011_猫の釘はだいたい面倒
休業日の翌朝、猫が持ってきた釘はまだ棚の上にあった。
錆びて、少し曲がっている。
どう見ても、ありがたみのない釘だ。
「捨てるか」
「にゃ」
裏口から猫が鳴いた。
「お前、聞いてたのか」
「にゃ」
「怖いな。猫に監視される生活は嫌だぞ」
猫は店の外へ出た。
そして、振り返る。
「行けってことか」
「にゃ」
「俺は猫の部下じゃないんだが」
文句を言いながらついていくと、市場通りに出た。
通りでは、何人かの大人が木の板や縄を運んでいた。港祭りの準備だ。
リンドルの港祭りは、別に大層なものじゃない。漁の無事を祈って、屋台を出して、酒を飲んで、子どもが走る。それだけなのに、町の連中は毎年ちょっと浮かれる。
猫が止まったのは、組みかけの屋台の前だった。
「おう、レイ」
魚屋のルドが片手を上げた。
声の大きさなら市場で上から数えた方が早い男だ。
「ちょうどよかった。この台、なんかぐらつくんだよ」
「ちょうどよくない。俺は猫に連れてこられただけだ」
「じゃあ猫が偉いな」
「それは否定しないが、納得したくない」
屋台の脚を見ると、留め釘が一本抜けていた。俺は手の中の釘を見る。
「……これか」
「おお、助かるな」
「礼は猫に言ってくれ」
釘穴は少し広がっていた。
戻すだけなら、また抜ける。
「応急だぞ。本番が終わったらちゃんと直せ」
「分かった分かった」
「その分かったは信用が薄いな」
釘を差し込み、木と釘の隙間を馴染ませる。
かちり。
屋台の揺れが止まった。
「ほい」
「助かった。祭りの日は魚串一本おまけしてやる」
「二本」
「一本半」
「半分をどう渡す気だ」
ルドは笑った。
猫は、いつの間にか屋台の下で丸くなっている。
「お前、報酬の話になると黙るな」
「にゃ」
「一番賢いかもしれん」
俺は市場通りを見た。
木槌の音。
縄を引く声。
魚と潮の匂い。
祭りは三日後らしい。
俺には関係ない。そう思ったが、猫がもう一本、どこかから釘を転がしてきた。
「……おい」
「にゃ」
「祭りが終わるまで、これが続くのか?」
猫は答えなかった。嫌な予感だけが、妙にしっかり残った。




