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第拾三之巻 小百合と松風

更新しました。ようやく折り返し地点に突入しました。きっと…( ; ; )藤波真夏

陽と風神丸は丹波の屋敷へ到着した。そこには多くの村人が押し寄せていた。

 家来たちが部屋の中へ入れる。屋敷の増築まで始まる始末。

「陽。来ましたか」

「鎌清さま」

 陽に声をかけたのは鎌清だった。

「あなたがたで最後ですよ。早く中へ」

 鎌清は陽を屋敷の中へ促した。すると村人が座っている先に丹波の姿が見受けられた。急いで座ると丹波は口を開いた。

「よく来てくれた。今この村に脅威が迫っているという。アヤカシではなく人だ。我らと同じ人が攻めてくる。この屋敷でしばらく避難するがいい。我ら武士が守ろうぞ」

 村人たちは感謝して頭を深々と下げた。陽も下げる。

 丹波の挨拶後、陽は荷物を置いて仕事を始める。持ってきた焚き木を置く場所へ運ぶ。籠にたくさん入っていた焚き木がなくなると背中はとても軽くなった。

 ここから続くのは丹波の屋敷での共同生活。いつも一人だった陽に家族ができたような気がした。そして全員が寝静まった夜になると屋敷を抜け出し、風神丸と森へ向かった。

 十六夜の様子を確認するためだ。十六夜に触れて言葉を紡いだ。

「十六夜。聞こえるか? 俺の声が・・・」

 互いの額をつけて息のかかる至近距離で思いを伝えた。それを毎日欠かさず行った。

 陽と十六夜、まるで太陽と月が互いに引き寄せあうように夜、誰にも知られず二人は過ごした。

 その夜に鎌清も自分の部屋で月を見上げていた。

「小百合。無事でいてくれ」

 妻の小百合を想っていた。最近小百合から言葉飛ばしがこない。鎌清は真面目ゆえに心配した。



 一方の夜中。

 松風が隠れる屋敷では何やら灯りが動いている。小百合は腰に刀を差し、銀髪を隠し額に鉢巻をつけた。そして身を隠すためマントを肩からかけた。松風もマントをかぶり準備を整えた。

 誰もが眠り静かなミヤコ。小百合は松風を馬にまたがせ、その後ろに小百合が跨った。

「松風さま、これから出発いたします。捕まっていてください」

 小百合がそう言うとコクンと頷いた。そして西の方角を見て手を合わせた。その先には潮内親王の眠る墓がある。戻ってこれるかわからないミヤコに別れを告げる。

「姉上。どうか僕を見守ってください」

 そう言うと小百合に言った。

「丹波の屋敷に行こう、小百合」

「かしこまりました、松風さま」

 小百合は馬の手綱を叩き馬がヒヒーンと声を上げる。馬は小百合と松風を乗せて歩き出した。松風は小百合の体に寄りかかった。

「そのまま寝ても構いませんよ。私のことはお気になさらず」

 小百合が言うと松風は目をこすり前を向いた。眠くない、と見栄を張っているように見えた。風が松風の顔に当たる。それはとても冷たく身を切るほど寒かった。

 ミヤコの華やかさが徐々になくなり木々が生い茂る森へとさしかかる。小百合に寄りかかって松風はスヤスヤと眠っていた。その光景はまるで母親に身を預けて寝ている子供のよう。

 小百合はふと森の前で馬を止めた。小百合の耳にはアヤカシたちの声は入ってこない。

 眠りについてるか。

 小百合は静かにその場を通り過ぎた。マントについたフードを被って頭を隠し、馬を走らせた。

 

 松風は闇の中にいた。あたりを見渡しても誰もいない。彼だけだ。まだ十歳の松風に襲いかかる現実。目の前に現れたのは潮内親王。

「姉上!」

 松風が近づくと潮内親王はどんどんと距離をあけて離れていく。松風は走るがその距離は縮まない。ついに松風はその場に転び潮内親王を見失った。

 途方に暮れていると今度は頭上から罵声が聞こえてくる。聞き覚えのある声。松風にとってそれは衝撃的でその身を震わせる。

「お前は息子でもない。御所から出て行くがいい。お前を助ける者など決していない」

 父の浦波王の声だ。松風は耳をふさぐ。

「やめろ! 僕は大君だ! 僕は・・・」

 実父から言われた言葉。それはあまりにもショックで松風の純粋な心を真っ黒に染める。いやだいやだ、と全てを拒絶する。声が聞こえなくなった時、最後には自分だけが残った。

