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第拾之巻 消える月

更新しました。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏

翌朝。

 陽は変な胸騒ぎがして目が覚めた。

 しかし村は平和でなにも発生していない。それどころか平和ボケしている人間たちがそこにいた。いつまでもこんなことをしてはいられない、と陽はいつものように畑仕事に勤しんだ。

 陽の畑はあることで苦しめられていた。それは水路の水が枯れ、土に潤いがなくなってしまったこと。このまま進めば作物が枯れるのは時間の問題。

「参ったな・・・」

 陽が頭を抱えていると森のほうから強い風が吹き始める。突風に陽は思わず目をつぶった。目をゆっくりと開けると見覚えのある後ろ姿がそこにあった。

「十六夜?」

 陽の言葉に反応して振り返る十六夜。陽の姿を見た瞬間、十六夜は顔色を変えて離れようとする。それを陽が手首を捉えて止めた。

「逃げないで!」

 十六夜なら自分の力ですり抜けることが可能だったはずなのにその力を出す余裕がない。出そうとすると十六夜自身に謎の自制がかかる。

「水がない。水がないと作物が育たない、その声が聞こえただけだ」

 十六夜が口を開き、視線の先には乾ききった陽の畑が見えた。陽は言葉をかけるも十六夜は全く反応しない。ただ静かに手を前に出し目をつむった。

「潤う水よ、この乾ききった大地を潤し給え・・・」

 すると土からどんどんと潤いが満ちてきた。作物は水を吸って一瞬で元気を取り戻した。さらに水路には水が十分なほどたまり、水不足は一瞬にして解消された。

「あ、ありがとう」

 陽は礼を言うと十六夜を正面に向かせた。

「十六夜。どうして俺を避ける? 俺は君に何かしたのか?」

 すると十六夜は下を向いて消えかける声で言った。

「私はアヤカシ。人間に想いを寄せてはいけないはずなのに・・・、私は・・・陽のことが・・・」

 言葉は紡がれるも十六夜は力が抜け陽の胸に顔を埋める形に寄りかかった。力が抜けた十六夜に驚く陽は十六夜の顔を覗き込む。

「熱い・・・。十六夜! しっかりしろ、十六夜!」

 陽が何度呼びかけても十六夜は反応しなかった。息遣いはだんだん荒くなる。

 このままでは十六夜が危ない!

 陽はすぐに十六夜を担いで自宅へ運んだ。自分の布団に寝かせ、熱を少しでも下げようと冷たい水を濡らした布を額に乗せる。

「まるで立場逆転だな」

 陽は静かに呟いた。しかし相手はアヤカシ。人間ではない。人間の常識はアヤカシに通じるかと言われたら不安になる。

 陽は苦しそうな十六夜が心配で夜通し看病に追われた。十六夜は夜中に目を覚ました。

「十六夜?!」

「陽? まさか、人間に助けられるなんて」

 十六夜は布団から身を起こした。よろけたが陽が支えた。寒さに震える十六夜にあの時と同じように着物をかけてやった。それが心地よかったのか十六夜が口を開いた。

「なんかお前といると心が温かくなる。まるで太陽だな」

「え?」

「お前みたいな人に会うのは生まれて初めてだ。私はずっと一人だったから」

「一人?」

「ああ。私には過去の記憶がない。両親がいたのかどうかもな。今分かるのは自分はアヤカシであるということだけだ」

 自分が何者なのか、記憶のない十六夜には探れないものだった。陽も早い段階で両親を失っている。二人はあるところで似た者同士なのだろう。

 体がおかしい十六夜は陽を拒むどころかその心地よさに身を預けてしまいそうになる。陽も弱々しい十六夜に少し戸惑いを感じていた。屋根の下に男女が二人きり。普通なら男はいつ牙をむいてもおかしくはない。

