第拾二之巻 別れ
更新しました。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏
十六夜は夢を見た---。
悲しい夢とは別にまるで暖かい光に包まれている夢。十六夜は大きな草原に一人座っていた。
「ここは・・・」
いきなり強い風が吹き、十六夜の視界を奪った。風が弱まり目を開けるとそこには色とりどりの花が咲き乱れていた。極楽を彷彿させる花は優しい香りを漂わせ風に揺れていた。
驚きを隠せないでいると頭の上に何かを被せる感触がした。上を向くとそこには笑顔を向ける陽の姿が。
「よ、う?」
乗せられたのは色とりどりの花で作られた花かんむりだった。今自分がどれだけ逢いたいと思っただろうか。十六夜は陽の手を掴んで握る。
「陽・・・、私は」
十六夜はありったけの言葉を紡ごうとするがこれは夢。陽はただ十六夜を優しく包み込んでくれるだけで言葉は一切発さない。
「陽・・・」
封印されている場所から声がした。それにカルラは驚く。陽という者をどれだけ慕っているか痛いほどわかった。そして声は聞こえなくなり静寂に包まれた。
ミヤコでは緊迫した状態が続いていた。ミヤコのなかを行き交う戦道具を揃えた荷物が多く行き交う。ほとんどが御所内に運ばれ浦波王の計画は着々と進んでいた。
「浦波大君さま。順調に準備は進んでおります」
「そうか。一つ聞くが、松風たちはどこだ?」
「御所内からは追放いたしました。姉君も同じく」
浦波王は不敵な笑みを浮かべた。アヤカシ殲滅計画は絶対に避けられないものになりつつあった。その様子を御所の入り口で自慢の耳をそばだててる人物がいる。
「ったく、あれが父とは呆れるわ」
小百合だ。
小百合は情報の偵察も任されている。鎌清と離れてもう数日が経った。今頃何をしているんだろうと思いを馳せてすぐに松風たちの元へ戻る。屋敷の前へ行くとなにやら騒がしい。
「なんだ?」
すると五月雨が小百合を見つけてこう言ったのだった。
「小百合さま! 大変でございます! 内親王さまが危篤に!」
小百合は急いで部屋の中へ向かうと潮内親王が胸を抑えて苦しんでいる。
「朝は元気でいらしたのに!」
小百合は潮内親王に駆け寄ると声をかけ続けた。騒ぎを聞いて松風もやってきた。
「姉上! しっかりしてください!」
「まつ・・・!」
途切れ途切れで名前を呼ぶ。医師も呼ばれ懸命な治療が行われるもほぼ手遅れだった。
「五月雨・・・、あなた・・・は、天界へお帰りなさい」
「? なにを・・・」
「あなたは羽衣天女。天界を守る義務があると思います。お帰りなさい」
「嫌です!」
嫌がる五月雨に潮内親王は手を握る。これは私の最期の願い、聞き届けておくれと潮内親王の必死の説得に五月雨は折れた。
そして松風を見て言う。
「お前は・・・大君。絶対にこの戦場を生き抜くのです。いいですね?」
「姉上! 僕は姉上がいなければなにもできません! 嫌です! 僕を一人にしないで!」
泣きじゃくる松風の涙を吹き、頭を撫でて笑う。そして小百合を見る。
「小百合さま。お願いです。弟を、松風のことをよろしく頼みますよ・・・」
「内親王さま!」
内親王の手がするるっと落ちる。その顔はとても安らかで言葉を失うほど美しかった。しかし悲しみはとても重い。
「姉上? 姉上! お願いです! 目を開けてください、姉上! 姉上ぇーっ!」
松風の悲痛な叫びが響く。潮内親王は持病の悪化と診断され、短い生涯をここに閉じた。溢れる涙は止まらない。潮内親王の亡骸の近くにいた者は涙を流した。
潮内親王の葬儀は質素に執り行われた。静かに墓の下に埋葬された。
そして---。
五月雨が遺言通り天界へ帰る日がやってくる。松風は姉を失ったショックでまだ立ち直れずにいる。小百合が代わりに見送りだ。
「松風さまに申し訳ございませんとお伝えください。あと・・・」
小百合が差し出したのは銀細工の髪飾りだった。それを小百合の手に握らせる。
「これは内親王さまの遺物です。内親王さまからお預かりしましたのでこれを松風さまに」
「承知いたしました」
小百合は頭を下げた。そして五月雨は天高く舞い上がり帰っていく。小百合はその姿を見えなくなるまで見送った。銀細工の髪飾りだけが残され、小百合はこのことをすぐに丹波に伝えなければ、とアヤカシ木霊の力を使った。
声は言霊と化して、遠く離れた丹波の元へと届ける。
『松風さまは無事です。しかし、姉上の潮内親王さまがご逝去なされました。御所の偵察で戦支度をしておりました。これは戦の兆しと思われます。松風さまが落ち着き次第また』
小百合が部屋に戻ると松風は文机に顔を突っ伏していた。小百合は声をかけることができずにいた。勇気を出して声をかける。すると幼い顔が涙のせいで真っ赤になっている。
「小百合。僕は・・・父に追放され、母を失い、姉上も・・・。僕はこれからどうすればいいのだ。小百合!」
松風がすがる。悲しみのせいで感情が膨れ上がっている。また小百合の着物を濡らす勢いで泣き始める。
「松風さま、提案があります」
「?」
