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No.042 / ほころび乙


金四郎組が開催しているカジノの目玉。

それが『常世の君の物語』、通称「トコヨ」という人間レースである。

トコヨの舞台は日本史を模したVR空間で、参加させられる人間は、コールドスリープ管理企業である株式会社ハートウォーミングで実際にコールドスリープしている、100年前の人々である。

前者に至ってはあまりにもリアルなそのつくりにスピンオフ作品が作られるほどであり、後者に至ってはそれを知る者は金四郎組の関係者のみと限られている。

勿論、レース参加者にも同意を得ていない、完全に非合法な催しである。

カジノの参加者は何も知らず、ただ「最近のつくりのいいAiができたな。実際の人間と見分けがつかない」などと舌を巻いているのみである。


カジノのレースは10人から12人一組で行われる。

これは、コールドスリープに入った際のグループの人数によるもので、そのグループをハートウォーミングでは「ルーム」と呼んでいる。

レースに賭ける人々は、このグループの中から一人だけにかけてもいいし、上位三名に賭けるなどしてもよく、そこは馬のレースと同じである。


レースは、主人公となる少年少女が16歳の年からスタートする。

カメラは常に主人公寄りで、ストーリーも彼ら彼女らを軸に展開する。

それだけでも十分にドラマとして成り立つのだが、レースに賭けている人々の関心は別にある。

このレースでは、前回主人公だった少年少女が、次の回では青年として登場し、その次の回では老人として登場する。

皆が注目するのは、その死に方である。

一生を円満に笑って死ねればレース離脱となり、掛け金はパアとなる。

一方で、性格が尖ったまま、人生に未練を残すなりして死んだ場合は、またいちから新たな人生を始める権利が付与される。この場合、レースは続く。

そうして、どんどんレースが展開されていき、最後まで残っていた者、つまり、最後まで性格が尖ったままであった者が勝利者となる。

ひとつのグループにつき、一位は一人のみであり、以下の順位もそれに準じる。


こうして、あらかたレースの内容を把握した本間真は、今、いよいよそのレースに介入しようとしていた。


本間が選んだルームは、「32908」と「32009」。

それぞれ、通称「ルーム群青」と「ルーム萌黄」という雅な名がつけられている。

ルームが連番ということは、コールドスリープに入った順番が隣り合わせということである。

カジノのレースは、VRを構成する資料が残存しているという理由から、飛鳥時代より始まることになっているが、ルーム群青に次いで、ルーム萌黄がスタートするという具合である。

この二つのレースの時間差は、おおよそ15年から30年。

ちょうど少年が青年になる期間でもあり、青年が老人になる期間でもあった。

それが介入するには都合よく思われ、本間はこの二つのルームを選んだのだった。


それぞれの時代の、自身のアバターを設定し、いよいよ本間は介入をはじめる。

最初は飛鳥時代の拳幻という少年の人生に介入する。


俺の仕事はただ一つ。

こいつの人生に介入して、つきまとい、邪魔をし、足を引っ張り、時にたぶらかし、憎まれることで、性格を尖らせてレースを通過させること。

ただし、少年時代は、客の喜ぶおおまかなサクセスストーリーの台本があるから、それは極力守ったうえで。

本間は、意識を集中させて、目の前の「物語をはじめる」のボタンに手を伸ばした。


ヴン、という電子音と共に、物語がスタートする。


気づくと、本間はとある民家と思しきあばら家の中で、仰向けになって眠っていた。

ぽつり、ぽつりと、屋根の苫をつたい、顔に水滴が落ちてくる。

それを手で乱暴にぬぐうと、「ちっ」と本間は舌打ちをした。

自分のアバターだけチート設定にしているとはいえ、不潔きわまりない場所からのスタートは気分が滅入る。

「さっさと、拳幻とやらをみつけて、いじめた推して退散するか」

そう内心つぶやいて、本間は朝露の残る草原の上をざくざくと進んでいく。

東の空は開けたばかり、本間の物語も、始まったばかりであった。


それから、本間は順調に介入をしていった。

拳幻の次は敦漢という少年の人生に介入して不幸をばら撒き、次に安倍一色という陰陽師の少年に介入し、その次は廟利という少年を「不運」のうちに命を絶たせ、その次は美映という少女、通念という少年、ワズラという少女、江戸時代に入ってからは、備、秀一、詩蝶、祝亜という少年たちを立て続けに追い落としてやった。

鎌倉時代から戦国時代という武士の時代を体験したこともあり、江戸時代に入る頃には、本間は、自分が真正の悪人ではないかと思われるほど、悪事を行うことにためらいがなくなっていることに気が付いた。

いや、「悪」という認識事態が、ひどく軽薄になっていったと言った方が正しい。

実際、VR空間への度重なる侵入で、情報の洪水の中もまれる本間の無意識下では、確かな麻痺が起こっていたのであるが、もちろん本間はそんなことは知らない。


しかし、ここで誤算が生じる。

江戸時代の最後に介入した祝亜が、本間の介入をもしりぞけ、性格が丸くなり円満に人生を終えてしまったのである。

レースに残った面子を確認してみると、そこには、このレースで絶対に通過させてはいけない「ルーム群青」の3番が最後の回まで通過していたのである。

というのも、カジノの元締めである金四郎組の幹部たちが、まとめて3番に賭けていたからである。

このカジノでは、表向き元締めが勝つことは無いのが暗黙の了解である。


まずい。


普段であればAi任せのレース故に、こんなことは起こりえない。

しかし、このレースに限っては、人間である本間が介入してしまったがめに誤算が生まれてしまったのだ。


本間はただちに頭をはたらかせた。

次の最終回で、なんとしてでも例の3番を円満離脱させなければ――。


ここで本間は、このレース始まって以来、はじめて、いや、おそらく人生で初めてであったろう、「他人を幸せにする」方向で頭を働かせ始めた。

最終回の3番の名前は、くしくも「命」。

か弱き少年として生まれた命の生涯に、なんとか介入して優しさをふりまき人生を満足して終わらせなければならない――。

本間は懸命に使命を果たそうとした。

結果、命は無事、円満にレースを離脱することができた。

しかし、更なる誤算が本間を待っていた。

次の角歩という少女も、その次の大治という少年も、介入し、大いに邪魔をしたにも関わらず、円満に離脱してしまったのである。

最終的には、「ルーム萌黄」の10番がひとりだけ最後まで残り一位となったのであるが、「ルーム群青」だけで見ると、なんと最終回での離脱者が2人となり、そのうち規定で、スリープした順序が早かったという理由から、決して残してはいけない命が勝者となってしまったのだった。


終わった。

いや、まだだ――。


二つの相反する思いの間を、ぐらぐらとシーソーのように本間が揺れる。


レースの介入を終えて、電子ケーブルを首から引っこ抜いた時、本間はなぜか自分が鳴いていることに気づいた。

とめどなく、涙があふれてくるのだ。

感情が高ぶっておさまらない。

本間は、そのまま、よろよろとよろめきながら部屋を出た。

行く先は決めていなかったが、レースで大穴を当ててしまった以上、ここにはもういられないと思ったのだ。

逃げよう――。


本間は、ひとり、闇夜に消えた。

しかし、これが大きなほころびとなる。


部屋をよろめきながら出て行く本間をいぶかしがり、入れ違いに機械室に入りすべてを悟った女がいた。

彼女の名は、大平政宗。

金四郎組と敵対する、銀次郎組という組織の参謀の一人である。


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