「拓海の影」
15日目 午前10時〜午後6時
取調室を出た後、早瀬は自分のデスクに戻らなかった。
桑田のデスクへ直行した。
「久我山拓海を調べてくれ」と言った。「誠一郎の息子だ」
桑田はすでに画面を開いていた。「取調室の音声、モニターで聞いていました」と言った。「今調べてます」
早瀬は椅子を引き寄せ、桑田の隣に座った。
画面に情報が並び始めた。
久我山拓海。三十四歳。都内のIT企業に勤務。エンジニア職。大学は情報工学部を卒業。SNSのアカウントは一つだけ確認できたが、投稿は少なく、内容も技術的な話題が中心だった。フォロワーは二百人以下。
表向きは、どこにでもいる地味なITエンジニアだった。
「父親との関係は」と早瀬が聞いた。
「SNS上には接点が見当たりません。誠一郎のアカウントに拓海の名前は出てこない。拓海のアカウントにも父親の話は一切ない」
「家族の繋がりを意図的に隠している可能性がある」
「そう思います」と桑田は言った。「それと、もう一つ。拓海の勤務先のIT企業、AI音声生成のツールを開発しているプロジェクトに関わっています。GitHubに関連するコードが残っています」
早瀬は画面を見た。
AI音声生成。動画の声が合成だという可能性を、桑田が最初に指摘したのは十二日目だった。その技術に、拓海が関わっている。
「動画の声とアカリさんの声を比較した結果は」
「ベースの音声パターンは似ています。しかしピッチと抑揚が機械的に調整されている。アカリさんの過去のSNSに残っていた音声データを使って合成した可能性が高い」
早瀬は目を閉じた。
構図が見えてきた。
拓海はアカリに接触した。アカリの過去の音声データを収集した。AIで合成し、動画を作った。動画を投稿し、ネット民の怒りを利用して柏木を追い詰めた。柏木の死はおそらく計画外だった。しかし計画を続行した。そしてアカリを実行犯として誘導し、父親を刺させようとした。
なぜ父親を殺したいのか。
その動機が、まだ見えなかった。
午後二時、早瀬は拓海の自宅を割り出した。都内の一人暮らし。マンションの七階。
任意同行を求めるか、令状を取るか。
証拠はまだ薄かった。アカリの証言だけでは、令状は取れない。しかし動かなければ、拓海が証拠を消す可能性がある。
「任意同行を求める」と早瀬は決めた。「話を聞くだけだ。動かなければ令状を取る」
午後四時、早瀬と桑田は拓海のマンションへ向かった。
インターホンを押した。
しばらく間があった。
ドアが開いた。
三十四歳の男が立っていた。痩せていた。目の下に影があった。眠れていない人間の顔だった。
「久我山拓海さんですか」と早瀬は言った。
男は早瀬を見た。
驚いた顔ではなかった。
来ると分かっていた人間の顔だった。




