始まりの朝の唄
かりそめの楽園に朝が訪れました。全ての生き物は、朝日に向かってお祈りをします。一日の始まりを神様に感謝し、平穏な生活を送れるように願います。お祈りがすむと、後は大概、地上と同じように時間が流れていきます。
これほど綺麗な桃源郷にどうして争いごとが起きるかって?
ここは、かりそめの楽園なんです。競争に負ければ死ぬことを避けられません。
かりそめの楽園を管理する女の子は誰かって?
楽園に旅立った坊やとは明らかに違う人間でした。坊やの温もりが、母親のゆりかごに由来するのだとすれば、女の子を美しき氷の華に閉じ込めたのは、人間社会そのもの、と言えるでしょう。船出を始めた女の子にとってあまりにも高い波でした。女の子に与えられた宿命は、神様の慈悲と考えるよりないでしょう。
さて、女の子は朝日を受けて、ようやく目を覚まそうとしています。例の女性は、女の子の傍らに居座っています。
「もう、朝か……」
眠りから覚めた女の子は、これほどまで眩しいと感じたことがない朝日に一礼し、お祈りを始めました。不調の引き金となった女性が傍にいても、何らいつもと変わらない時間が過ぎようとしていました。
「あなたは、迷い込んだの」
女の子は、女性が事情を全て理解していると思い、ことを速く済ませようとしました。
「私は、楽園に行く資格はない……」
女の子は、困り果てた顔で、
「何でもいいわ。ほら、ついてきて」
と言い、楽園の入り口へ女性を連れて行きました。陽光の一筋を掴んで、女性に触るよう命じました。女性は、中々一歩を踏み出さないので、
「全てを忘れて、楽園に行った方が素晴らしいわ」
と、諭しました。
女性は、光を掴みました。きつく目を閉じて一心に祈るような姿は、何よりも妖艶に見えるのと同時に、彼方の記憶がうめき声を上げ始めました。
「昨日と、同じ……」
女の子は、その場に座り込みました。何とかして女性を送り届けないと。女の子は、自らの使命を全うするため、何も省みませんでした。陽光の中心に近づくほど、女性の魂は速く焼かれていきましたが、あと一歩のところで、邪魔が入りました。女の子は、その純白の翼を完全に焼き尽くし、その焔は、肢体にまで広がっていきました。女性の高い悲鳴が聞こえてきましたが、耳に入れようとはしませんでした。
「あなたの、望みは、なんだ!」
女の子は、最後の力を振り絞って問いました。
「私の望みは……」
ふと見上げた空に、人生の美しき記憶を描きました。楽園に旅立った最愛の人を探す旅。女性は、全てを受け入れました。
「これでまた終わった」
女の子は、女性の消えゆく身体から、自分と同じ匂いがすることを感じ取りました。
「似た者同士ってわけか。本当は楽園に連れて行ってはならなかったんだ……」
女の子は、消え失せた肢体を必死に探しましたが、手遅れでした。
「どうりで、いつもより暑かったわけだ……。ああ、また神様を裏切ってしまったな」
女の子は、苦笑いを浮かべました。腹や胸から光が溢れ始め、天に昇っていきました。
神様に与えられたこの命を
私は捨てた
かりそめの楽園にいたこの魂は
どこへ旅立つのだろう
一筋の光と一滴の涙
忘れていた尊さを
思い出したときはもう終わり
消えゆく魂よ
その光に新たなる救いを
求めてはいけないか
お許しになるのであれば
私自身が救ってあげたい
どれほどの陽光と比べても、最期の魂は明るさに満ち溢れていました。
全てを失い、神様にも見放されたのでしょうか?
女の子が旅だって暫くすると、かりそめの楽園が少しずつ乱れ始めました。主人を失った人間世界と同じく、争いごとが絶えませんでした。
そんな草原にある日、雪が降りました。生き物の大半は雪を見たことがなかったので、その美しさに心を動かされ、争いの気持ちは次第に和らいでいきました。草原には一つの小屋がありました。小屋に住んでいたのは、幼い一人の少女でした。
「鳥さん、虫さんたち。寒くはないですか」
少女は、辺りを歩いて、灯を分けてあげました。みんなの幸せが私の幸せ。少女は笑顔を絶やしませんでした。
「マッチはいりませんか?」
明るく朗らかな少女の声が、今日もまた、銀世界に響き渡りました。




