第9話「鉄板の上の防衛線」
防壁の上は、即席の野外レストランと化していた。
「おかわりだ! もっとくれ!」
「こっちにも頼む! 力が切れそうだ!」
次々と差し出される要望に、俺は無心で肉を焼き続けた。
焼く。切る。出す。
そのサイクルが極限まで高まる。
魔物の群れが防壁に取り付こうとするが、ステーキを食らって強化された衛兵たちが、嘘のように怪力で撃退していく。
オークがハシゴを登ってくれば、骨付き肉を片手に持った冒険者が、それを棍棒代わりに殴り落とす。
「ふははは! 軽い! 剣が羽のように軽いぞ!」
「傷が……さっき受けた傷がもう塞がっていく!」
キングブルの肉には、筋力向上と自然治癒力アップの効果があるようだ。
俺が想定していた以上だ。やはり29日の肉は格が違う。
だが、敵の数も尋常ではない。
匂いに引かれて、さらに奥から強力な魔物が集まってきている。
「親父さん、材料が足りないぞ!」
セリアが血相を変えて駆け上がってきた。
彼女はギルド職員として、矢の補給や負傷者の搬送を指揮していたが、今は俺のアシスタントを買って出ている。
「肉がないなら、現地調達だ」
俺は鉄板から目を離さず、壁の下を指差した。
そこには、倒されたばかりの魔物の死骸が山積みになっている。
「あそこのワイルドボア、持ってこれるか?」
「ええっ!? 今から解体するんですか?」
「新鮮そのものだろ。ルル!」
「わかっている!」
ルルが防壁から飛び降り、巨大な猪をくわえて戻ってきた。
ドサッ。
俺はナタを振るう。
皮を剥ぎ、ロース肉を切り出すまで、30秒。
「焼き立てだ、食え!」
そのワイルドな情景に、兵士たちはもはや笑うしかなかった。
敵が来る。
倒す。
料理人が焼く。
食う。
強くなる。
また倒す。
永久機関の完成だ。
恐怖は完全に消え失せ、防壁の上は肉祭りの狂乱に包まれていた。
「あははは! こんな楽しい防衛戦は初めてだ!」
「おい、あそこのレッドベア、美味そうじゃないか?」
「よっしゃ、俺が狩ってくる! ガンツさん、レアで頼むぜ!」
悲壮感など欠片もない。
彼らは今、街を守るためだけでなく、今夜の晩飯のために戦っている。
その欲望こそが、人間が持つ最強の武器だと俺は知っていた。




