-と…『ご主人様は極悪非道だけど私にだけは優しいので全てを捧げて二人で世界征服したいと思います』だ!」
「…ちょ、おまえあんなエ〇アニメ見てんのかよ…」
一部の男子生徒たちから冷ややかな視線が、その曲を解説した生徒に集まる。
「内容を知ってる時点でどっちもどっちなんじゃ…」
マリーはそんな言葉を発しそうになったが、あえて空気を読み口をつぐんだ。
「…え、エ〇アニメ…?」
威勢よく魅麗を指差したまま、男子生徒の『エ〇アニメ』発言を聞いたアリスはその動きを止めた。
「…えーと…あんたってエッチぃの…好きなの?」
そんな魅麗の言葉にアリスは我に返ると同時に、周囲の視線を確認する。
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「あ…ぁ…」
周りのあっけにとられた様子に気がつき、急激に心拍数は跳ね上がる。
他人との関係を面倒と感じ、常に一定の距離を保ちながら、心は二次元の世界に置いたままのアリスにとって、他のクラスとはいえ注目の的となるのは心外もいいところだ。
まして、自分が少しエ〇チなアニメを見ているのがバレた状況においては、平静を装うのさえ困難な事態だった。
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「う…うあぁっ!」
「あ、ちょっと!」
対峙していたものの、魅麗は皆目訳が分からず、ただ脱兎の如く教室から逃げ出すアリスを目で追う以外にはできずにいた。
「なんなのよ…あの女」
魅麗はアリスとまともに話すこともできなかったことにだいぶ不満を感じている。
ブツブツと不満を漏らすしかない様子に見えた。
「…なんだかちょっと可哀想だったね」
雛はふとそんな言葉を発した。
「ん-? ん-…」
マリーはそんな曖昧な返事を雛に返すも、自分も似たような感覚を感じていた。
わざわざ他クラスまで出向いて来たのに、おそらくアリスにとっては「笑い者」にされたようなものだと考えたらしい。
正確には、誰もアリスを直接バカにする同級生はいなかったのだが ---
--- そして朝の授業前に起きた、アリスと魅麗の騒動を皆が気にしなくなった昼休み
「よし」
「…ふふっ」
雛が言うまでもなく、マリーは立ち上がると二人で教室から出ていく。
「あれ? 二人ともどこに行くのよ?」
相も変わらず、本日もわざわざマリーの教室で昼食を摂る魅麗だが、いきなりの二人の行動に不思議そうな顔をする。
「…さぁ…お昼になると教室にはいないよ、あの子は」
「あ、そうなんだ、ありがとう」
マリーと雛にくっついて来た魅麗だったが、二人の行先がD組だと知るや、それがアリスに関わる用件だとさすがに気づいていた。
「あんたたちまで六界アリスに用事があるわけ?」
「そういうわけでもないけど…」
「そうだね、特に用事ってほどじゃないよ」
答えに困るマリーと、笑顔で答える雛。
魅麗にはさっぱり二人の目的の見当がつかず、ただ後ろからついて行くしかなかった。
「校庭の方で見たって」
「外でお昼食べてるのかな?」
外見からして目立つアリスの行方を、廊下で聞き回ったマリーと雛はようやくアリスの姿を見た生徒から証言を得ることができた。
「校庭っていっても結構広いじゃない…」
胸の前で腕を組みながら、不満混じりに魅麗はマリーに告げる。
「そうだねぇー、どこにいるのかなー?」
「じゃあどうすんのよ!」
「けどさぁ、なんとなくあの子の性格、ちょっとわかるんだよね」
「はぁ?」
マリーには少し思い当たるところがあった。
外見こそ派手で目立つなどと友人からもよく言われるマリーにとって、それは決して自己顕示欲から来るものではないと、自分なりの意見はある。
「社長令嬢(中小企業)」「派手な髪色」に生まれたのは自分にとって不可抗力だ。
目立ちたいわけじゃない・ただ自分の好きな髪型・可愛い服を着たいだけ、それは少女の欲求としては当然のことだった。
その結果として目立ってしまうのだが、かといって自分の『大好き』を我慢してまで、地味に生きることもしたくはない。
そういう自分の目立つ容姿を、ポジティブに捉えられる魅麗にはわからないんだろうなとマリーは思う。
悪い意味ではなく、魅麗のそんな性格や姿勢が、マリーには少し羨ましかった。
「いた!」
「ホントにいた…」
わざわざ昼休みに好き好んで立ち寄るはずもない、体育倉庫の裏側の狭い路地。
六界アリスは人目を避けるように、その場所でひとり、スマホの画面をじっと眺めていた。
「はぁ…こういう心理がわかっちゃうのが寂しいよねー…」
マリーはため息をひとつつくと、こちらに気づいてなさそうなアリスに歩み寄っていく。
「ちょっといいかな? 少しお話しがしたいの」
--- それがマリーとアリスの初めての会話になった。
この日から予想もつかない未来へと続く、地球というステージで歌う、少女たちの最初の一歩だった。




