32.
『貴様は圧倒的に経験が足りない。あの3体を倒せても直後に気配を隠した魔獣に喰われる可能性だってあるのだぞ』
ふとエリザベスに言われた言葉を思い出した陽里はその違和感の正体を確信する。
確信した。
確信したが遅かった。
遅かったのだ。
走り出した新が交差点に差し掛かった時には既に遅かった。
気付かずに済んだのは彼にとってはきっと幸運だっただろう。
一方彼らは不幸であろう。
彼らの目の前に現れたそれは絶望であった。
事実、彼らは直前に起きた事など忘れてしまった。
ただ1人を除いて。
「逃げるんだ!」
陽里が声を上げる。
我に返った2人は我先にと走り出す。
(あの時もあっさり死んだんだったな)
そいつは肉を咀嚼しながら歩いて迫る。
残りの2つがその肉を寄越せと唸る。
そいつは仕方ないなと言った具合に噛んでいる肉を渡す。
まるで陽里の存在を無視して。
「だけどさ。あまりボクの友達を侮辱しないでくれ」
陽里は雷槍を握り締めて飛び出す。
ここにきて気付いたそいつらは面倒臭いなと言った顔を浮かべてカウンターで陽里に噛み付こうとする。
だがそいつらが喰ったのは空気しかなかった。
陽里はどこに行ったと探そうとした時は宙を舞っていた。
腹部の強い衝撃で危うく肉を吐きそうになるも耐え、また陽里の追撃も避ける。
陽里は必死の一撃を躱されて舌打ちをする。
ボトッと肉塊が落ちる音がする。
「新……」
新だったそれを陽里は横目で見て改めてそいつらを睨む。
真っ黒な犬のようだがその尾は犬のものではなく根本が太く先が細い。
大きさは双頭犬よりさらに大きい。
そして何よりの特徴が3つの頭に1つの胴体。
「間違いない。地獄の番犬……」
『冥界犬――ランクAです。警告、ランクAへの単独交戦は禁止されています』
(このクラスになると気配を隠せるのか。周囲に魔獣がいない事にもっと早くからおかしいと感じるべきだった)
直前で6体も魔性犬を討滅すれば安全だろうと思った陽里達は致命的なミスをしていた。
ここは戦場。
一切の気を抜かずいついかなる時も殺し合いを覚悟しなければならない。
エリザベスが起こした爆音も、突如不意に襲った銃撃も、冥界犬の襲撃にも他の事に気を付けなければ死ぬかもしれないのだ。
(バカ正直に槍を振っても躱されるのがオチだ。さっきの蹴りも効いてないだろうし、奴ももう油断はしないだろう)
陽里の実力を低く見た結果痛い目に合った冥界犬は3つの頭とも敵意剥き出しで威嚇している。
陽里も槍を構えて相手の出方を窺う。
先に動いたのは陽里の方であった。
2機のブースターによる超加速で距離を詰める。
ほぼ音速で迫った陽里の動きを冥界犬は追えているようだった。
冥界犬はその前足を地面に叩き付けただけでアスファルトが爆ぜた。
砕け散ったアスファルトに動きを阻害されたところを冥界犬は火炎放射を放つ。
(やはり炎系の魔法を使うか)
ここまでの流れは陽里の脚本に書かれている。その先も。
「スクエアガード」
『スクエアガード起動』
陽里が手を火炎放射に対してかざすと白銀に輝く4つの欠片が現れては膜を作って広がる。
そして4つの欠片を頂点とする正方形を作る。
一般にシールドまたはバリアと呼ばれる不可視の障壁防御システムがある。
非常に薄くまた展開時のみに形となって現れるために持ち運びが非常に便利なものとして発明当初は一世を風靡した代物である。
だがしばらくするとその薄さが脆弱さを表してしまった。高火力の攻撃には耐えられなかったのだ。
多重に展開する事でこの問題は一応解決したが今度はコスト面が課題となってしまった。
長年この課題の解決が為されていなかったために歴史の産物になろうとしていたが今ここに陽里が終止符を打った。
まだ陽里を除いて誰も知らない完成されたシールド。
冥界犬によって放たれた地面も融かす豪熱の息吹を陽里は防ぐ事に成功した。
バリアは消えて4つの欠片は1つの武装へと形を変えて陽里の掌に乗る。
「まぁまぁかな、雷環」
それは硬貨のような円盤で真ん中は和同開珎のように正方形の穴が空いていた。
「新に見せる予定だったんだっけ……」
「グルルル……」
冥界犬は様子見の一撃とは言えあっさり己の一撃を防がれた事に腹を立てる。
「お披露目会だったけど気に食わなかったかな?」
そう嗤って陽里が挑発する。
この挑発に乗った冥界犬は先程の陽里と同様超加速して距離を詰める。
雷環を仕舞って雷槍を取り出した陽里はその槍頭でアスファルトを盾代わりに掘り起こす。
だが全く同じ事をしては悪手と言うもの。
冥界犬はするりと躱して陽里に跳びつく。
陽里はこれを柄で防いで距離を取ろうとするも冥界犬の追撃は止まらない。
「双頭犬と同じ様にはいかないか」
陽里は柄の元を持って槍を大きく振る。
冥界犬にしたらこの程度の攻撃は造作もなく避けられるもので敢えて当たるギリギリで避ける。
陽里が槍を振り戻そうとした時――
バキンっ
陽里は空振りに終わってバランスを崩す。
陽里の目に映る冥界犬は勝ち誇ったかのように嗤って折れた槍を吐き出してもう2つの頭が陽里を噛み砕こうと差し迫る。




