ローエングリンの未練11
秋津洲が襲撃してきた。
日も暮れて、皆で楽しく花火していたらお空からゴゥンゴゥンである。
「フットワークが軽いわね、貴方達の空部は」
「人数少ないしテキトーだからな」
百式の機銃掃射から逃げ惑う鋼輪工業空部+武蔵。
安全安心な模擬弾とはいえ精神的に嫌なのである。
「こんにゃろー!」
鈴谷が二式大艇に駆け込み、上部機銃で反撃する。
しかし百式がホバリングするのは大艇の右舷。どうにも火力を集中させられず、逆に上空から一方的に撃ち込まれ沈黙してしまった。
「弾切れか?」
「ダメージ判定が超過したのよ。鈴谷はスポーツマンシップを重んじるから」
エアレーサー機にはアビオニクスから独立した、機体ダメージをシミュレートするコンピュータが搭載されている。被弾した模擬弾の口径、距離、着弾箇所からダメージを計算し、随時機体性能を制限したり戦闘不能判定を下したりするのだ。
大型機である二式大艇に戦闘不能判定を出すのは楽ではないはずだが、今回二式大艇は海に浮かんだ的でしかない。どうしようもなかった。
「相手はフェア精神ガン無視な奇襲してきたがな。誰だよアイツに『勝てば官軍』とか教えたの」
「アンタでしょ」
「俺です」
勝てば正義なのだよ! と曰いアリアを毎日散々虐めてセクハラしてきた武蔵のせいであった。
百式に続き、秋津洲も攻撃を開始する。
ぽこぽこと何かが落ちてきた。
「あたっ!? ……ぬいぐるみ?」
「こっちは湯たんぽよ」
「スイカが落ちてきましたぁ!」
「世界初の爆撃再現ですー!?」
割と洒落にならないものが近くに落とされたらしく、騒ぎ立てる双子。スイカは歴史上最初に飛行機から投下された爆弾である。
とにかく船内にあるものを適当に落としているらしい、私物を後先考えず落としては後が大変だろうと武蔵は呆れる。
「《武蔵を返せー!》」
「《カメラに貴女達の拉致現場が映ってたわ! 私の武蔵くんを返しなさい!》」
「《お兄ちゃんの下半身だけ返せー!》」
「《お兄さん、この前貸したお金返して下さい……》」
「愛されてるだろ?」
「歪んでいるわ」
今日一日で攻略されてしまった鋼輪工業の女生徒の方が、まだ真っ当に恋慕しているように時雨には思えた。
武蔵は近くに落ちてきたぬいぐるみを拾う。熊に跨った男性を模した作品だ。
「ってこれ、船の俺の部屋にあるシベリアの森のプー○ンさん人形じゃねーか! あっ、こっちも俺の!」
「物を落すなんて乱暴だと思ったら、全部武蔵の物だったのね。愛されてるじゃない」
柄パンが大量に落ちてきたんですけど! と遠くの浜辺で逃げ惑う鈴谷。
なるほど納得である。武蔵の私物なら心置きなく爆撃に使えるということなのだろう。
「ふざけやがってあの雌豚ども! ガツンと言ってやる! 言ってやる! 心の中で!」
「直接言いなさいよ」
「部内の男女発言力戦争において、質で物量は覆せないのだよ……」
「質で勝ってると本気で言い張れるの……?」
武蔵は無言で空を見上げた。
「考えたことがあるか? この青空は、世界中と繋がっているんだ」
「繋がってないわよ」
誤魔化しきれなかった。
「お久しぶりです。雷間高校空部部長の足柄妙子です」
「はい、お久しぶりです。鋼輪工業チーム主将の白露時雨です」
「キシャー!」
「フギャー!」
挨拶も早々に、キャットファイトに突入する妙子と時雨。
自分は女の子同士が戦っていても興奮しないなぁ、と自身の性癖を再確認しつつ武蔵は表向き神妙な顔つきで頷く。
「いわば前哨戦というやつか」
「2人を止めて下さいよ武蔵」
いつものように隣にやってきたアリアが武蔵に進言する。
「女の喧嘩に乱入とか、夜間山岳内の匍匐飛行よりおっかねえよ」
「一応あれ、貴方を中心とした痴情のもつれですよ。責任取りなさい」
確かに、と武蔵は納得した。
この程度の喧嘩を諌めることが出来なければ、将来家庭内で喧嘩が勃発した際の仲介など出来ようはずもない。
「……なるほど。ここは甲斐性の見せ所だ」
武蔵は静かに歩み寄り、2人の間に入る。
「2人とも、俺の為に争わないでぐげっ!?」
2人に両頬を殴られた。
しかしそれで倒れては意味がない。なんとか堪え、武蔵は言葉を続ける。
「みんなで幸せになろうよ」
「時雨さん、そっち持って」
「了解です妙子さん」
「おいやめギャー!」
2人がかりで肩と頭部を抱えられ、後ろに放り投げられた武蔵は背中を地面に強打する。
ブレーンバスターである。
「ふう、ちょっとすっきりしたかも」
「そうですね。それじゃあキャンプの続きと行きましょうか」
「そうね。みんな、秋津洲から道具を降ろしてー!」
