表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あざなつる!  作者: 蜂須賀久乃
壱『魔法少女と思念』
3/11

三年間の平和

屋敷の大広間に腰掛ける命音名継の前に座った二人は、傷だらけだった。


名弦は頭に包帯、全身に切り傷とかすり傷。白の着流しではなく、淡い水色の着物に着替えていた。正座をして、背筋を伸ばしている。


字名も頭に包帯、全身に切り傷とかすり傷。黒いジャージではなく、真っ黒い着物に着替えさせられていた。こちらは胡坐(あぐら)をかいて、畳の目を見つめて項垂(うなだ)れていた。おそらくただの猫背だろうが。


互いに言葉を交わすどころか、顔を見ようとさえしない。

しかし――妙な間隔を空けて座る二人の間には、嫌悪と憎悪の念が塊のように存在していた。

もうオーラなどという抽象的なものではない、固体の殺意が。

ここで怪我のことについて触れるのは、完全なるタブーだった。


そんなどす黒い空気の中、名継が沈黙を破った。

字名と名弦にとっては遠い親戚。

名継は、老人と呼ばれるにふさわしい年齢だが、容姿が若々しすぎる。三十後半くらいにしか見えない。


語尾を棒読みする独特の口調の持ち主で、常にほんわかした雰囲気を大量生産している人物だ。

そんな名継の第一声は、空気を読まない宇宙仕様の感想だった。


「あらら、二人とも怪我が痛そうだねー」

「「空気を読むってことを知らない」」 「んですか!?」「のか!?」


二人は同時に突っ込んだ。

語尾以外、全て一緒のタイミングで。

名弦と字名は「……」と、三点リーダーでにらみ合う。

名継は、ぽわんぽわんした雰囲気を醸し、笑いながら言う。


「あはは、仲が良いなあー」

「「断じてよく」」 「ないです!」「ねえわ!」

「あっはは、やっぱ仲良いねー」


二度目の台詞かぶりで、口火を切ったように二人は同じタイミングで立ち上がった。

向き合い、二人の間にあった悪意と敵意が爆ぜる。

そして、名弦がひきつった笑みで字名に暴言を投げつける。


「何ですか? 字名くん、君は仕事も命音家の人間であるという名誉も誇りも捨てて逃げ出しておいて、今更のうのうち帰ってこられたんですか? その神経の図太さには心底関心いたしますね。大体、僕と発言かぶりすぎなんですよ貴方。キャラかぶりは小説においてタブーなのですよ? それを破ってなおも主人公面してどん座っていられるとは大した度胸ですね。生きてるだけで迷惑なんですよ貴方、最終的に死になさい」


対して、字名は悪意まるだしの表情で名弦をにらみつけ、尖った言葉を投げ返した。押し返した、という方が正しいかもしれない。


「ああ? 最後に会った時にその胸くそ悪ぃ中途半端な丁寧語やめろっつったよなあ、名弦くん? なんだよてめえは、そこのジジイに従順なフリしてるが、腹ん中ではいつそいつを出し抜いて一族のトップになろうかばっかり考えてんだろうが! 発言がかぶるのが嫌なら息をするな土にもどれ! 重要な酸素が減るんだよ二酸化炭素ばっか吐くなこのシーオーツー怪獣が! ウルトラマンに大人しく倒されてろバーカ、結論的に死ね!」

「まーまー、そこらへんにしようよー。二人ともー」


 次々と暴言を投げつける二人の間に、名継の危機感に欠けた声が割り込む。

 しかし、そんな声調で彼らを止めることはできなかった。


「大体さっきから、著作権に触れすぎなんですよ貴方。というわけで、訴えられて死刑判決を受けて正義のもとに死になさい」

「んんー? さっきから語尾に『死ね』ってつけるのやめてくれない? 馬鹿って言った方が馬鹿で、死ねって言った方が死ぬんだよ。人を呪わば穴二つなんだよ、だから死ね!」

「あなたも『死ねっ』て言ってるじゃないですか、同じ穴のむじなでしょうが!」

「てめえと同類にされんのは不愉快だ! 大体、俺の『死ね』は『殺す』っていう意味合いじゃボケえ!」

「僕の方も『殺す』ですけど?」

「ああ? 上等だ、もういっぺん戦るか――」



ドシュ


 

言葉の弾丸を撃ち込み合う二人の眼前を、恐るべきスピードで何かが掠めていった。

そして、どすりと何かが刺さる音。

名弦と字名は、何かが刺さった方向――つまり、柱を凝視した。

そこには、深々と出刃包丁が刺さっていたのだった。

二人は、そのままゆっくりと顔を見合わせ、ぎごご、と錆びたブリキのような動作で振り返った。


「あははー、喧嘩は駄目だよー」


いつもと同じ、ふわふわした空気を生産する名継が座っている。

それが怖い。とてつもなく。

二人は、沈黙した。

そんな二人の恐怖になどお構いなしに、名継は続けた。


「この部屋にある『物』は、ぜーんぶ僕が名前を宿して『者』にしちゃったからー、喧嘩すると危ないよー? みんな、僕の言うことしっかり聞いてくれるんだよねー」

「「すいませんでした」」


畳に額を擦りつけて謝る二人。

名弦も字名も、名継の後ろに構える頑丈な壷や、鋭い日本刀が見えなかったわけではない。

こんなちゃらんぽらんでも、一族の頂点に君臨する名術師である。


名前をつけるだけで、命は宿る。

名前を奪うだけで、魂は消える。

彼にとって――すべての命は、代用のきく駒。

非情さと冷酷さを内包した、名術師。

命音――名継。


「座りなよー、二人ともー」


 先ほどと同じように、二人はばらばらの姿勢で腰を下ろした。

 正座の名弦、胡坐の字名。

 そして、妙な雰囲気を疑問によって破いたのは、字名だった。


「……そんで、用件ってのは何なんだ?」


その疑問は、名弦も抱いていたことだった。

これほどに仲の悪い二人を、わざわざ誘拐してまで集めた理由。

二人には、全く見当がつかない。


「あー、それなんだけどねー」


 いつもと変わらない調子で、名継は言った。

 全く変わらないからこそ、二人は推測さえできなかった。

 名継の口から発せられる、爆弾発言を。



「二人ともー、一緒に働いてみる気ないー?」



 時が止まる。

 それは、宇宙が誕生し、地球が創られ、人類が誕生し、今に至るまで――一度も起こらなかった現象である。

 しかし、2012年今現在、おそらく初めてであろう時間の停止が起こった。


「………………」


名弦の無言。


「……、……、……、」


字名の沈黙。


「「…………は?」」


交錯する疑念。


「だからさー。二人で組んで、本土で仕事してきてくれないー?」


そして、時は動き出す。

犬猿の仲である、二人の絶叫によって。


「「はああああああっ!?」」


この絶叫は、寿島の敷地内全てに響き渡ったという。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