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44話『悪魔も所詮は生物』

 ――それに狙われた者は本懐を忘れる。

 ――それに狙われた者は誇りを捨て去る。


 狂人。変人。奇人……。そう言った言葉は、理解できない他者を表す言葉として用いられる。

 それを悪魔の中に持ち込み当てはめるとするなら、正にウィスパノールを指し示す言葉だ。


 そんな悪魔(ウィスパノール)は、悪魔(デモニオ)を標的に定めた。

 ウィスパノールの目的は、デモニオと悪魔同士の同盟を結び、死神という脅威と立ち向かうことにある。


 死神が出現するまでの間、悪魔たちの魂は死なない存在だった。

 そんな性質が前提としてあるからこそ、悪魔は死への恐怖を意識せずに己の快楽主義者に――人々に苦しみを与えることのみを追求する存在でいられたに過ぎない。


 そして、デモニオに生まれた死への恐怖――生への執着は、ウィスパノールの付け入る絶好の隙となる。



『何をしにきた、ウィスパノール……!』


 デモニオの念話に含まれた感情に色をつけるのなら真っ黒。

 約200年振りに話す同胞に対して好意的な感情は一切存在しない。

 そもそも悪魔である以上、同族嫌悪を抱くのは仕方がないことである。

 7体の悪魔――今は死神に殺されて6体に数を減らした悪魔は皆、その全てが折り合いは悪いように設計されているのだから。


 しかしその嫌悪感にデモニオなりの序列を設けるとしたら、ウィスパノールは、悪魔の戒律を破ったディアボロとピンキーと同程度、もしかしたらそれ以上に不快な存在かもしれない。


 悪魔を堕落させた悪魔。そんな存在は、戒律を重んじるデモニオにとっては同胞というよりも敵と言って差し支えないだろう。


 そんなデモニオの敵意を無視しながら、ウィスパノールはからかうような口調で言う。


『ちょっとデモニオの兄さんと話したくなりましてね。あっ、今は姐さんか? それとも流石に飽きて身体変えたりしてたり……はないか。老化を遅らせる魔法を使ってまで、延命させるのが姐さんの主義やもんなぁ』

『僕からすれば、節操なく何にでも取り憑くお前の方が理解できんがな』

『そうですか? せっかく、人の肉体乗っ取れる力が悪魔にはあるんやから、選り好みせずに色んな肉体乗っ取った方が見識広がるのに。能力は有効活用してナンボですよ!』


 悪魔によって依代となる肉体を選ぶ際に好みは存在するが、出来るだけ人に影響力を与えられる者――平たく言えば強者を選ぶ。

 その方が、悪魔の本懐――人に絶望を与えるという目的を果たしやすいからである。

 そこに因果による邪魔が入り乗っ取り難いなどの理由もあったりするが……。


 そう言った事情を考慮した結果、デモニオが選んだのが亜人種――エルフの少女の肉体だ。


 その前は男エルフの魔法使い。その頃に生み出した肉体の老化を遅らせる魔法によって、長寿を維持するに至った。


 しかしデモニオからすれば、ウィスパノールの依代を選ぶ基準の方がありえない。

 気のみきのまま流されるまま。その日の服を気まぐれに選ぶ感覚で依代となる肉体を決める。

 これは他の悪魔には見られないウィスパノールの特異な点の一つであり、この悪魔が普通とは違う特徴を表している。


『お前に何と言われようが僕の好みに対して口出しされる謂れはない。それに、見識なんてものは知識で簡単に補える。お前の行動こそ、ただの時間の無駄だ!』

『あっ、また言うた』

『は……?』

『無自覚ですか? アンタは少女の肉体に取り憑いて1000年経っても一人称が「僕」のままやということに?』


 肉体は魂の影響を受けるように、その逆――魂が肉体の影響を受ける事もある程度起こる。

 それが起こらないということは、考え方に強いクセができているということ。


 それは長生きし過ぎた代償だ。デモニオの魂には男性だった頃の残滓が今なお根深く残っていて、それが女性として生まれ変わった今も尚デモニオの一人称が「僕」として固定されている大きな理由である。


