幻想之巻 藤原千智
幻想之巻(第21.5之巻)を更新します。ここで陽はあの人と言葉を交わすことになります。読んでいただければ幸いです。藤波真夏
戦いが長引けば安息する時間などない。陽も交代しながら警備に当たる。初めての深夜警備にあくびが止まらない。
陽は警備時間を終え交代。部屋へと戻ろうとした。すると、目の前に白い光がボオッと見えた。まるで十六夜と出会う寸前に見えた白い光の玉のように。
「あれは・・・」
光に吸い込まれるように陽は森の方へ引き寄せられた。まるであの時と同じ、十六夜と出会った時と。
光に追われて陽は草木を分けて進んで行く。明かりもない森の中を慣れたかのように進んで行く。
たどり着いたのは森の奥にひっそりと石でできた祠が見えてきた。祠は苔むしていてだいぶ古そうだ。祠の表面には仏が彫られているがなんの祠なのか分からない。
それを見ると陽は何故か不思議な気分になる。でもそれが一体なんなのか分からない---。
「祠?」
陽がふと祠に触れると苔の柔らかい感触が手に伝わる。陽の耳に『声』が聴こえてくる。
「私の声が、聞こえるか・・・? 若者よ」
誰から語りかけてくる。幻聴ではない。心臓に響くようなずっしりと言葉が重い。
「誰だ?!」
陽は周囲を見渡すが誰もいない。祠に背を向けた。すると陽の体の周囲にあの光の玉が集結する。まるで陽がアヤカシの力を得たかのように。小さな光は祠で集まり、一つになっている。
神秘的な光は徐々に形になっていく。光は若武者の姿に形を変えた。陽は目を見開いた。自分にそっくりな人物が目の前にいる。顔には切り傷を負ってしまっている。自分も怪我をするとこうなるのかと息を呑む。
「私の姿が見えるか?」
声は陽とは全く違う。自分自身ではない。
「誰だ?」
「それは君自身が知っているはずだ。若者」
「え?」
俺自身が知っている? まさか・・・。
「若き軍神?」
陽が言うと若武者は静かに笑って陽に名乗った。
「私は藤原千智。君の前世だ。数百年前に戦で死んだ」
夢で見た光景が目の前で展開されていく。陽は目をこすったが千智の姿は消えなかった。どうやら夢ではないらしい。
「なんで今・・・?」
すると千智はしゃがみ祠に手をのせた。どうやらこの祠は千智と何か繋がりがあるのだろうか。千智は笑顔でこう言った。
「これは私の慰霊碑だ。私は大怪我を負い、森の中へ逃げた。しかしちょうどこの場所で力尽きてしまった。後世、誰かが建ててくれたんだろう」
そして陽に向き直った。すると先ほどの笑顔は少し消え申し訳なさそうな表情を見せた。どこか切ない。
「私の魂は今、君の中に入っている。君の命を燃やし続けている。しかし、ずば抜けた剣術の才能と戦に出ていくのはきっと、私の魂に刻まれていたもの。本来なら君みたいな若者は絶対にやらないことだ」
陽の運命は千智の魂に刻まれていた運命に沿ったものだった。それは陽がどう足掻こうと無理なもの。千智は頭を下げて謝った。自分の犯した過ちが一人の青年の人生を狂わせてしまった、と謝った。
「過ち?」
「君はもう知っているはず。私の犯した過ち、罪が。私には守りたいものがあった。それがどんなものであろうと。それを守ることができなかった。手を伸ばしたとき、手から砂が落ちるようにすり抜けてしまった・・・」
千智は掌を握った。陽にはわかる。それが何を意味しているのか。
「瀬織津姫を助けたかった」
「瀬織はこの国の守護神。彼女はとても優しい。戦ばかりの私を優しく、母親のように癒してくれた。人間の勝手な解釈で神に永遠の眠りを与えて・・・、私は今まで以上に腹立たしくなった。仇討は必ず、と。しかし私もアヤカシに肩入れした者としてみなされてしまった」
千智は涙を流した。心の底から瀬織津姫を信頼していたんだ、と陽は感情移入してしまう。涙を拭うと千智は陽の奥に広がる暖かな灯りを見つめる。どこか懐かしさを覚える瞳。
「暖かい灯りだ。とても心が温かくなる」
千智が言うように陽の心も温かくなる。どうやら千智の魂も反応しているようだ。すると白い光がまばらになり始める。このままでは千智が消えてしまう。
「おや?」
千智は軽く言うと陽は慌てた。
「ダメだ! 消えないでくれ! まだ聞きたいことがたくさん!」
陽には聞きたいことがたくさんあった。
あの頃のヒノモトはどうだったのか?
瀬織津姫はどういう人だったのか?
もし、自分がまだ母親の胎内にいたときに魂が入っていたのなら・・・生まれたとき、両親はどんな顔をしていたのか? 千智の魂は赤ん坊の陽に対して立派な大人だ。きっと見ているはず。俺の家族を・・・。
陽の願いもむなしくどんどん薄くなる千智。陽は自分の一部がなくなるように辛かった。ここまで身を裂かれるようなことはない。
消える寸前、千智はただ笑顔で言った。
「よいか。君の運命は自分で切り開け。私の魂に刻まれた運命に抗え。君は優しい。人を殺すことなど絶対にない。どんな刃も矢も・・・君に当たらぬよう、私が守ろう---。大事な者を守り抜け、陽」
千智は優しい笑顔を残し消えていった。陽は腰が抜けてその場にへたり込んだ。きっと千智の魂が陽を森に呼び寄せ、二人の想いが交差し千智は何百年の時を超えて姿を現したのだろう。
千智が消えてあたりは暗闇に包まれた。立っているのは陽だけ。
陽は祠に手を合わせて祈った。千智の言葉を胸に秘め、屋敷へ戻っていく。陽は着実に成長している。精神的に強くなっていく。まさに若き軍神の再来。しかしそれを陽は喜ばない。若き軍神の魂に刻まれた運命に、抗うと決めたから---。
最後まで読んでいただき、ありがとうござます。感想、評価等よろしくお願いします。藤波真夏