「僕は独りだ・・・。僕は」

 松風はその場に泣き崩れた。涙は収まらず、挙句には鼻水まで出る始末。すると、どこからか声がする。女の声だ。でもそれは潮内親王の声でも女官だった五月雨でもない。

「泣くのはおよしなさい。松風」

 優しい声だ。でもどこか儚げでどこかに消えてしまいそうな声だ。松風には記憶の片隅に覚えがある。姿さえ知らないものの声だけは鮮明に覚えていた。


「母上・・・」

 松風がつぶやいた。その声を聞いた小百合は顔を向けた。すると眠りながら涙を流している松風があった。小百合は松風の肩をさするしかできなかった。

 すると松風は小百合の着物をつかんだ。その手は固くなかなか離れない。まるで母親の衣にすがりつき遠くに行かないで側にいてよ、と言っているように見て取れた。

 小百合は松風の体を支えると馬を走らせた。馬を休ませているときも松風は小百合から離れようとしなかった。人間の母親ましてや母親でもない小百合は戸惑いを隠せなかった。

「私は母になってない。でもなに、この気持ち。松風さまを守るという気持ちとは別に何か・・・子供を守らなくちゃという気持ちになる。これが母の気持ちか?」

 小百合は今まで味わったことのない感情に考えさせられるもすぐに馬に乗り、急いだ。馬に乗りながら小百合は言葉を飛ばした。夫の鎌清に飛ばす。

『鎌清、鎌清。今、松風さまを連れてお屋敷へ向かっている。このことをすぐに家吉さまにお伝えしてほしい。頼む』

 時間は過ぎて松風がもぞもぞと動き出した。

「目が覚めましたか? 松風さま」

「小百合?」

 松風が目を開けるとそこには朝日が昇る絶景が広がっていた。馬は緑色の草原の道を走っていた。その美しさに松風は感嘆の声を上げる。

「綺麗! こんなの見たことがないよ!」

 松風の目は輝いていた。小百合は久しぶりに笑った。ずっと御所に閉じ込められていた籠の中の鳥が羽ばたいた瞬間だ。

「朝日はとても神々しいのです。このような景色は私も久しぶりです。さて、もうすぐお屋敷に到着いたします。しっかりおつかまりください!」

「わかったぞ!」

 小百合は手綱を引いて馬を猛スピードで走らせて急いだ。馬の走る揺れに神々しい朝日、松風には初めてばかりで心が沸き立っていた。

 村に到着した。とても印象深かった村だったので松風は鮮明に覚えている。しかし村は閑散としていて人がいる気配がしない。まるでそこには誰もいなくなったような。

「なんだ・・・。誰もいないぞ?」

 これには小百合も少し慌てた。森のほうを見つめるがいつもと変わらない風景をしていた。小百合は馬を歩かせ、丹波の屋敷へ向かった。

「小百合。みんなはどこへ?」

「わかりません。でも今は主人の屋敷へ向かいましょう」

 丹波の屋敷が見えてきた。門の前で馬を止め降りる。小百合が大声で問いかける。

「丹波家吉さま家臣小百合、ただいま戻った! 門を開けてはくれないか!」

 しばらくすると門が開いた。出てきたのは仲間の家臣だった。

「ただいま戻りました」

「よく無事だった。佐野が心配してたぞ」

「そうですか」

「君から佐野に届いた連絡は聞いている。まずは部屋へご案内しよう」

 家臣は馬に乗っている松風を前に一礼し体勢を下げた。

「お話は伺っております。まずは長旅ご苦労様でございます。お部屋をご用意いたしております」

 家臣は先導し小百合は松風の乗る馬を引いた。入った瞬間、村が閑散としている理由がようやく理解できた。それは小百合も松風も驚いた。屋敷内には村人と思いし者たちがたくさんいたのだ。

