第拾六之巻 不思議な白昼夢
更新しました。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏
穏やかな日々が続き、いつまでも陽と暮らせたら幸せか・・・。
十六夜はいつも思った。しかし、それを思うたび負の感情がだんだんと強くなる。まるで自分の中に何か大きな力がうごめいているような気がしていつも夜中飛び起きる。
十六夜は一人部屋を出ると、見覚えのある影が。
「松風さま?」
松風が振り向くと十六夜、と一言。どうしたのか、と聞けば村のおばあさんに話を聞きに行くだとか。危ないから十六夜もついていくことにした。
「おや、あなたさまは松風さま、そしてあなたは・・・」
おばばだった。おばばは十六夜の姿を見て何かを感じ取る。おばばのなかに駆け巡るのは水の濁流、うねり、躍動、そして悲しい記憶---。
おばばは十六夜にこう伝えた。
「過去の記憶はないのか?」
「はい、ありません」
「そうか・・・」
十六夜との会話はそれっきりだった。おばばは松風に何ようだ、と聞くと松風は言った。
「おばばさまはなんでも知ってるって聞きました。お願いがあるんです」
「なんですか?」
「母上について知りたいのです」
松風が出したのは自分の母のこと。松風の母は松風が幼い頃に亡くなってしまっている。
「私が本当に大君の子なのか、知りたいのです」
おばばはうなずく。そして松風を布の上に寝かせ、珍しいお香を焚く。
「これは黄泉迎えの香と呼ばれる珍しいお香じゃよ。この香りを嗅げば死んだ人と限られた時間だが、会話ができます」
甘いお香に誘われて松風はゆっくりと目を閉じる。そして十六夜もこの香の香に誘われて眠りについた。
松風が立っていたのは明るい、天国という場所だろうか?
すると目の前には天女たちが踊っている。すると知っている顔を見つける。
「五月雨!」
アヤカシ羽衣天女の五月雨に会う。大声で名前を呼ぶも五月雨には聞こえていなかった。それもそのはず、天界に戻れば今までの記憶は抹消される。五月雨が覚えているわけがなかった。
松風はそのまま前へ進む。するとそこに見えたのは草原。風が少し強い。
風で揺れる髪。目の前には一人たたずむ女性。
振り返った時、女性は驚きの表情に変わる。そして涙を浮かべて口を動かした。
「松風・・・。もしかして松風ですか?」
その名前を知っている女性はきっと一人だ。松風は走り出す。
「母上、ですか?」
松風は涙を浮かべて女性に抱きついた。女性も優しく抱きしめ返した。女性も松風を割れ物のように優しく抱きしめる。
「先に逝ってしまったことを許して」
松風は母親と再会できた。そして涙を流している場合ではない。時間は刻々と過ぎて行っている。すぐに気になっていることを聞いた。
「母上。私は、大君の子なのですか?」
「何をいうの?」
女性が言うと松風は今までの経緯を話す。自分が大君の子ではないという濡れ衣を着せられ、大君の座を追われたと。
「あなたは大君の子ですよ、松風。私は浦波さまと結婚して潮が生まれて松風が生まれたのですから。あなたの名は私の一文字ですもの」
「え?」
「私の名前は松御前。松風の松は私の一文字。これが母と子の証です」
松風はまた涙を流していう。
「母上! 一度でいいから会いたかった! ずっとずっと会いたかった!」
「松風。母はずっと見守っていますよ。その名を捨てない限り私は松風をどんな災難からも守ります」
時間が過ぎると松風の体は透けていく。松風は松御前にすがりついた。
「嫌だ! まだここにいる! もう少しだけ! お願い!」
しかし松風の叫びも虚しく松風は光の粒に消えてしまった。松御前は松風の再会に喜んだもののそれ以上に松風の成長した姿、そしてこんな無茶なことをした度胸と覚悟に感心をした。
そして数時間が経ち松風が目を覚ました。頰には涙がつたっていた。夢ではない、現実なのだと。
一方の十六夜もお香の効果で雲の上をさまよっていた。
すると目の前に一人の女性が現れる。十六夜には誰だかわからない。黒い髪が印象に残っている。
「貴女は・・・」
「お前は・・・」
十六夜が何か不思議なパワーを感じて一歩また一歩進むと頭に電撃が走るような頭痛がした。視界が歪む。背中に流れる冷や汗。
私はお前を・・・知っている? そんな馬鹿な・・・!
頭痛は酷くなる一方。まるで十六夜自身が失われた何かを取り戻したいと足掻いているような気がした。
十六夜の意識は頭痛とともに消えていった。十六夜は雲の上で眠りについた。その十六夜のそばに女性がやってくる。十六夜をまじまじと見つめる。首にかかったヒスイの首飾りがキラッと輝いた。
「ヒスイ・・・。千智・・・」
「っ?!」
十六夜が息を荒げて目を覚ました。おばばが火を焚いている。
「目が覚めたか、お嬢さん」
頭痛が夢ではないように思える。少し体が重い。視線を移すと松風はまだスヤスヤと眠っている。
「これは体と意識を飛ばす。体力も削れるでの」
おばばがそう言うと松風の頭を撫でた。すると考えなしに十六夜はヒスイの首飾りを手に取っていた。おばばはそれを見て言った。
「それは?」
「記憶があるときからずっと持っているものです。お守りのように私は思っています」
「ヒスイは神聖なものじゃ。神の道標とも言われる。大切にせえよ・・・」
「神の道標・・・」
緑色の瞳が揺らぐ。炎が十六夜の心を静かに燃やしたのだった。
夜。
稽古を終え、陽はたくましくなった。部屋に戻るともう風神丸も寝ていた。陽も疲れが溜まっていたのか、そのまま布団に倒れて意識を手放した。
---陽は、夢を見た。
大きな戦場。火が燃え広がり、男たちの勇ましい声が響く。陽の目の前には一人の男の後ろ姿。
「貴方は?」
陽が声をかけると男は振り返る。その姿は陽に少し似た若者だった。
「えっ?!」
陽が声を出した瞬間、若者が顔を歪ませ勢いよく陽の方へ走ってくる。まるで何かを守ろうとしているかのように。
若者は陽の真横を通り過ぎる。そして腕を思いっきり伸ばして叫ぶ。
「瀬織!」
若者からは涙が流れている。それに陽の心に何かが突き刺さる。まるで自分が言ったかのような気持ちに陥る。
後ろを振り向けば男が地面に膝をつき大粒の涙を流していた。陽の心のなかにも生まれる深い悲しみ。自分はこれほどの大きな悲しみを経験したことがないが、かつて経験したような感情が生まれる。
「お前は何者なんだ・・・」
若者は泣きながらただつぶやいた。
「瀬織・・・、瀬織・・・っ。お前の仇は・・・俺が---」
陽も十六夜も互いに不思議な夢を見た。そしてどれも現に自分が経験しているであろう痛みが残っていた。
「「一体何だったんだ?」」
二人は互いに相談できないまま、不思議な夜を過ごした。
最後まで読んでくださりありがとうございました。感想、評価等よろしくお願いします。藤波真夏