 陽は後ろから十六夜を包み込んだ。何事かと驚くも十六夜は経験のない暖かさについ目を瞑ってしまう。

「陽の腕の中は暖かいな・・・。眠くなってくる」

「眠いならここで眠ればいい。まだ体調万全とはいえないしな」

 陽は十六夜を布団に横たわらせた。十六夜はスースーと寝息を立てた。陽は藁を敷いた上で横になる。少し隙間をあけて寝ようとすると、十六夜の手が無意識に伸びてくる。

「?」

「陽・・・。そばにいて・・・」

 陽は顔を赤くして手を握り返した。

 話を聞くに記憶がないせいでずっと一人だったからぬくもりを知らないんだ。俺は家族がいない。だからなんとなく分かる。俺は十六夜、君のことをもっと知りたい。こんな気持ちは初めてだ。きっと俺は・・・。

 そう考えているうちに陽も眠りについた。

 その様子を陽の家の格子から九十九と風神丸が見ていた。

「あんな安らかな十六夜、初めて見た」

「あの陽ってあんさんの暖かさにどんどん心を開いているんよ」

「ていうか九十九、お前森から出てきてええん?」

「何いうてるん。うちはアヤカシ玉藻前や。かつて時の大君をたぶらかした色女やて、森を出るのは初めてではありんせん」

 九十九は煙管を吸い、口から煙を吐き出す。風神丸は耳をヒクヒクした。しかしこれ以上見ても意味はないと二人はそれぞれイタチとキツネに姿を変え、森へと帰っていく。

 その途中で長に出くわす。すぐに二人は変化を解き、立ちふさがる。

「十六夜は・・・どうだった?」

「陽・・・あの時、十六夜に殺されそうだったやつの家だ。今は落ち着いてる」

「このまま何も分からなければいい。十六夜が本当の真実を知った時、何が起こるか・・・」

「真実?」

 風神丸が首をかしげた。

 そこからやはり長にしか知らない何かがあるのだと風神丸は悟る。風神丸はこれ以上の深入りができなかった。



 十六夜は夢を見ていた。

 明るい太陽の下で笑う自分がいる。その近くには十六夜の容姿によく似た女性が立つ。十六夜が手を伸ばすと女性は微笑みながら光の粒になって消えてしまった。すり抜けた小さな光の粒は太陽へ還っていく。

 あなたは誰? なぜ私と同じ姿なんだ? でもなんか懐かしい・・・。

 そう思ったのも束の間、周囲は太陽に照らされた世界ではなく戦で荒れ果て多くのアヤカシの遺体が散乱していた。足にはアヤカシや人間の流した血がべっとりとつく。血の匂いが十六夜の頭と意識を支配する。

 戦・・・。それが私を狂わせた・・・。でも、なんで? それがわからぬ。なぜ殺しあう・・・。

 十六夜の目から涙が伝う。記憶にはないがまるで体がその状況を知っているかのように硬直する。

 人間は醜い・・・。目先の欲にしか興味がないのか・・・。

 緑色の瞳は次第に影がさす。すると背後からまた光が溢れる。振り向くとそこには草が多く生える小高い丘。そこには笑顔で手を差し出す陽の姿。

 十六夜!

 私を呼ぶ声が聞こえる・・・。陽、お前が手を伸ばしてくれるなら私も手を重ねよう。光の世界へ導く者よーーー。



「?!」

 十六夜が目を開けた。目に入るのは天井。そして自分は夢の中でもがいたのかと思われる首につたう汗。十六夜はゆっくりと体を起こした。隣には陽がいない。近くには陽の羽織が置かれている。