「これは一体・・・」

「主君の指示だ。この村が戦場になる可能性が出てきたのだ。人々を守るために村人全員をこの屋敷へ集めたのだ。それに伴って屋敷も拡張されたがな」

 そう言われて小百合は辺りを見渡す。確かに丹波の屋敷が最後に見たときより大きくなっているような感じがする。松風が馬を降りると馬は家臣に引き渡され馬小屋へ連れて行かれる。

「ゆっくり休んでくれ」

 小百合は馬に対しボソッとつぶやく。それを松風は聞いていた。労いの言葉をかける姿に今は亡き姉の面影を重ねる。涙が出そうになる。しかし松風は感情をぐっとこらえ、丹波の元へ向かった。

 丹波は下座に控えていた。上座に松風が座った。小百合も下座に控え、頭を下げた。

「松風さま、こちらへのご移動申し訳ございません」

「いいえ。僕・・・私は、もう御所に居場所がない。むしろ助け出してくれて感謝しています」

 松風は少し言い直したものの、これは建前ではない。丹波の前では本心を晒せる。松風は感謝の意を表し丹波らに頭を下げた。

 大君としてあるまじき光景に丹波たちは慌てて頭をお上げください! と口々に言い合った。

 松風は増築された部屋に通された。そこは御所のように豪華ではないが寝るには充分すぎる広さだった。松風一人だけでは広すぎる。

 すると偶然松風の部屋の前を陽が通りかかる。松風は思わず声をかけた。

「陽!」

「松風さま?!」

 陽は驚いて腰を抜かした。松風が大君を下ろされ御所を追放されたことを聞かされていた陽は心配していたと言い続けた。

「でもまた陽に会えて嬉しかったぞ! またあのときのように話そう」

「でも」

「身分のことなど気にするな! 僕は大君じゃなくなって助けてくれる人は誰もいない。大君ではないのだから気を張らずに話せるのではないか」

 松風は大君を下ろされ陰謀にはまってしまった悔しさ悲しさを表に出さず、陽に接してくる。その光景に陽は胸が締め付けられるようにつらく悲しかった。

「また・・・話しましょう」

 陽は笑顔で返した。松風は嬉しかった。陽はそれでもつらかった悲しかったことを全て吐き出してほしいと告げると、松風の緊張の糸が切れたのか大泣きで陽に全部話すことになったのはほんの数分の出来事だった。


 疲れがたまった小百合は風呂に入り汚れを落とした。部屋に戻り襖を開けると鎌清が文机に寄りかかり眠っていた。

「寝てるか・・・」

 小百合は自分の小袖を鎌清にかける。するともぞもぞと鎌清が動いた。

「小百合か?」

「そうじゃなかったら誰なんだ」

 小百合は不機嫌に頭をコツンと叩いた。鎌清が大の字で畳の上に広がる。この光景が久しぶりに感じられて互いにほころぶ。

「でも、潮内親王さまが・・・」

「お前もつらかったと思うがそれ以上に松風さまのほうがつらいさ」

 小百合は涙を流す。その涙を鎌清が拭った。小百合が落ち着くと二人は数日ぶりの会話を楽しんだ。いつも照れて話したがらない小百合が弁舌になる。それを鎌清は真面目に頷き返した。

 話題は母についてに移る。

「小百合が母か・・・。なんかありそうだな」

「でも私はアヤカシ。私の体は人間では・・・。私が母になるなんて夢物語だ」

「きっと神がお前に人間の体を授けてくれるはずさ。授かりものだからな。気長に待とう」

 鎌清と小百合は笑いあった。夫婦水入らずの会話が展開する。互いに素直になれるこの瞬間。

 それを偶然見た人物が一人。松風だった。鎌清が小百合の髪をすき始める。

「?!」

 松風が見たのは小百合が人間に絶対に見せてはならないものだった。小百合がアヤカシの証明である銀色の髪だった。

「あの色・・・。小百合、もしかして病気・・・だったのか?」

 小百合が恐れていたことが勘違いという形で現実になった。松風は急いで部屋に戻った。小百合の銀髪を初めて見た松風は光景が脳裏に焼き付き忘れることなどできない。綺麗な銀髪だったことが一番の印象だ。

