015_鳴らすものと鳴りやむもの
鈴は鳴り続けていた。
ちりん、ちりん。
高く澄んだ音なのに、妙に耳の奥へ残る。
港の水面が、小さく波を立てる。
水路の木の船が、音に合わせてゆっくり流れる。
子どもたちは面白がっていたが、エドとニナがどうにか距離を取らせてくれた。
「トマ君、そこまでです」
「もう少しだけ!」
「もう少しで落ちるから、そこまでです」
エドの言い方が少しガランに似てきた。
血筋なのか、教育なのか。どちらにしろ、衛兵としては悪くない。
ニナは木の船をいくつか回収して、子どもたちの手元に返していた。
「船は逃げません。たぶん」
「たぶん?」
「今は少し怪しいので」
正直でよろしい。俺は鈴を見上げた。
「レイさん、どうしますか」
ラウルが聞いてくる。
「俺に聞くな。管理局だろ」
「これは正式な遺物ではありません」
「都合のいい時だけ線を引くな」
「すみません」
「謝ると俺がやる流れになるだろ」
ラウルは否定しなかった。この男、黙って人を働かせるのがうまくなってきている。
よくない成長だ。
俺は飾り台に近づいた。
鈴は小さい。黒ずんだ銀色で、表面には波の模様が彫られている。
古く、軽く、でも長く使われた物の気配があった。
守り鈴。
たぶん、昔の漁師たちが海へ出る前に鳴らしたものだ。
帰ってこい。無事であれ。
そういう祈りを何度も受けて、少しずつ鈴の中に染みこんだのだろう。壊れているというより、鳴るべき時を間違えている感じだ。
「外すもんじゃないな」
俺が言うと、ラウルが頷いた。
「では?」
「黙らせる。でも、完全には殺さない」
「殺す、ですか」
「言い方が悪かったな。役目まで消す必要はないってことだ」
鈴に触れる前に、俺は周囲を見た。
ルドたち漁師が黙っている。マーサも少し離れて見ている。トマはエドに止められながら、首を伸ばしている。
祭りは止まっていた。
笛も太鼓も一度止み、港には波の音と鈴の音だけが残っている。
こういう空気は苦手だ。全員がこっちを見ると、俺が何かすごいことをするみたいになる。
「先に言っておくが、派手なことは起きないぞ」
「分かっています」
ラウルが言う。
「お前が一番分かってなさそうな顔をしてる」
「そうでしょうか」
「そうだ」
俺は鈴の紐を持った。
ちりん。
音が指先に響いた。
暗い海。
灯りを待つ人。
帰ってこなかった誰か。
帰ってきた誰か。
そういうものが、薄く、細く、鈴の内側で揺れている。
「面倒だな」
俺は小さく言った。
「鳴りたい気持ちは分かる。いや、分かったようなことを言うのも変だが」
鈴は返事をしない。
「でも今は子どもが落ちる。そこは我慢しろ」
「鈴に話してます?」
ニナが横から聞いた。
「物はだいたい話を聞かない。人間と同じだ」
「人間もですか」
「特に祭りの日の大人はな」
ルドが遠くから言った。
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言った」
少しだけ笑いが起きた。空気が軽くなる。
その隙に、俺は鈴と紐と飾り台の継ぎ目を探った。
鳴るべき時。黙るべき時。
祈りと騒ぎ。海と水路。
混ざってしまったものを、少しだけ分ける。
「馴染め」
鈴が一度、大きく鳴った。
ちりん。
それが最後だった。
港の水面が静かになる。水路の船も止まった。青い布も、ただの布みたいに風に揺れた。
しばらく、誰も喋らなかった。最初に声を出したのはトマだった。
「もう動かないの?」
「動かない方が安全だ」
「ちぇー」
「舌打ちするな。船は自分で進めろ」
ルドが近づいてきた。
「終わったのか」
「たぶんな」
「たぶんで済ませるなよ」
「祭りの屋台よりは信用できる」
ルドは鈴を見て、少しだけ真面目な顔をした。
「壊したわけじゃねえんだな」
「壊してない。少し寝かせただけだ」
「そうか」
ルドは短く頷いた。
「ならいい」
ラウルが言った。
「祭りの後、回収して調べます」
「今取ったら漁師が騒ぐ。終わってからにしろ」
「そうします」
「あと、報告書には俺の名前を小さく書け」
「現地協力者で」
「いい響きだ。何もしてない感じがする」
「実際はしていますが」
「そこは書くな」
ニナが笑った。
「レイさん、結局なんとかしちゃいましたね」
「好きでやったわけじゃない。祭りで水難事故が起きると、煮込みが売れなくなる」
「理由、そこですか」
「大事だろ」
祭りは少しずつ再開した。笛が鳴り、太鼓が鳴り、今度は人間が勝手に騒ぎ始める。
鈴はもう鳴らない。
鳴るべきものが鳴って、鳴らない方がいいものは黙る。
祭りは、そのくらいでちょうどいい。




