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マッチ売りと坊やの唄  作者: 岡田 暁生
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クリスマスイブ

 今となっては昔の話です。クリスマスを前日に控え、ひと時の安らぎに包まれた街は、子供から大人まで多くの人で賑わっていました。

 「お母さん、今日はケーキが食べたいな」

 男の子か、女の子か見分けのつかない可愛い坊やが、厚着を纏った婦人の裾を必死に引っ張っていました。婦人は、坊やと同じくらいの笑顔で首を縦に振り、近くのケーキ屋を探し始めました。複雑に入り組んだ路地を行ったり来たりすること十数分、婦人はやっとの思いで、小さなお菓子屋を見つけることが出来ました。

 店内には、様々な形、大きさのケーキが所せましと並べられていました。坊やは、まるで宝石を眺めるような目で陳列棚をじっくりと見つめました。

 「坊やの好きなものを選びなさい」

 婦人は、坊やの幼気な眼差しを決して汚すまい、と固く胸に誓っていました。それでも坊やは、澄み切った瞳を幾分曇らせて、

 「お母さん、お金は大丈夫なの」

 と婦人に尋ねました。婦人は、坊やの元に近寄って、優しく頭を撫でました。

 「今日は坊やにとって一番大切な日なの。神様のいらっしゃる天国から、私たちの住む地上に降り立った日。だから、坊やの願いだったら何でもかなえてあげるよ」

 坊やは、再び綺麗な瞳を婦人に見せて、ありがとう、と言いました。そして、大好きなチョコレートのケーキを買うことになりました。


 この年は例年に比べて気温が低く、その上、病気に罹る子供たちが多くいました。婦人と坊やの住むイズ―ル地区でも、数日前まで一緒に遊んでいた男の子、女の子の多くが風邪をひいて、家から出てこなくなりました。おかげで良く寝れるようになったと悪態をつく一部の老人を除き、冬風の音色のみが響きわたる通りを歩く住人は、どこか、もの悲しげに見えました。

 

 日が沈んで暫くすると、どんよりと灰色がかった空から、雪が舞い降りてきました。街角に溢れた人々は、白い吐息を漏らしながら、クリスマスと平和の訪れをにこやかに迎えていました。

 「マッチはいりませんか」

 高く澄み切った、まるで聖歌を奏でる子供のような声で人々の合間を行き交っていたのは、今年、やっと十五になった少女でした。破れかぶれでみすぼらしい服装とは対照的に、白く透き通った肌、きちんと整った顔立ち、そして、軽く触れただけで折れてしまいそうなほど華奢な体つきを持ち合わせていたので、ある人が、

 「あいつは卑しい」

 と言うと、辺りに居合わせた人々も、

 「その通りだ」

 と次々に言い出しました。少女が近づこうとすると、

 「お前みたいなやつに払う金はないさ」

 と言われ、ある人は罵倒し、ある人は少女が視界から消えるまで嘲笑い続けました。

 

 少女は冷たい眼差しに慣れていました。出来るだけ心の温かい人を見つけようと努力しても無駄で、派手に着飾った金持ちの商人が、お情けに投げつけてくる金貨を拾うことくらいしか出来ませんでした。売れ残った大量のマッチを壁にこすりつけて、暖をとる。帰る家のない少女にとって、マッチの灯は、少しばかり心と体を休ませてくれる友達のようなものでした。

 クリスマスイブの野宿を探すため、人気のない路地を進むと、イズ―ル地区にたどり着きました。四方一面が多くの住居で囲まれているのに、出歩く人の姿が全くないのは、いささか奇妙に思いましたが、それは大した問題ではありませんでした。むしろ、人間の視線に曝されることなく、小さな友達と聖夜を共に過ごせると思い、心が弾みました。

 ペンキの剝がれた小型ビルのエントランスは暗く、とても、人々が近づくとは思えませんでした。少女は、割れたタイルの上に腰かけ、一息つきました。売れ残った大量のマッチを全て擦って、いつもより大きな友達を迎えました。

 「クリスマスイブの夜に会えてうれしいわ」

 少女は、灯に向かって語り始めました。


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