 扉が開きそこには陽がいた。

「大丈夫か、十六夜」

 十六夜は頷いた。陽はゆっくりと近づくと十六夜の額に触れた。

「下がってる。よかった」

 陽は安堵の息を漏らす。十六夜はすくっと立ち上がり、家を出て行こうとする。すると急に十六夜の表情が険しくなる。陽がどうした、と聞くと十六夜は外へ出た。

 十六夜は目をつむり感覚を研ぎ澄ませる。

 水の流れる音、その力ーーー。

 十六夜はそのかすかな変化を感じ取る。全てがわかった十六夜は森のほうへ足を歩み出す。

「十六夜!」

「助けてくれて感謝する。アヤカシを助けることはとんでもないことなのにな」

「それは・・・」

「でもこれだけは勧告しておく。運命は動き出した、今大きな変動が起きる。己の運命を切り開くんだ」

 十六夜は水の術をかけ姿を消した。一人残された陽は十六夜の言葉の意味を考えていた。

 その言葉は意味深で何か大きな出来事を予言しているようにしか思えない。

「俺の運命・・・」

 森へ帰った十六夜を待ち受けていたのは多くのアヤカシたちだった。人間と関わりを持ってしまった十六夜に対する視線は痛い。

「私に何か用か?」

 そう言うと奥から長が出てきた。長の登場に十六夜も言葉を失った。

「わしはお前を甘く見ていたようだ。何度も掟を破り、人間と関わりを持った。それは大罪に値する」

「話の意図が読めない、どういうことだ?」

「言い訳など聞く意味はない。しかもお前はかつて我らを危険に晒したからな。疫病神でしかならぬ」

 長の口から聞こえた疫病神という言葉。それに十六夜の瞳は絶望とショックの色が見えた。しかし十六夜には過去の記憶がない。アヤカシ一族を危険に晒した記憶など当然ない。

「私が危険に晒した? なんのことだ、私には身に覚えがない・・・」

 するとアヤカシの中にいるアヤカシ烏天狗のカルラが目の前に歩み寄る。

「お前自身が覚えているわけではない。お前の過去の記憶は人間が封印した」

「封印?」

 カルラは黒い翼を動かし、鋭い視線を向ける。

「記憶が封印されているって何を言って・・・」

「十六夜姫。これ以上は何もない。しばらくお前を拘束させてもらう」

 カルラが天狗の扇で風を起こした。すると十六夜の体を持ち上げ森のご神木に十六夜の体を叩きつけた。背中には鈍い痛みが走る。その場から動こうとすると体が何かに縛られているような感覚がした。

「何?!」

 目の前には長が何か術を唱えている。するとご神木の枝が十六夜の体を這い蹲り、縛り上げる。だんだん視界がぼやけてくる。かろうじて水で応戦しようも十六夜の力も封じられなす術がなくなった。

「何をする気だ!」

「お前はやはり脅威だ。このご神木に封じる。これでお前は何も手出しできまい」

 長は十六夜をご神木に封印し時を止める気だと十六夜は悟った。

「そんな! おい、カルラ! 気は確かか?!」

「十六夜姫。お許しを」

 カルラは十六夜に申し訳なさそうに頭を下げた。

 十六夜は完全に絶望に支配された。このままいけば封印されるのは時間の問題。十六夜が封印されると聞いて風神丸も駆けつけていた。

「何してるんや! やめんか!」

「イタチめ!」

 大きなアヤカシに阻まれ十六夜の封印を阻止することなどできない。風神丸も長の強い力にはかなわない。十六夜がまた涙を流した。

「ああ、残酷だ。なんでこんな・・・。私はただ真実を知りたかっただけだ・・・。私は想いを告げることもできないのか・・・」

 長が容赦なく術をかける。

「かの者の時を止め、封ぜよ!」

 長の声が轟き十六夜は意識が遠のく。

「陽!!」

 封じられる直後、十六夜は声の限り叫んだ。声は森の中を響き渡り村にまで届いた。

「十六夜?」

 陽は何かを察し、外へ出る。十六夜の呼ぶ声が耳から離れない。心配していると村がどうも騒がしい。陽は丹波の屋敷へ急いだ。

 丹波の屋敷には多くの武士が出入りしせわしない。村の人々も何事かと集まってくる。鎌清が屋敷の外へ出て村人たちに話す。

「今、ミヤコから使者がいらしております。騒がれると怒る癇癪持ちの方のようで・・・。今は退散していただけませんか?」

 丁寧に説明すると村人たちは鎌清を信頼しているのか、家へ戻っていった。人も少なくなり陽も戻ろうとすると、

「陽。君は屋敷内へ入ってください。主人から大事な話があります」

 陽はそのまま丹波の屋敷内へ入った。屋敷内の別室で待たされた。陽の部屋へ雅姫がやってきた。

「奥方様!」

「陽。急にお呼び立てして申し訳ありません。あなたしか話せる人がいないのです」

 雅姫は陽の隣に座り話し始めた。しばらくして丹波がやってきた。

「すまない、陽。驚いただろう。松風大君さまと話されたのはお前だけだからな」

「松風さま? 松風さまに何かあったんですか?」

 陽が聞くと丹波は苦い顔をした。かなり深刻な問題なのかと悟る。丹波は陽に向き直り言葉を告げる。

「松風大君が退位なされた」

「え?! なんで?! あのときは病気をしているような様子はなかったのに」

「いや、そのようなものじゃない。話によると陰謀に巻き込まれ根も葉もない噂を流され、強制的に退位させられてしまったと聞いている。松風さまとお話をされたのはお前だけだからな」