「もうこのミヤコには味方はおりますまい。失礼とは存じますが、ここから脱出し我が主人の屋敷へ向かいましょう」
「丹波の屋敷?」
「松風さまは大君さまのご子息。本当はしてはいけないこととわかってはおります。しかし、この小百合は命をかけてお守りすることを約束いたします」
松風は御所という鳥かごの中を抜け出せる、何にも縛られないと思った。松風は陽と話したことで少したくましくなったようだ。涙を拭いて
「わかった」
「はっ、松風さま」
小百合は松風に心のそこから忠誠を誓った。出発は数日後ということになった。これは御所内にいる勢力に気付かれずに出て行くしかない。小百合は一人で思案を練った。
小百合からの言霊を受け取ったのは丹波だった。丹波は小百合の言葉を鎌清にも伝えた。
「内親王さまがご逝去された」
「まことですか?!」
「小百合が最期を看取ったそうだ。あと、御所では続々と兵士が集まり武器も集めている。これはアヤカシ殲滅計画を実行に移す兆しだ」
鎌清はそうですか、とつぶやいた。アヤカシ殲滅計画にはあの小百合も殲滅対象になるのかと思うと鎌清は心配してならない。
「松風大君さまはご無事でしたか?」
「それは案ずるな。小百合がそばにいるそうだ。ただ、内親王さまご逝去に伴い、動揺しておられる。松風さまが落ち着き次第また連絡をよこすそうだ」
鎌清はうなずく。少し安心した顔をする。
「戦の準備をしているとなればこちらも準備をいたしますか?」
「少し考えなければならないようだな。鎌清、戦支度を始める。そしてありったけの兵糧を集めよ」
「兵糧ですか?」
「そうだ。村の者たちを殺されたら俺は心が痛い。戦の間、全員を屋敷に避難させる! よいな、鎌清」
「はっ!」
鎌清は丹波いる部屋から出て行き早速戦の支度を始めるように他の家来へ申した。
村では戦支度が進んでいた。その様子を森で見ている狐が一匹。
「戦かえ? 物騒なのはあっちは嫌いなんやけどな」
九十九が狐から元の姿に戻り笑った。空は曇り今にも雨が降ってきそうだ。しばらくしてポツリと雨が降り始めた。
「雨か? まるで泣いているようやな・・・。十六夜、お前はんの涙か? それとも・・・神滅した龍神の涙か?」
まるで泣いているかのように見えたその雨を陽も見ていた。
雨の音だけが家中に響き渡る。空は曇り、月の光さえない。真っ暗闇の中、陽は目をつむった。
思い浮かぶのは様々な思惑。太陽のような笑顔は次第に失せていく。自分は雨に打たれてただその場に立ち尽くしているだけだ。悔しさが陽を包み込んだ。
朝がきた。
昨日とは打って変わり快晴だ。太陽がまぶしい。陽は思わず目を覆った。そして手を太陽にかざしてすかす。
俺は一体何をしたらいい? どうやったらお前を救い出せる? ---十六夜。
自問自答を繰り返した。足元をふいに見ると風神丸がいる。毛並みが少々荒れている。陽は手ぐしですく。すると風神丸は、
「あー、そこやそこ。陽、そこを頼むわ」
風神丸が気持ちよさそうにしている。風神丸が陽の肩に登り定位置につくと陽は家を出た。今日は焚き木拾いだ。陽が収穫した米は年貢としてほとんど徴収された。食べるのはほとんど雑穀ばかり。運悪く焚き木が尽きたため風神丸と拾いに出かけた。籠の中には焚き木がどんどん溜まる。
「陽。こんなんでええか?」
「それでいいよ」
小さいイタチの体を大きく使い焚き木を籠に入れていく風神丸。その姿はとても滑稽で少し面白い。
陽は少し長い棒を見つける。持ってみるとまるで刀のような。
「刀みたいだ」
陽は遊び半分で棒を振り回した。陽は剣術稽古などしたことはない。男としての血が騒ぐのか何かに惹かれているのか陽は木の棒を刀に見立てて振り回した。
時間を忘れ一心不乱に振り回す姿を風神丸は見ていた。その姿に風神丸は目が離せなかった。
あの刀さばき、まるで踊り子の・・・いや、あれは武者か? かつて若くして討ち死にした武者がいたと噂で聞いたが・・・陽はその生まれ変わりなんか?
風神丸が見たのは若くして戦場に散った青年武者のことだった。
「陽。もう籠がいっぱいだ。帰ろうや」
「そうだな」
汗を拭い陽は棒を持って籠を背負い家へ帰る。そしたら農仕事が待っている。せわしないいつもと変わらない日がそのまま過ぎ去ろうとしていた。
すると丹波の家臣が村の人たちに声をかけていた。
「何かあったんですか?」
「今すぐお屋形さまの屋敷へ来い」
「へっ?!」
「戦が始まる可能性がある。村の者全員を屋敷へ避難させている真っ最中だ」
「わかりました」
陽は頭をさげると家の中へ戻った。腰を下ろすと風神丸が声をかけてくる。
「行くんか?」
「丹波さまの指示だ。準備をしなくちゃな」
陽は何か決心をしたようだ。陽は風呂敷に必要なものを包んでいく。さっき採ってきた焚き木をまとめて籠に入れ風神丸には布を巻きつけた。
あるだけの金を持ち、陽は家を出る。丹波の屋敷へ向かうも何度も後ろを振り返った。
もうあの家に戻れないかもしれない。
戦が始まれば家屋は破壊される。陽は名残惜しそうにとぼとぼと背中を向けて歩き出した。
最後まで読んでくださりありがとうございます。感想、評価等よろしくお願いします。藤波真夏