『これは弊害や弊害。頭が凝り固まっとる証拠や。ね、一つの肉体に骨質することの愚かさ、少しは理解できたでしょ?』


 とウィスパノールは続ける。

 つまり、ウィスパノールの発言に含まれる意味は、頭でっかちなだけの、考え方に柔軟性が無い馬鹿と言いたいらしい。

 やはりこの悪魔は神経を逆撫でする。


『お前は僕に世間話をしにきたわけじゃないだろ? さっさと要件を言え!』

『じゃあ世間話はこれくらいにして、ちょっと姐さんの知恵を拝借させてもらおうかと思いましてね。悪魔同士のホットニュースの死神についてご教授願おうかと』

『それはまた随分とタイミングが良いな。もしかしたら、近場の誰かの肉体でも乗っ取って僕の近くにいたりするのか?』


 さっき来た護衛の方角を横目で見ながらデモニオは言う。

 デモニオの――ウィスパノール以外の悪魔の基準に当て嵌めれば、そそられる部分は全く無い単なるエルフの男剣士に過ぎないが、ウィスパノールならばあの程度の剣士に取り憑いてもおかしくはない。


 しかし、同時にそれはないとも考える。何故ならウィスパノールの特技は読心術。

 心を弄ぶことに関して言えば、この悪魔の右に出る者はいない。

 僅かな会話などによる情報を基に、相手の置かれている状況や心情を見抜く力に長けている。

 謂わば心理戦においてのスペシャリスト。


 それは選り好みなく人という種を乗っ取り、人という種を観察し続けることによって培われたウィスパノール特有の能力である。


 そんなウィスパノールにとっての悪魔とは人の一種に過ぎない。

 人という種を弄び悦に浸る悪魔は、その実、人を依代にしないとこの世に存在できない生命とも言える。

 つまり、広義的に解釈すれば、悪魔も人の範疇にあるとウィスパノールは考えている。


 現に、その理論を証明するかの如く、ディアボロとピンキーの生存欲求を巧みに刺激し、悪魔同士の結託という前代未聞の愚行に走らせた経緯があるのだから強ち間違いとは言い切れないのかもしれない。


『まさか。偶々ですよ、偶々。死神は全ての悪魔にとって憂慮すべき事案やさかい。……で、姐さんのことやから未来視して死神の様子見とてたりしとるんちゃうかな思うてね? 姐さん未来覗くの得意やもんな。で、何見たんや? 教えてください』

『お前に僕が知り得た情報を話す義理などない』

『死神は我ら悪魔の共通の敵や。殺されたら元も子もない。せやから、ディアボロとピンキーは手を取り合ったんや。戒律なんて一時的に忘れたらどないですの? アンタも死にたくないから死神の動向を未来で見たんやろ? なら、自分らも手を取り合って末永く生き長らえましょうや』


