No.16 もう一度、私の元へ
森の奥にある教会、その教会の一室、『控え室』で華は静かに椅子に座っていた。
部屋の中では教会組織の者たちが慌ただしく動いている。
鏡の前に座らされた華の顔に、女性の信徒が丁寧に化粧を施していた。
「女神様、とてもお似合いです」
優しく微笑みながら言う。
「本当にお綺麗です」
華は鏡の中の自分を見つめた。
純白のウエディングドレスに長いヴェール。
胸元には白い花の装飾。
本来なら、幸せな花嫁が着るはずの衣装だった。
華は小さく微笑み、静かに言った。
「……ありがとう、ございます」
だが、その笑顔の奥では胸が痛んでいた。
(ダージリンさん……)
どれだけ時間が経っても、忘れられない人。
街で別れた時の顔、自分の名前を叫んでいた声。
華は目を伏せる。
(ごめんなさい……)
心の中で何度も謝る。
(でも……私はやっぱり、ダージリンさんのこと……忘れられません)
控え室の外では、教会の鐘がゆっくりと鳴り始めていた。
儀式の時間が近づいている。
その頃街では、先程までの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。
燃えていた建物も、壊れていた街並みも、すべて元通りになっている。
まるで何も起きなかったかのようだった。
だが、紅の騎士団と黒の騎士団は警戒を解かなかった。
ダージリンは団員達へ命令を出す。
「街全体をもう一度確認してくれ。本当に何も異常がないのか、隅々までパトロールするんだ」
ブラックも自分の団員達へ言う。
「お前らもだ。妙な気配があったらすぐ報告しろ」
「はっ!」
団員達はそれぞれ街へ散っていった。
やがて広場にはダージリンとブラック、二人だけが残った。
ダージリンは静かに歩き、広場の噴水の縁に腰を下ろし、両手で頭を抱えた。
ブラックは少し黙ってそれを見ていたが、やがて隣に座り、ぽつりと言う。
「……これでいいのかよ」
ダージリンはしばらく黙っていた。
やがて、低い声で答える。
「……いいわけないだろう。……最後の華の顔……」
ブラックは小さく鼻で笑い、立ち上がる。
「……なら」
ダージリンを見下ろす。
「俺と考えてる事は一緒だな」
そう言って手を差し出し、ダージリンは顔を上げる。
「……いいのかい?」
ブラックは肩をすくめる。
「今だけな。今だけ、お前らとは休戦する」
そして森の方を見る。
「あいつ、待ってるぞ」
ダージリンは黙って頷き、そしてブラックの手を掴み、立ち上がる。
「行こう」
ブラックは剣を肩に担ぐ。
「さっさと連れ戻すぞ」
二人は並んで歩き出した。
華が連れて行かれた場所、森の教会へ。
そして教会の『控え室』の扉が静かに開いた。
部屋に入ってきたのは、ディアナだった。
新郎の衣装に身を包み、髪も整えられている。
華を見るなり、恍惚とした表情を浮かべた。
「女神様……」
ゆっくり歩み寄る。
「あぁ……美しい」
ディアナは華の手を取り、手の甲に口付けた。
その瞬間、華の体がふらりと揺れ、
「……っ」
力が抜けたように倒れ込む。
だが、床に落ちる前にディアナが受け止め、華をお姫様抱っこする。
腕の中で華はぐったりとしていた。
ディアナはその顔を見下ろし、満足そうに微笑む。
「少し眠っていてください」
優しい声だが、その瞳には狂気が宿っていた。
「さあ」
ディアナは踵を返す。
「儀式を始めましょう」
扉へ向かいながら、小さく呟く。
「女神様を、神に捧げる儀式を」
歪んだ笑みを浮かべている。
それは祝福の結婚式ではない。
女神を神へ差し出すための、狂信の儀式だった。