 松風が部屋に戻る。もちろん誰もいない一人部屋。ため息をついて外を見る。松風の部屋からはすぐそこに森が広がっている。

「僕は・・・小百合に無理をさせていたってことかな・・・」

 松風は勘違いをしているにも関わらず深刻に考えているようだった。しかも小百合をまるで母のように思えてきた。

 黒い髪が風になびいた。そしてジワジワとくる陰謀に巻き込まれたショック。松風は押し潰されそうだった。

 すると、森のほうに白い光が見えた。松風は目をこするもまだいる。現実のようだ。

「あれはなんだろう?」

 松風は光に吸い寄せられるように屋敷から出た。外廊下の欄干から豪快に落ちた。

「痛っ・・・!」

 ハッとなって口を閉じた。時刻は夜。寝ている時間にしかも松風が大声を出したら大騒ぎになってしまう。松風は砂の付いた寝間着を払う。右頬には擦り傷を作る。痛みなど考えず、白い光を追って森の中へ入ってしまった。

 森の中は薄暗く、月の光だけが頼りだ。森を歩くとあの出来事を思い出す。その時はただ泣くことしかできなかった。しかしもうあのころの自分じゃない、と松風は言い聞かせて森の奥深くへ入っていった。

 すると、大きな御神木が見えてくる。そこにいたのは、

「陽?」

 松風は発見したのは御神木に背中を任せる陽の姿だった。見つかるまいと咄嗟に岩陰に隠れた。陽は枝の巻き付いた十六夜のそばに寄る。

「十六夜・・・聞こえるか? 俺の声が」

「え?」

 松風が見たのは陽が枝に巻き込まれている人間の手を触っているように見えた。しかし人間にしては何か醸し出すオーラが違う。松風は感じ取る。知り合いなのか、とも感じた。

 そういえば陽はアヤカシに会ったって言ってたな。もしかしてそのアヤカシ?

 松風の勘は鋭かった。

 松風は十六夜の姿に見入った。何かに引き寄せられるような気がしてならない。

「十六夜。俺は・・・君が恋しい。今言ったって仕方がないんだけどな。アヤカシと関係を持つのはいけないこと。でも俺はかつての話を聞いたんだ。それはアヤカシも人間も同じくらい罪を犯してる。それが今大きな戦いが行われる可能性が高い。俺の運命は自分で切り開く」

 陽はそう言ってご神木から離れていった。陽は何度もご神木に封印された十六夜を振り返りながら丹波の屋敷へ帰っていった。陽が戻っていったことを確認した松風はご神木へ近づく。身長の低い松風は見上げた。

 体全体を使いご神木へよじ登る。十六夜が封印されている光景を見た。松風が息を飲んで手を伸ばそうとした次の瞬間---、

「十六夜に手ェは出すなや」

「え?」

 松風が辺りを見回すと下に白いイタチが一匹いた。風神丸は妖術を解き、元の姿に戻った。

「君は? しかもその耳」

「俺は風神丸。アヤカシカマイタチだ。お前、何者や?」

 風神丸が松風を睨みつける。松風の脳裏に浮かんだのは森に取り残されたあの時。

 あの頃の僕とは違う!

