008_錆びた剣は飾りでいい
昼過ぎ、銀の匙亭に老人が来た。
背筋の伸びた男だった。
右足を少し引きずっているが、目はしっかりしている。ガランだ。
ガランは元衛兵だ。
昔は港の揉め事をだいぶ収めたらしい。今でも市場で若い連中が喧嘩を始めると、誰かが「ガランを呼ぶぞ」と言う。それで半分くらいは静かになる。
「レイ、頼みがある」
ガランは腰の剣を外してテーブルに置いた。
古い剣だった。鞘は擦れ、柄の革も黒ずんでいる。
「孫が衛兵になる。式でこれを渡したい」
「研ぎ師には?」
「行った。折れると言われた」
「正直な研ぎ師だな」
リンドルの衛兵は、王都の兵士ほど立派な鎧を着ていない。
その代わり、誰の家の犬がよく逃げるか、どの酒場で喧嘩が起きやすいかを知っている。町を守るというより、町に巻き込まれている連中だ。
「抜くだけでいい。斬れなくていい」
「飾りか」
「そうだ。だが、私には大事な飾りだ」
俺は剣を抜いた。刃の根元に深い錆がある。たしかに戦えば折れる。
「使うなよ」
「分かっている」
「大根も斬るな」
「式で大根は斬らん」
「念のためだ。年寄りは急に変なことをする」
「それは若者も同じだ」
「否定できないな」
柄に触れると、古いまじないの気配が残っていた。強くはない。けれど、丁寧だった。
「誰かが何かしたな」
「妻がな。若い頃、怪我をせんようにと」
「奥さんは?」
「もういない」
「……そうか」
こういう話はずるい。
壊れた剣だけなら断れた。
だが、誰かが誰かを思って残したまじないまで一緒だと、手が止まらなくなる。
「置いてけ」
「助かる」
「戦えるようにはならんぞ」
「飾りでいい」
「なら、飾りとして恥ずかしくないくらいにはする」
夕方までかかった。
錆を全部消すと、剣が別物になる。だから残す。
折れない範囲だけ整え、柄と刃と古いまじないを馴染ませる。
翌朝、ガランに返した。
剣は古いままだった。ただ、まっすぐ抜けた。ガランはしばらく刃を見つめた。
「妻のまじないは?」
「少し残ってた」
「そうか」
ガランは小さく息を吐いた。
「ありがとう」
「礼なら奥さんにも言え」
「言っておく」
「あと、式で泣くなよ」
「そこまで年寄りではない」
「年寄りはみんなそう言う」
ガランは笑って帰っていった。
その日の夕方、ニナが式を見てきたらしい。
「お孫さん、泣いてました」
「ガランは?」
「ちょっとだけ」
「そうか」
「レイさんも来ればよかったのに」
「俺が行ったら、剣より目立つだろ」
「それはないと思います」
「言い切るな。少しは気を使え」
ニナは笑った。
「でも、見たかったんじゃないですか?」
「まあ、少しな」
「珍しく正直ですね」
「今日は疲れてるんだ」
直した物は、持ち主のところへ戻る。そこから先は、俺の仕事じゃない。
そういうことにしておく。




