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クラン

 フィーネたちはテラーが動かす土人形のあとについて歩いていた。正確にはフィーネはイエリナに抱っこされている。フィーネの歩幅だと肝心なときに間に合わない可能性がでたためである。テラーは家で子供たちと待っているらしい。遠隔で動かせるなんてすごいことだ。ファムとフレイヤがクランがいる場所にいるという。

 土人形は人気の少ない細い路地を歩いていた。ここをクランが歩いていたのだろう。

 いくつか角を曲がるとフレイヤが塀の外に身を縮めて待機していた。

「こっちよ」

 声を潜めて手招きするフレイヤの隣まで、身を屈めて近づく。フィーネは四足歩行で近づいた。フレイヤが顔を上げて顎を建物の方へくいっと傾けるのにつられて見てみると、屋根に乗っているファムが視界に入る。彼は真剣に部屋の中の様子を伺っているようだ。

「あたしだと、気づかれずに中に入るのは難しかったから、ここで待機してたの。あの部屋にクランがいるわ。イエリナ、あたしたちを静かにあそこに連れてくことはできる?」

 イエリナはにっこりと握りこぶしを作った。地面に手をつけるとにょきにょきと芽が生えて蔦が現れる。真綿に触れるみたいに優しくフィーネたちの体に巻き付くと、ゆっくりと体を持ち上げて ファムがいる屋根まで移動させてくれた。

 部屋の中を見るとクランと大柄な男が何か話をしているのが見えた。

「話の内容、聞こえた?」

「…次に誰を殺すかという話をしている。クランは拒否しているようだが」

 顔がさっと青ざめる。嫌な予想が当たってしまった。はっとしてノルの様子を見ると、彼女は真剣に部屋の中の声に耳をすませていた。フィーネも同様に部屋の二人を注視する。微かに揉めている声が聞こえてきた。

 もうこんなことはしたくない、とか。ばらされたくないだろう、とか。

 クランは人殺しに手を染めていることをひた隠しにしてきた。確かに気分のいい話でもないし、事実がばれればノルたちに拒絶される可能性が高い。それをぶら下げて男はクランに今も殺しを要求している。彼女が足を洗おうとしているのに。

 握った拳に力が入った。フィーネが中に入ろうと身を乗り出す前に、ノルが窓を足で蹴破った。ガシャンと窓が割れて落ちる中、華麗に着地したノルはずんずんと窓の残骸を踏み鳴らしながら男に近づいて襟首を掴んだ。今にでも相手を殺しそうな勢いで、眉間にはいくつもの皺が刻まれている。

「…手、出すなっていったよな」

「手は出してないだろう?クランは無傷だ」

 屁理屈を言う男の口にノルの血管が思わず隆起して、拳を振り上げた。それを静止するようにわざとらしく大きな声で男は皆に聞かせるように独り言を溢した。

「俺は仕事をやってただけだろう?ああ、お前はノルに何をしていたかいってなかったのか!なら俺から話してやろう」

「…や、やめて!」

「こいつはな、お前に会うまではずっと俺から受けた殺しの依頼をこなして生活していたんだ!それはもう両手で数え切れないほどになぁ!」

 クランが膝から崩れ落ちた。俯いて肩を震わせている彼女を他所に、男は楽しそうに笑い声を上げながら続ける。不愉快な声に眉を顰めると、ノルが腕をぐっと持ち上げた。足が浮いてしまった男は急に笑い声を引っ込めて目を白黒させている。

「だから?」

「だから、だって?わからないのか?いつ寝首をかかれるかわからないやつを傍に置くって意味を!お前はここでこいつを切り捨て…」

 男が最後まで言葉を吐き出す前に壁へと放り投げた。勢いで壁が一枚破損し、男は隣の部屋で痛みにうずくまっている。なんて力だ。

 すぐさま空中に細い水の刃を作り、男を取り囲んだ。

「お前に心配される筋合いはない。俺はクランを信じてるし、家族だと思ってる。お前はすっこんでな」

 はっと顔をあげたクランの瞳から大粒の涙が次から次へと零れ落ちた。抑えきれなかった思いが嗚咽となって漏れ出したクランの頬を、ノルがそっと拭う。

 ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返すクランを優しい瞳で見つめていた。

「本当はクランの言葉で知りたかったけど、いいよ。不安にさせたな」

「わ、たしが、いけないの!怖くて正直に言えなかった、私が!」

 壁を破る音をきっかけにフレイヤたちもイエリナな蔦で部屋へと入ってきた。状況を察したのか皆眉を下げてノルたちを静観している。

 しゃくりあげながらも落ち着きを見せ始めたクランが、瞳を揺らしたまま問いかけた。

「人を大勢殺めてしまった私でも、家族でいてくれる?」

「…さっきの、聞いてなかったのか?俺たちは何があろうと家族だよ」

 大きなため息を吐いたあと、にっこりと笑ってクランの頭を撫でた。その姿がフィーネには自身の父と重ねて見えた。

 今後一切殺しはするなよ、とか。子どもたちには内緒だ、とか話をしているのをぼんやりと聞いていた。その二人に近づいてフレイヤたちが何やら話している。丸くおさまってなによりだ。

 フィーネは皆から少し離れた位置でぼうっと佇んでいた。声が遠くに聞こえる。何を話し合っているか頭で整理できない。何故か浮遊感があった。キーンと耳鳴りがする。一瞬、別の所に自分がいる感覚。

 久しぶり。

 耳元から声がしたとき、建物全体が大きく揺れた。

 身を低くして揺れに耐えていると、頭上からめきめきと音が降ってくる。ぱらぱらと破片が頭に落ちてきて、ふと仰ぎ見ると屋根が何者かに剥がされようとしていた。空いた口が塞がらなかった。屋根が取り払われ、広い空と建物二階以上の大きさの魔物が顔を覗かせていた。

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