 松風は恐怖心を抑え一歩前へ歩む。

「松風。私の名は松風。このヒノモトを治める大君だ!」

 大君という言葉を聞いて風神丸はハッとなる。陽から聞いていた松風の存在。

「人間の大君さまやったんか。この感じやと陽の後つけてきたんか?」

 松風は頷く。風神丸は笑う。戦闘態勢になって悪かったと謝る。松風は内心ホッとして十六夜を見上げる。

「もしかしてあの人が陽の言ってた、アヤカシ・・・?」

「そうやな。でも大君さまがこんな夜遅くに出歩くのはよろしゅうないな。大君さま、お屋敷に帰るで」

 風神丸がまた術を使ってイタチに化ける。そして松風の方を振り向いた。松風は風神丸についていく。すると、松風の背中に寒気が走る。

 ゆっくりと後ろを向くと、人影が仁王立ちしていた。松風は恐怖で足が止まり呼吸が一瞬止まった。

「人の子よ」

 松風が何も言い出せないでいると風神丸が松風の背中から肩によじ登り、威嚇するような鳴き声を出した。

「俺に妖術弱らせる術もかけさせといてのこのこと現れんなや、カルラ」

「カルラ?」

 暗闇に目が慣れて姿がはっきりする。目の前にいるのはカルラ。松風は見上げると背中には漆黒の翼が生えている。

「こんなことしたくなかった。しかし長の命令だ」

 表情を変えずに淡々と話す。苛立ちを覚える風神丸は徐々に足に力が入る。鋭いイタチの爪が松風の肌にだんだんと食い込んでいく。

 今にも飛びつきそうな風神丸を止めたのは、

「ピィピィうるさいのお。少しは黙らんの?」

 女性の声が聞こえる。艶やかな着物、美しい女性、しかも頭に狐の耳と尻尾。

「九十九。てめえもカルラの味方か?」

「い〜や? どうやろうね。今、あっちはお前さんに興味などありんせん。興味があるのは・・・」

 九十九がしゃがみ松風の視線に合わせる。姉のような女性としか話したことがないため、松風の心臓の鼓動が高まる。

「う・・・、あの・・・」

「まあ可愛い坊や。何も知らない純粋な目ェをして・・・」

 艶かしい肌、赤い唇---。

 九十九が足を進めるとイタチの威嚇する声が響いた。風神丸が九十九から守っている。怒りに満ちた瞳を察した九十九は笑って松風から離れた。

「まあ、人間の坊やにはちぃと刺激が強かったなあ。あっちは帰るわ。カルラ、お前はんはどうするん?」

「すぐに帰る」

「せか。またね、人間の坊や」

 九十九が妖艶な笑顔を松風に向けて森の奥へと消えていった。今度は鋭い視線をカルラが送る。カルラは松風に視線を合わせてしゃがむ。

「人の子よ、もうアヤカシに関わるな。そうしないとお前の命はない」

 カルラはそう言うと翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。

「怖い思いをさせたな、大君さま。さあ帰ろう、もしかしたらお付きの者も心配するかもしれん」

 風神丸が松風の肩から降りた。松風は頷いて歩き出した。風神丸の後についていく。丹波の屋敷が見えてきた。松風はカルラの言葉を思い出していた。

 命はない・・・か。もう戦いは始まる寸前。僕の務めは一体・・・。

 松風は抜け出した場所から部屋に戻った。風神丸は陽の部屋へ帰っていった。陽の部屋に行くと灯りがついていて陽が起きていた。

「寝ていなかったんやな」

「いつもだよ。十六夜のところに行ってたんだ。それより、風神丸もいただろ?」

「バレてたんか」

 風神丸は先ほどとはうって変わりエヘヘと笑う。陽は風神丸が松風と一緒にいたことには気づいていないものの、陽はずっと空を見続けた。


 一方の松風はお付きの人などいるはずもなく一人で部屋にいた。眠れずに灯りだけが灯っていた。すると夜中に水を飲もうと歩いてくる人物がいた。

「あの部屋は・・・」

 誰から松風の部屋に近づく。そして背後まで近づいた。声をかけると松風が勢い良く振り返った。

「さ、小百合・・・」

 寝間着姿の小百合だった。

「ご無礼をお許しください。お部屋が明るかったので何かあったのか、と思いまして」

 小百合は深く頭を下げた。

 小百合の髪は銀色。もしかして病・・・?

 そう考えている松風は小百合に甘えられない。今は誰かにすがりつきたい気分が勝る。しかし、小百合にはどうしてもすがれない。

「大丈夫です。眠れなかっただけで・・・」

「ならいいのですが」

 小百合はそう言うと一礼をして部屋から出て行った。松風にとって小百合は姉や母のような存在だ。彼なりの気遣いだったのだろう。

 涙をこらえているとまた別の人物がやってきた。

「松風さま、どうかなさいましたか?」

「雅姫さま・・・」

 雅姫が部屋の中へ入った。松風はこらえていた思いを全て雅姫にぶつけた。

「私が生きている意味とはなんなのですか?! 私がやらねばならない務めってなんなのですか?!」

「・・・」

「私の味方はいない。母上も姉上もみーんないなくなってしまった・・・。あああ・・・」

 雅姫は松風の言葉をただ黙って受け止めた。そして松風を腕で包み、頭を撫でる。その中で松風は泣いた。

 静かな夜に味方をなくした孤独な少年の悲痛な声が響いた。

最後まで読んでくださりありがとうございました。感想、評価等、よろしくお願いします。藤波真夏

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