「誠一郎の退職」
事件から数ヶ月後 午前10時〜午後5時
退院してから、会社には戻れなかった。
腹部の傷は塞がっていた。医師には「日常生活に支障はない」と言われた。しかし会社に行く気が起きなかった。正確には、行く気が起きないのではなく、行く場所がなくなっていた。
セクハラを認めた。
早瀬刑事の前で、全部話した。水野への行為。人事部への圧力。ネットへの情報漏洩に加担したこと。それらが記録された。調書になった。会社の法務部にも連絡が行った。
翌週、人事部長から電話があった。
「取締役の立場について、改めてご相談させてください」という言葉だった。柔らかい言葉だった。しかし内容は明確だった。退いてほしい、ということだった。
誠一郎は「分かった」と言った。
抵抗しなかった。抵抗する気が起きなかった。二十年以上勤めた会社だった。取締役まで上り詰めた。しかし今は、その肩書きが何の重さも持たなかった。
退職届を出したのは、電話から三日後だった。
誰も引き止めなかった。
今日、荷物を取りに来た。秘書が段ボール箱を用意してくれていた。デスクを片付けた。二十三年分の荷物が、段ボール二箱に収まった。
多かった、と思った。
水野は段ボール一箱だったと、後から知った。五年間の荷物が一箱だった。自分は二十三年で二箱だった。その差が何を意味するのか、誠一郎には分からなかった。しかし何かを意味している気がした。
帰り際、廊下で若い社員と鉢合わせた。
三年目の男だった。名前を思い出せなかった。男は頭を下げた。誠一郎も頭を下げた。それだけだった。
エレベーターを待つ間、誠一郎は廊下に立っていた。
二十三年間、毎朝通ったフロアだった。会議室の位置も、コピー機の場所も、社員食堂の匂いも、全部知っていた。しかしもう、自分の場所ではなかった。
エレベーターが来た。
乗り込んだ。ドアが閉まった。
段ボール二箱を持って、ビルを出た。
外は秋だった。風が冷たかった。タクシーを拾い、乗り込んだ。住所を告げた。
走り出した車の中で、誠一郎はふと思った。
拓海は今、どこにいるのか。
留置場か、拘置所か。裁判が始まったと聞いていた。傍聴に行こうとは思わなかった。行けなかった。しかし拓海がどんな言葉を法廷で語ったか、気になった。
報道で読んだ。
「父は母を二十年かけて壊した」という言葉が、記事に引用されていた。
誠一郎はその言葉を、タクシーの中で繰り返した。
壊した。
否定できなかった。言い訳を探したが、見つからなかった。見つけようとする気力も、なかった。
タクシーが走り続けた。
誠一郎は窓の外を見ていた。秋の都市が流れていた。




