宿敵との戦い
初めましての方が多いと思われます。
残酷な描写はないと思われますが、バトル小説なので血が出ることはよくあります。しかし激しくはないので、大丈夫だとは思うんですけどね……。
本当に苦手な方はお逃げください。
寿島。
命音一族が所有する、絶海の孤島。
その広大な敷地に比例せず、人口は極小だった。
命音一族とは、どこからその莫大な資金を得ているのか、どのような一族なのか、全く公表されていない。
世界の裏側に存在する、全てが謎の一族なのだった。
そんな不気味ともいえる一族が所有する島に住むものなどおらず、一族の人間の庭としてしか使い道がないような場所だった。神秘的な自然を破壊する者も、蹂躙する者も存在しない。
その寿島のど真ん中に位置する、命音家の屋敷。
昔ながらの日本家屋だが、蔵も併設されており、奥ゆかしくも荘厳な建物である。
そんな屋敷の中の、庭を一望できる縁側に、一人の男が座っていた。
二十代前後で、中性的な顔立ちをした美青年。
白い着流しを纏った姿は、しだれ柳に映え、切なさと儚さを感じさせる。
なぜか、縁側に書道道具一式。そして、弓道用具一式が置かれていた。
そして――着流しは一言、凛とした声で呟く。
「……来ましたね。あの馬鹿」
と。
着流しは、筆を手にとった。
文鎮が載せられた白い紙の上に、弧を描くような美しい動作で筆を滑らせる。
その文字は楷書ではなく、草書ではなく、隷書でもない。
現代人にはおよそ読解不能であろう字体を使っていた。
同じような字体で、十枚弱の書を完成させる。
着流しは、全てを十分に乾かしてから、一枚目の紙に手のひらをのせた。
そして、ゆっくりと手を上に上げた。
すると、紙から黒い文字だけが、ずずず――と、抜け出てくる。
着流しの手にくっついたまま、文字は紙から完全に離脱した。
着流しは、そのまま、置かれた矢の上に持ってくる。
今度は、文字が着流しの手から離れ、一本の矢の中へと入り込んでいった。
文字を抜き出し、矢へ移し変えるという作業を何度も続け、やがて全ての紙から文字が消えた。
着流しは、弓と文字が移された矢を手にとり、立ち上がる。
その弓は特徴的な形をしていて、素人には扱えないような造形をしていた。
標準より少し背が高いくらいだ。
美しい動作で弓をひくと、蒼い碧い天に向けて、矢を射た。
その矢は重力など全く気にしないかのように、空を上っていく。
生きているかのように、まるで固有の意志を持っているのかのように――飛んでいく。
着流しは、もう一本、また一本と全ての矢を放ち終えて、縁側にもう一度腰を下ろした。
少し疲れたのか、深く息を吐く。
そして、着流しは罪深い笑みを浮かべて――着流しは、小さく言った。
とても嬉しそうに。
「あの馬鹿、死んで下さるんでしょうかね?」
着流しの名は、命音名弦。
命音家の中でも優れた名前を宿す能力を持った、『名前宿し』である。
寿島南方の山にて。
蒼い美しい空を、緑の木々がさえぎっている。
昼だというのに、樹の下は薄暗い。
地面の上には、影と木漏れ日が作り出す網のような模様が広がっていた。
本土の都会に住む人間が見たら息を呑むであろう美しい風景に、その男は何の感慨も抱かず、ぶつぶつと、何かを呟きながら歩いている。
銀髪に黒いジャージを着用した、二十代前後の男。
凛々しい、男前な顔立ちを、怒りに歪ませていた。
この島は誰の手も入っていない自然に囲まれている。船で島に着いてから、この場所まで来るのは、プロの登山家でもない限り至難の技だ。
しかし、黒ジャージは傷一つなく、しかし汗の一つも滲ませていなかった。
黒ジャージは、どうやら何かに対して文句を言っているようである。
「……んだよ、せっかく本土でエンジョイライフだったのによお……。千葉の方まで行ってタワー・オブ・テラー乗りたかったのによ、ミッキーと記念写真撮りたかったのによお……。京都で八つ橋食って、北海道で蟹食おうって計画まで立ててたのによ……なんでこんな何もない島まではるばる来なきゃいけねーんだよ、畜生がっ!」
黒ジャージは、苛立ちを足元の小石にぶつける。
相当怒り心頭な様子だった。
「信じる者しか救わない主義なのかよ、神様ってのはさあ……」
などと、ついに神様にまで八つ当たりする黒ジャージ。
しかし、急に恨み節を唱えるのをやめ、足を止めた。
そして、顔を上げる。
その顔は、笑顔だった。
いや、嬉しさや喜びからくる、純正品の笑みではない。
焦りからくる、無理矢理貼り付けたような、歪な笑みだった。
「……あっちゃあ。見つかった」
次の瞬間、黒ジャージの後方の樹から「ざくり」という何かが刺さる音がした。
黒ジャージは顔だけ振り向く――そこには、弓道で使うような矢が深々と樹に突き刺さっていたのだった。
そして、同じような矢が前方から何本も飛んでくる。
「うわあ――」
黒ジャージは、口から奇怪な声を漏らす。
「――いうえおっっ!!」
矢を軽い動作で避けながら。
全ての矢が地面に落ちたあと、黒ジャージは、それを拾い上げようとかがんだ。
こんなことをした人物は誰かわかっている。理解するまでもなく、知っていることだった。
「あの天災野郎が……」
などと誰かに悪態を吐きつつ、黒ジャージは、矢に手をかざし、中から文字を抜き出した。
ずずず――と、矢から離脱した文字を、黒ジャージは左手で砕く。
それは案外脆く、ガラスが割れるような音をたてて地面に散らばり、消滅した。その動作を、一本、二本と続けていく。
やっと、最後の一本になったとき。
その矢が、黒ジャージの目をめがけて直進してきた。
「――!」
黒ジャージは、頭を咄嗟にずらして避けた。
しかし、それは黒ジャージの右頬を恐ろしいスピードで掠め取る。
ぼたぼたと、顔から血が滴る。
その間も、矢は彼を狙って攻撃を続けた。
「性質の悪い術使いやがって!」
黒ジャージは、怒鳴りながら、どこに隠していたのか――背後から日本刀を抜く。
黒光りする刀身。
矢にも勝る速度で、黒ジャージは矢を真っ二つにした。
文字は煙のように天へ昇り、煙のように消える。
それを見届けると、黒ジャージは、大仰にため息を吐いて、空を見上げた。
そして、ニヤニヤと凶悪な笑みを浮かべて、楽しそうに呟いたのだった。
「あの天災、死んでも殺してやるよ……あれ、字が違うか?」
黒ジャージの名は、命音字名。
命音家の極端、『名前殺し』である。
ワードで打ったのをコピーしたやつなので、誤字脱字は多いかもしれません……。
後から訂正していきます。
初心者なので、辛口アドバイスよろしくお願いします!