表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/15

第8話「戦場の料理人」

 ベルグの街はパニックに陥っていた。

 警鐘が乱打され、住民たちが右往左往と逃げ惑う。街を囲む防壁の上では、衛兵たちが絶望的な顔で森を睨んでいた。

 地響きとともに、木々がなぎ倒され、黒い波のような魔物の群れが押し寄せてくる。


「駄目だ……数が多すぎる!」

「救援は間に合わない! もうおしまいだ!」


 誰かが武器を投げ捨てようとした、その時だった。


 ドォン!

 防壁の真ん中に、巨大な肉の塊が投げ出された。


 続けて、一人の大男と白い犬が飛び降りてくる。

 俺とルルだ。


「おい、そこをどけ。場所を借りるぞ」


「あ、あんたは食堂の……! 何を言ってるんだ、今はそれどころじゃ……」


「それどころだ」


 俺はマジックバッグから、愛用の鉄板とかまどセットを取り出した。

 ルルが手際よく薪を並べ、火吹き魔法で一瞬にして豪火を起こす。


 俺は先ほど仕留めたばかりのキングブルの肉塊を、衛兵たちの目の前で解体し始めた。

 ブッチャーナイフが銀色の閃光を描く。

 骨と肉が瞬時に分かれ、美しい赤身のブロックが切り出される。


「腹が減っては戦はできん。そうだろ?」


 俺は鉄板に牛脂を塗りつけた。


 ジュワアアアッ!!


 戦場の殺伐とした空気を切り裂くように、脂のはぜる音が響き渡る。


「ルル、風だ! 匂いを街中へ、そして敵の鼻先へ送り届けろ!」


「承知した!」


 ルルが起こした突風が、焼けた肉の香ばしい匂いと、牛脂の甘い香りを運び去る。

 それは、絶望に支配されていた人々の鼻腔をくすぐり、本能を直接揺さぶった。


「な、なんだこの匂いは……?」

「すげぇ美味そうな……肉?」


 震えていた衛兵の手が止まる。

 逃げ惑っていた市民が足を止める。


 人間は、極度のストレス下において、温かい食事の匂いを嗅ぐと、理屈抜きで生の実感を思い出すものだ。


「並べ! 武器を持てる奴から優先だ! 食ったら戦え!」


 俺の怒号に、衛兵たちがハッと我に返った。


「く、食っていいのか!?」


「当たり前だ。キングブルのステーキだ。食えば百人力だぞ」


 俺は焼き上がったばかりの極厚ステーキを、皿もなしに直接、衛兵の盾の上に放り投げた。

 肉汁がしたたる熱々の肉。

 衛兵は迷わずにかぶりついた。


 ガブリ。

 肉の弾力と、あふれる旨み。

 その瞬間、彼の目に生気が戻った。いや、戻るどころか、ギラギラと輝き始めた。


「う、うおおおおっ! 力が……力が湧いてくるぞオオオ!!」


 熟成魔力肉の効果だ。

 ただの食事ではない。これはドーピングに近い、強烈なバフ料理だ。


 一人が叫ぶと、伝染するように次々と手が伸びた。

 戦場に、ありえない光景が広がった。

 片手で肉を貪り食いながら、剣を振るう兵士たち。

 彼らの士気は、空腹というたった一つの要因が満たされたことで、爆発的に跳ね上がったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