『はーい』
そそくさと解散し、合同キャンプの準備を始める少女達。
「ぶえっ、ふぶっ、あろえっ」
こともあろうか、少女達は移動を開始する際に武蔵を踏んだ上で解散した。
放置される武蔵。そんな彼に、1人だけが近付き安否を心配する。
花純会長であった。
「あの、大丈夫ですか?」
「結婚して下さい」
女神に見えた。
「すいません、私は自分の意思で結婚相手を選べる立場ではないので」
財閥の系譜に連なるお嬢様となると、結婚も大変なようだ。
「許嫁とかいるんですか?」
「縁談の話は幾つか来ています」
「そーゆーの、時代錯誤では?」
「そうかもしれませんが、お父様に逆らうほどの理由もないのです。それとも武蔵さんがその理由になりますか?」
試すように微笑を浮かべる花純。
「といいますか、武蔵さんの目指す一夫多妻も大概に時代錯誤ですよ」
ぐうの音も出ない正論であった。
武蔵は飛び跳ねるように立ち上がる。
「結婚してください」
「善処します」
善処しない時のセリフであった。
三笠は再び紙袋を被っていた。
目の前にはアリア・K・若葉。彼女に対して正体を明かさないスタイルは揺るぎない。
しかし、それでも思うところはあるのだろう。
紙袋越しに彼女を見つめる三笠は、独白のように語りかける。
「―――始めまして、敷島三笠だ」
親友に対して行われる、初対面の挨拶。
その心中に渦巻くのは苦悩か葛藤か。三笠は内心を表情におくびにも出さず……紙袋を被っているのだが……他人として振る舞うことをやめない。
返答はない。
アリアは三笠をジッと睨んだまま一言も発さない。
「……返事くらいしてほしいところだが。いや、我にそのようなことを言う資格はないか」
三笠は自嘲するように笑みを浮かべる。
アリアは馬鹿ではない。彼女は自分の正体などとうに気付いている、と三笠は察していた。
それでも欺瞞は止められない。止めるわけにはいかない。
それでも尚、許しを請う軽薄さ。それと知りつつも、弱さ故に言葉は止まらない。
「…………。」
「謝らせてほしい―――我儘かもしれないが、こうしてまた会えて良かった―――!」
三笠はアリアを、そっと優しく抱きしめる。
「……え、なんですか? 初対面でハグしてくるとか変態ですか? ちょっと距離置こう……」
三笠は心に深い傷を負った。
夕食の為に火を起こそうとする雷間高校の面々だったが、経験不足もあって作業は難航していた。
「くっそ火ぃーつかねえ。炭って固形燃料の一種だろ、なんでこんなに燃えないんだよ」
「ガス溶接機……持ってきました」
「豪胆なこと考えるな由良ちゃん、よしこれでコンロも真っ二つだぜ!」
「切っちゃ駄目です……」
茶色と黒のボンベが載った台車、それを転がす武蔵。
彼はガス溶接技能者の有資格者である。
そんな彼の元に怒髪天をつかんとするほどに憤った様子の三笠が突撃する。
「おい糞黄色人、聞いたぞ貴様アァ!」
武蔵に詰め寄る三笠。
「アリアと一緒に寝てるとはどういう了見だあああっ!?」
なかなか炭が着火せず悪戦苦闘していた武蔵は、「アリアになにか聞いたな」と事情を察して冷静に説明する。
「ショックを受けないでくれ、実はアリアは一人では眠れないんだ。俺は駄目だと言っているんだが、毎夜彼女の方から忍び込んできてな……」
「そ、そうなのか……?」
「いや、理解し難いのはわかる。しかし彼女の寂しんぼ癖については極力吹聴しないでほしい、本人のプライバシーに関わるからな」
こう言っておけば、アリア本人にこの口から出まかせが伝わる可能性も減って安全。
内心ほくそ笑む武蔵のケツを、普通に近くにいたアリアはイナーシャーハンドルで引っ叩いた。
「あひんっ!」
「誰が寂しんぼですか。このハンドルをケツ穴に突っ込んでグリグリされたいのですか」
「やめてエンジンかかっちゃう」
ケツの痛さから崩れ落ち、四つん這いでカサカサ逃げる武蔵。
余裕で追い付けたが、挙動がキモかったので見送ることにした。
「……奴と話があるから失礼する。ああ、火は頼むぞ、アリア」
気付かれては困るものの正体に気付いて欲しかったという乙女メンタルな三笠は、意気消沈しつつも武蔵を追うことにした。
何故か置いていかれた当事者のアリアは、強引に頼まれたバーベキューコンロに戸惑う。
「えっ? ちょ、どうしよ」
アリアは火起こしの経験などなかった。一応知識のある武蔵でさえ手こずったのだ、素人の彼女にはどうしようもない。
「そうだ燃料をくべましょう! 武蔵が前に、ガソリンは意外と爆発しないって言っていましたし!」
このあと由良に滅茶苦茶怒られた。
彼は危険物取扱者甲種の有資格者である。




