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ローエングリンの未練10



 海面を滑る二式大艇は、とりあえず近くの離島に避難していた。


「ろくな施設もない海岸線に上陸可能な航空機、か。100年以上需要が途切れないわけだ」


 20世紀初頭、飛行機の黎明期。

 滑走路が存在しなかった時代、その代わりを果たしたのが海だった。

 船のように桟橋に係留出来る飛行艇は、極端なことをいえば船が使える場所なら運用出来る。海洋大国たる日本からすれば、それは全国に数万の空港を持つに等しい。

 垂直離着陸輸送機が普及したとはいえ、日本という国家が長大な海岸線を抱えているという事実は変わりない。

 場合によってはヘリコプターですら到達困難な場所へ降り立てる飛行艇は、未だ日本で活躍し続けていた。


「いわばこいつは今日本にいる全ての飛行艇のご先祖様だな」


「むしろ親戚と言いますか。現行のUS―3のご先祖様は海軍仕様の二式大艇であって、富嶽はその派系版ですから。コイツに直系の後継機はいないですよ」


「子孫がいないってのも虚しいな」


「旅客機と長距離爆撃機に求められる物は違うってことです」


 富嶽へと仕様変更された二式大艇は性能が尖りすぎていたのだ。

 敵国本土直接爆撃という任務に最適化された『飛行艇』。そんなものに、後に続く需要があるはずがない。


「戦後は滑走路も整備されてきましたからね。メンテが大変で性能も限定される飛行艇を作るメリットがなくなっちゃいました」


「なるほど、ところで……」


 何故か先程から妙に武蔵の横にいたがる鈴谷に首を傾げながら、彼はバーベキューの準備を進める。


「俺に構ってていいのか? 自分の仕事があるだろう」


「二式大艇の修理は工場任せにします。もう手を出せる段階じゃなくなってますし」


 それもそうか、と武蔵も納得する。

 エンジンが半数死んだのだ、割と大惨事である。現場のパイロットに出来ることはないだろう。

 事故調査も含めれば、むしろ下手に修理するなと指示があったのかもしれない。


「あのー、鈴谷、ひょっとしてお邪魔ですか?」


「いや、そんなことはないけど。なんだ、意外と親しみやすい娘だな君って」


 苦笑する武蔵。


「い、意外じゃないですよ! 上の者に敬意を示すのは当然と言いますか!」


「同い年だぞ俺達」


「パイロットとしてです。時雨隊長(リード)が認める男なら、只者なはずがないですから! それだけっす!」


 鈴谷は顔を赤らめつつ野営作業を進めた。


「むーさーしー、こっち力仕事して欲しいんだけどー?」


 時雨が怨嗟のようなドスの効いた声で武蔵を呼んだ。


「お、おう。どした時雨?」


「別に」


「昔、その一言で芸能界から干された女優がいてな」


「あ゛ぁ?」


「ハイタダイマ、ヨロコンデー」


 えっちらほっちらとダンボールを運ぶ武蔵。

 時雨はその作業を厳しい目で監視しつつ、ついでに鈴谷も睨んでおく。


「ちゅ、ちゅりーっす?」


 鈴谷は同級生ながらも尊敬に値すると考えていた主将が、ちょっとアレな娘なのではないかと改めて認識したのであった。







 島に辿り着いて真っ先に連絡は済ませている。

 救助は空母加賀がこの島にやってくる予定だが、タイムスケジュールの都合上明日になる手筈であった。巨船となると事務上でさえ簡単には進路を変えられない。

 海上保安庁の巡視船が救助に向かうという提案も先方より成されたが、それは時雨の判断で辞退した。遭難とはいえ物資も充分に存在するのだ、人手を回してもらうのは後ろめたかった。