 ……悪魔同士が手を取り合う。それは悪魔の戒律を破る行為――禁忌だ。

 それを犯すことは己が内に凄まじい罪悪感や惨めさという凄まじい自責の念が付き纏うことに繋がる。


 それをこうも容易く持ちかけ、禁忌を破る行為を切り出す辺り、流石は異端者と言うべきか。


 しかし、デモニオは違う。惨めな思いをしてまで生き長らえたいとは思わない。


『そんなに生き長らえたいなら、自分が唆したディアボロとピンキーに頼めば』

『いやあ、それがあの二人。ワイ抜きで結託を始めてしまいまして、困ってるんですわ』


 そうは言うが、恐らくそうなるように仕向けている。

 この悪魔はそういう混沌とした状況を好むのだから。


「だから僕にこ。こんな話を持ちかけたのかっ!? とにかく、死んでもお前なんかと共闘はしない!」


 脳裏だけでなく、現実でも大声で叫んだせいで、再び護衛が此方をちらりと覗っていたのを不快気な顔を浮かべて静止する。

 イライラする、そんな気持ちはウィスパノールによって更に増す。


『死んでも……? ――アッハハハハハハ』


 ウィスパノールは爆発したように笑う。まるで悪魔が人を貶めて快楽に浸る様に。


『何がおかしい!?』

『いやあ、相変わらず頭硬いなぁと思いましてね。にしても、死んでも協力せんとか、もし本気で思うてるようなら、あんたは付ける薬のない大バカや』

『貴様……それが人にモノを頼む態度なのかっ!?』

『じゃあ、念話切ればええやん? 認めたらどうですか? デモニオの姐さんも死ぬんは怖いやろ? 話し声から震えが手に取るように伝わってくるで』

『それは……』


 図星を突かれた。念話なんて無視すれば簡単にシャットアウトできる。

 デモニオがこうしてウィスパノールと不快に思いながらも会話に応じているのは、心の中に共闘という考えが浮かび、そこに傾こうとしている自分がいるからだ。

 ウィスパノールはそんなデモニオの心の柔い部分を巧みに見抜いて更に畳みかける。


『今まで悪魔は不老不死やと思ってたから快楽主義者でいられただけや。でもな、悪魔かて所詮は生物。である以上、死というもんが現実味帯びたら怖い。戒律破ると情けない気持ちになるやろうけど、それでも生きたいという気持ちは全ての本能の中で一番強いもんや』

『……』

『それに、アンタは物持ちの良い身体が好きや言うとるけど、その実、怖がりなんや。肉体が朽ち果て死ぬ過程というものに対して忌諱している部分がある。だからこそ、出来るだけ死から縁遠く寿命の長いエルフの肉体選んで生き長らえてる。今一度自分の胸に手を当ててよく考えてみなされ』


 ウィスパノールの指摘は正に目から鱗だった。今まで自分が美学だと思いこんでいたことは、単なる死の恐怖が生み出した幻想に過ぎなかった。


 少し間を空けた後、ウィスパノールは二択を突き付ける。デモニオにとって――悪魔という一生物にとって究極の二択を……。


『このまま死神の影に怯えながら快楽主義の悪魔を貫くか、それとも恥を覚悟で悪魔同士が手を取り合って死神を滅ぼすか……今ここで選びな。悪魔、デモニオ。チャンスはもう無い。今誘い断ったら、次にいくら泣きついてきても、もう知りませんよ?』

『……』


 ……プライドを取るか、生きることを取るか。


 己の美学に徹するなら前者一択だ。なのに、デモニオは答えられない。

 あれほど生き恥を晒してまで生き長らえたいとは思わなかったのに。あれほど死という暗闇の世界とは無縁だと思っていたのに。


 今はただの一生命として、死ぬことが何よりも怖い。


 代償は己の矜持をほんの一時的に殺して共闘するだけ。

 それが終われば、いつも通りの何にも縛れずに今まで通り快楽主義者として活動が戻ってくる。


 デモニオは目を瞑る。

 

 これは長い年月培ってきた悪魔としての矜持を捨てるための時間だ。

 禁忌を犯すことに対して抱く罪悪感。それを説得し、尚も湧いてくるその感情を押し殺す。


 堕ちていく感覚を覚えながら、デモニオは覚悟を決めた。

 プライドをかなぐり捨てて醜く生き足掻く覚悟を……。


 それは、悪魔が悪魔によって堕落させられる瞬間だった。


 そして、己をねじ伏せたデモニオは目を開ける。


 今この瞬間己の美学に徹していた悪魔は死に、どんなものを犠牲にしてでも生き足掻くことを決めた悪魔が誕生した。

 しかし、共闘を実行に移すその前にどうしても知りたいことがある。


『……お前は何故そんなに楽しそうなんだ?』


 いくらウィスパノールが他の悪魔とは異質と言えど、所詮は悪魔。


 なのに、この話をするウィスパノールはいつになく楽しそうに思える。

 元々ウィスパノールの心意をデモニオには読み切れないが、戒律を破ることに対して罪悪感があることには変わりないだろう。


『勿論、自分も悪魔や。戒律破るのには抵抗ある。けど――』


 ウィスパノールは笑う。そこに顔があるのだとしたら、この世で最も邪面を浮かべていることがわかるほどに。


『――この状況楽しくありません? 一歩間違えたら死んでしまう生命の儚さ、プライド捨ててまで生き足掻く悪魔の無様さ。何よりも、悪魔も生命として認められたみたいでワイは嬉しい。確かに死ぬんは怖いけど、死んだら死んだで死後の世界というやつに行けるかもしれへん。どっち転んでもおもろい結果に変わりない。そそるで、ホンマに』


 ウィスパノール。それは、悪魔を弄ぶことに快楽を見出す悪魔である。

 全ての状況はこの悪魔にとって、ただの道楽に過ぎやしない。そして、その遊び道具は自らの命とて例外ではなかった。

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