No.041 / レースへの介入
金四郎組に入った本間真を待っていたのは、決して幸せな生活などではなかった。
「おい、本間、お前、調子に乗ってんじゃねーぞ」
ある日、本間が一仕事終えて住処へ戻ろうとしていたときのこと、直属の先輩であるルイが、そう言って絡んできた。
ルイの子分1と子分2がケラケラと笑っているのが見える。
本間は「めんどうだな」と思った。
今までは、面倒ごとがあれば、拳で解決してきた。
しかし組に入った今、厳しい規律の元で、皆が身内との暴力沙汰を我慢している。
新人の自分がその掟を破るわけにはいかない。
本間は、心底「めんどうだ」と思った。
本間がこれからどうすべきか考えている間にも、ルイは「俺はおめーが気に入らねー」だの、「今に見てろよ、ボコボコにしてやるからな」などと言っている。
こんな奴、自分の力をもってすれば、おそらく一発でのせるだろうに。
そう思いながら、本間はルイに笑顔を向けていた。
その笑顔はめいっぱいの笑顔であったが、幼い頃よりほとんど笑うことのなかった本間のそれは、右の口角がぐいと上がった、かなりぎこちないものであった。
「勘弁してください、兄貴さん」とはっきりと言葉にして、本間は頭を下げた。
心の底から、「めんどうだ」と思った。
そんなことが続いていた頃、本間は上層部のうちの一人に声をかけられる。
「おう、本間、お前、焼き鳥は何が好きだ」
兄貴さんたちの質問には、疑問を差しはさまず正直に答えるのがルールである。
「塩です」
「じゃあ、今から食べ行くぞ」
そうして連れていかれた焼き鳥屋で、本間はある話を持ちかけられた。
「最近いい仕事しているそうだな。どうだ、うちの組が力を入れている一番大きな仕事に携わってみないか」
焼き鳥(塩)をほおばっていた本間は、大きく目を見開いた。
話によると、天下の金四郎組が手掛ける、その「大仕事」というのは、なんということはない、カジノであった。
株式会社ブルーバードという会社が、コールドスリープした人間を「理想的な状態で目覚めさせる」のに、専用のVR空間で人生を何回か体験させるという実験を成功させたのだそうな。
しかしその成功の裏で、一部の被験者が、あまりの負荷に耐え切れずに廃人になってしまうらしい。
会社が隠していたその情報を、金四郎組は独自の情報網でもってかぎつけた。
弱みを握った金四郎組は、会社内部に部下を送り込むなどして、その実験内容を操作し、被験者に体験させる人生の舞台を日本史を模したものに変更した。
さらにそのデータを用いて、巷では『常世の君の物語』というドラマを開始し、裏世界ではカジノで被験者たちによる人間レースを始めたのだった。
「お前にそのカジノでの裏方を頼みたい。なあに、兄貴のルイも二人の後輩たちも一緒だ。安心しろ」
その言葉の前半には心がわずかに沸き立ったものの、後半を聞いて本間はやはり、「めんどくさい」と思ったのだった。
話に聞いていた通り、スーツ姿に身を包みカジノの会場へ到着すると、そこで繰り広げられていたのは、バカラやブラック・ジャックといった前世紀よりはるか昔からあるオーソドックスなものであったり、ITやAIを駆使した最新の遊びであった。
なかでも、カジノの一番大きなホールを客が半分ほど埋めていた遊びが、例のレースであった。
壁の巨大スクリーンに映し出された、日本史を舞台に命をかけてサバイバルする被験者たち。
それがコールドスリープした被験者たちだとは、カジノの客のうち誰も知らないらしいが、あまりの生々しい「ドラマ」に、客は総立ちである。
客たちの手には馬券を模したものが握られており、ナレーションで煽られるがままに、モニタを見つめ沸き立っている。
上からの指示があった通りに、本間とルイは、ほぼ機械しか置いていない階の警備を担当することになった。
何度目かの勤務の日、ルイがこんな話を持ちかけてきた。
「おい、本間。この階に、例の人間レースを管理する部屋がある。そこでマニュアルをちらっと見たらよ、なんでも、例のレースに生身の人間が介入できるんだそうだ」
本間は内心、首をかしげた。
話が見えない。
ルイの後ろでニヤニヤしている子分1と子分2の様子からして、自分にとっていい話ではないと思われたが、とりあえずルイの次の言葉を待った。
「いいか、本間。今からお前は人間レースに介入する。こっそりだ。ばれちゃいけねぇぞ。カジノでは、金四郎組の幹部も来ていて、このレースに賭けている。お前の役目は、そんな兄貴たちが賭けている掛馬を、あえて「勝たせない」ことだ」
「『勝たせない』?なぜですか」
また、本間はめんどうなことになったと思った。
ルイは続ける。
「アホか。カジノで胴元が勝ったらダメだろうが。どうせ負けた客から大金が入るんだから、そこはうまいことやってんの。まぁあとは俺に任せろ。断るのは許さねえ」
そう言うと、ルイは手にしていた警棒をバチリと鳴らした。
見た目はなんということはない黒い棒だが、実は殺傷能力のある魔改造された電子棒である。
「めんどうなことになった」と、本間は何度目かのため息を、ルイにばれないように大きく吐いた。
ルイと子分たちに挟まれる形で、本間は例の部屋に入った。
そこには、モニタが壁一面に並べられていて、その中では、今まさに展開されている日本史の様々な時代を舞台にした人間レースが映し出されていた。
「お前が担当するのは、この二つの『ルーム』な。総勢12名×2レース。先にも説明したように、人生を経験して、性格が丸くなった奴からレースを自動的に離脱していく。つまり、負けていくわけだ。一度の人生で性格が十分に丸くならなければ、二度目、三度の人生が待っている。最期の一人になるか、四度目のレースが終わった段階で賭けは終了する。四度目のレースまで進んだ場合、順位は性格の尖り具合によって決まることになっている。なあに、全員の人生に介入する必要はない。カジノで金四郎組が一位以外の適当な順位におさまるように、二、三人の人生にちょっと侵入して、一生懸命に生きてるそいつらの尻をつついたり、時には殴ったりして性格を尖らせていけばいい。な?おれら向きの遊びだろ?」
ルイの後ろで、子分たちがケラケラと笑っている。
「さあ、では、はじめよう」
俺は言われるがままに、首の後ろの穴にデスクから伸びる電子コードを取り付けた。
ヴン、という電子音と共に意識が遠ざかる。
「こいつ、大丈夫っすかね」
遠くでルイの子分1の、そんな声が聞こえていた。