「ま、元々キャンプする予定だったからな」


 こうなっては武蔵も本来の雷間高校空部合宿に合流する術はない。おとなしく鋼輪工業空部の合宿にお邪魔することにした。


「こっちはこっちで美少女いっぱいだしな」


「貴様、Girl friendが欲しいのか? 分を弁え……」


 三笠の後頭部を時雨が殴り倒した。


「事故よ」


「ギャグのノリじゃなかったら、ただの傷害事件だぞこれ」


 白目を剥いて撤去される三笠。

 これだからツンデレは面倒くさいのだ、と武蔵は額に手の平を当てた。


「これで、2人っきり……だね」


「お前が強制退場させたからな」


 一段と暴走している時雨に、武蔵はふと思い出す。


「そういえばお前、俺のハーレムに協力してくれるんじゃないのかよ。さっきから妨害しやがって」


「私に勝ったら、でしょ」


 勝手に交換条件を曲解する武蔵に、時雨は頬を膨らませる。


「だがその言葉が偽りでないと証明する為にも、現時点での妨害はフェアじゃないと思う」


「むっ」


 考え込む時雨。咄嗟に出てきた難癖に等しいクレームだったが、意外と効いた。

 アンフェア扱いされるのは、エアレーサーの彼女にとっては屈辱だったのだ。


「……いいわ、ならば私は手を出さない」


「お、言ってみるもんだ」


「次はあの娘達、秋月(あきづき)霜月(しもつき)でしょう。あの娘達は一筋縄じゃいかないわよ」


 望むところだ―――。

 武蔵は超低空飛行で戦艦に挑む雷撃機パイロットの心持ちで以てして、双子の少女達に突撃した。







「ハーレムですかぁ? ちょい待ってくださいよぉ、わたしぃ達だけじゃ不満だっていうんですかぁ?」


「いいじゃないですかー。あたしら2人ならお互い受け入れられますよー、双子なんですしー」


「とても魅力的な提案だ、2人はとても魅力的な女性だよ。けど、俺が求めるのはそれ以上の酒池肉林なんだ」


 左右に双子を侍らせ、同じ顔の少女達の肩に手を回す武蔵。

 秋月と霜月はしなを作り、武蔵に積極的にセックスアピールを行う。


「むうー。ならせめてー、わたしを一番にしてほしいですよー?」


「ちょっと霜月ぃ、ここは姉のわたしが本妻でしょ?」


「お姉ちゃんは黙っててー。ねー、今晩はあたしのテントに泊まりませんかー?」


「そこわたしのテントでもあるからぁ! それじゃあ、2人とも目隠しをした状態でっていうのはぁ? それならどっちが先か判らないしぃ」


「それですー」


「すまない君達。俺はハーレムを目指す者だが、肉体関係はよく考えて進めていきたいと思っているんだ。いざという時に負担がかかるのは君達の身体だからね」


「むさしん、そこまで考えてくれるんですかぁ……」


「あ、ありがとですー。……でも、気が変わったらいつでも言ってくださいねー」


 双子達が武蔵に向ける目は完全にハートマーク化している。

 時雨は背後からカーボンプロペラブレードで武蔵の頭部を粉砕した。


「なに脈略もなく秋月と霜月を攻略してるのよ。せめてどうやって口説いたか描写しなさいよ」


「それ重要か?」


「基礎科学を疎かにして結果だけを追い求めた国家の末路は知っているでしょう」


 変な喩えと共に、びしっと人差し指を武蔵にさす時雨。

 やれやれと肩を竦め、武蔵は回想する。


「秋月と霜月の頭を撫でたら惚れられた」


「その手には媚薬でも仕込んでいるの?」


「そこまで尻軽じゃないですよぉ。ちゃんと好きになる理由はあるんですぅ」


「うんうん、よく見るとなかなかイケメンですしー。ゴメンねむさしん、色々酷いこと言っちゃってー」


 時雨は双子達の頭頂部に手刀を落す。


「グゲー!」


「ぶふー!」


 現役女子高生とは思えない叫びで崩れ落ちる双子。


「アンタ等、ちょっと前まで『ハーレム願望とかキンモー☆』とか言ってたじゃない」


「器の大きな男には、女が集まっちゃうものなんですよぅ」


「愛されるよりも愛したい、みたいなー?」


 時雨は頭を抱えた。

 感染拡大が思った以上に早い。コレは既に―――


「アウトブレイクよ」


 このままでは例の勝負の前提条件から破綻してしまう。

 止まらぬ感染拡大、ならばどうすればいいか。そんなことは最初から判りきっているのだ。


「武蔵、こっち来て!」


「お、おうどうした!?」


 時雨は二式大艇まで武蔵を連行し、日の丸ハッチに放り込む。


「監禁しなきゃ……! 監禁して一生お世話してあげなきゃ……!」


「いかん、急降下で逃げるつもりが速度超過している」


 武蔵はやり過ぎたことを自覚した。







 時雨の監禁から隙を見て脱出した武蔵は、再び双子の元に訪れていた。


「すまん匿ってくれ」


「ただいまー。なんか食べますー?」


「わたし達ぃ尽くすタイプですよぉ。しかも2人、お買い得ですよぉ?」


 戯れる武蔵達を待たず昼食のバーベキューを初めていた少女達。秋月と霜月は足元でカサカサと移動する武蔵に肉を配給する。


「はいどーぞ」


「お野菜も食べるんですよぉ?」


「オカンか君らは」


 武蔵は双子を見上げる。

 ホットパンツの秋月とミニスカートの霜月、そのすらりとした脚が目の毒だった。

 思わず視線をそらし、それを見咎めた2人はニヤニヤと挑発する。


「んー? ハーレムを作ろうって男が、生足程度で顔赤らめちゃうんですかー?」


「ほらほら、めくると下着見えちゃうかもぉ?」


「い、いけません! ハシタナイ!」


 きゃーっ、と手で目を覆いおみ足を見ないように努力する武蔵。

 しかしそうして逃げた視線の先もまた、三笠のキャミソール姿。

 さらに視線をずらせば、これまたビキニとシャツに着替えた鈴谷。


「ここがスターリングラードか」


 絶対包囲網が完成していた。

 物量の恐怖を実感し、これから自分が挑むべき強大な敵に慄く武蔵。

 しかし震えど、それは武者震い。

 覚悟など、とうの昔に済ませていた。ならば後は戦うのみ。


「先輩、アリア、由良ちゃん、生徒会長、そして秋月と霜月、最上、三笠、ついでに時雨……総勢9人」


 航続距離が足りるだろうか、と武蔵は今更ながら心配になってしまった。


「いや日本軍機は基本的に航続距離が長い。心配すべきは―――弾数」


 現代戦闘機の機銃は極めて装填数が少ない。あまりに出番がないので、数秒間分しか装填されていないのだ。

 空中戦となればあっという間に弾切れ。ぶっちゃけ機銃など、もしもの時のお守りか、あるいはトド撃退用としての意味合いしかない。


「これは全機撃墜は現実的ではないな、戦術的勝利を目指すしかない」


「むさしん、こんな時でも試合のシミュレートー?」


「流石本物の武人、どんな試合でも慢心しないなんて素敵ですぅ」


 関心したように頷く双子。

 下世話な妄想をしているだけである。



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