 松風が陰謀に巻き込まれた。

 それを聞いた陽は言葉を失う。それと同時に松風の安否が気になる。陽はそれも聞いた。

「それで松風さまはご無事なんですか?」

「それは大事ない。御所からは完全に追い出されてしまっているが、別の屋敷で隠れ住んでおられるそうだ。松風さまの姉君潮内親王さまもご一緒されている」

「お姉さままでも・・・」

 すると横から雅姫が口を挟んだ。

「内親王さまはお身体が丈夫ではございません。それゆえ、小百合を向かわせました」

 そうか、と丹波は頷いた。本題に入ろう、と丹波は陽に視線を移し、話題を変えた。

「陽。松風さまがお前とお話になった際、何か言っていなかったか? なんでもいいんだ」

 陽は思い出す。

 あのとき話したのは家族のことーーー。互いの暮らしのことーーー。苦労話ーーー。そしてアヤカシのこと。松風さまはアヤカシに助けられたとおっしゃっていた。でもこのことは大君の想像を絶すること。話してもいいのだろうか。

 陽が思索していると丹波は陽に頼み込む。

「なんでも良い。思いつくものならなんでも良いのだ」

 陽は松風がアヤカシに助けられアヤカシを尊敬していることを話そうと心に決めた。

「丹波さま、これは松風さまの想像を超えるものになりますがいいですか?」

「心得た。言ってみろ」

「ミヤコの人々はアヤカシが嫌いと聞きました。さらに御所のなかで公家たちもアヤカシが嫌いとおっしゃられていたとも松風さまから。しかし、松風さまはそんなアヤカシ嫌いの御所のなかで唯一アヤカシを尊敬しているとおっしゃられていたのです。これは、親しい人間・・・おそらく内親王さまにしか打ち明けていないと思われます」

「大君がアヤカシを・・・」

 丹波は腕を組みうなった。すると丹波の頭にある恐ろしい仮説が生まれた。

「もしや、『アヤカシ殲滅計画』か」

「御前さま?!」

「いや、俺も考えたくはない。ただの絵空事と考えていたが今ではそうとしか考えられないのだ、雅」

 雅姫が反応を示した。陽も『アヤカシ殲滅計画』の話は聞いている。しかしそれが一体どういうものなのか、重大さがわからない。

「『アヤカシ殲滅計画』って・・・」

「ヒノモトのアヤカシを殲滅し滅ぼす計画だ。誰が首謀者なのかは小百合が戻らないとわからないだろう。松風大君さまが退いたとなれば皇位につくのは父上の浦波王さましか考えられん」

「自分の息子を見捨てて自分がついたんですか?」

「陽。相手は大君。神の一族とも言われる・・・。きっと血なまぐさいことも行われたはずだ。自分の身を守るため相手を追い落とすのがミヤコの常識だ」

 陽はあまりに衝撃すぎて言葉を失った。

 俺に何かできることはないだろうか。陽は思い切って丹波に進言した。すると丹波は頭を抱え答える。

「まだなんとも言えん。ただアヤカシたちが何をしてくるのかわからないからな。最悪の場合は戦も考えられなくはない」

 戦・・・。陽の頭のなかに響く最悪のシナリオ。

 陽は一通りに話を聞くと表情を曇らせた。

「戦が発生したら村の人たちを屋敷に避難させる予定だ。まだ小百合が戻ってくるまでわからないがな・・・」

 丹波も戦に備えていることを打ち明けた。陽は戦の経験がない。村が焼け野原になる状況は生々しい想像ができないがそれがどれだけ恐ろしいことなのかは知っている。

 丹波の屋敷で陽は沈黙の時間を貫いていた。


最後まで読んでくださりありがとうございました。感想、評価等よろしくおねがいします。藤波真夏

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