21.In Bed with her
晴彦はくつくつ笑いながら、壁際に突っ立ったままの千里を手招きする。
彼女は拗ねてそっぽをむいてしまったけれど、あまりに晴彦が楽しそうに笑うので、つられて笑い出した。
近づいてきたところを引き寄せて、
「きゃっ」
ベッドに攫ってしまう。彼女を巻き込んでごろんと横になり、すっぽり抱きしめて、耳元で囁いた。
「好きだよ、チリちゃん」
ベッドの上、腕の中に彼女。この間の夜と同じ体勢なのだけれど、全然違う。
柔らかな感触と慕わしい体温。微かな香り。
密着する体から直接響いてくる、くすぐったそうな照れ笑いは、甘く、優しい。
「ハル」
彼女は晴彦を見上げ、彼の背中に腕を回しながら見つめてくる。ホッとしたように深々と息を吐いて、感に堪えない声音で告げた。
「すごく、会いたかった」
「なら、さっさと会いに来ちゃえばよかったのに」
「だって。絶対ウザがられてると思って。私、かなりヒドいよね」
「うん。ヒドい目に遭った。好きな女の子がベッドにいるのに、他の男の名前呼んで泣かれるんだぜ。地獄かよ」
「…………ごめん」
「その上、目が覚めたらいないし。放置されたかと思ったら、アポなしで突然現れて」
「ごめんってば…………」
「……だって私にも、自分で自分の気持ちがわかんなくて、混乱しちゃってて。こんなに簡単に気持ちが変わってもいいのかな。ハルのこと好きになってもいいのかな、って」
「すっごい緊張した。いきなり来ちゃって悪かったけど、でも、行っていいか、なんて怖くて聞けなかったの。“今さら何”って、断られると思った。勇気を振り絞って、ようやくここまで来たけど、呼び鈴なかなか押せなくて、ドアの前うろうろしてた。超アヤシいよね」
晴彦は少し上体を起こし、千里の顔を覗き込む。
「もういいよ。もう全部、どうでもよくなった」
こっち向いて。
頬に触れて、細い顎をそっと持ち上げて。
優しいキスをした。
あの夜の拙いキスは上書きされて、ほの温かい砂糖水みたいに、柔らかく甘い余韻がしみわたる。
千里は、猫が体をすりつけるみたいに、晴彦に寄り添ってくっついてくる。
「こうしてるの、安心する」
……安心されちゃうのもなんだかな。
俺、男なんだけど。好きな女の子とベッドにいて、密着されて甘えられて、とても落ち着いていられませんのですけれど。
「チリちゃん」
「…………ん」
鼻にかかったような、吐息とも声ともつかない反応に、否応なく煽られる。
「俺、がっついていい?」
オオカミなキスしちゃおうかな、と身を起こそうとして、ぴったりくっついた千里の体がさっきより柔らかく、重みを増していることに気づく。
まさか。…………寝ちゃっ……てる?
今まで散々な目にあってきてて、やっと報われるかと思えば、このタイミングでまさかの寝オチ。
「マジかー」
そういや、よく眠れない、とか言ってたっけ。緊張が解けて、急に眠気がさしたんだろう。
晴彦の首と肩の間に器用に頭を載せ、すっかり彼を枕にして、すうすうと安心しきった寝息をたてている。
……まあ、いいか。
泣きながら眠ってしまった、あのときとは違う。
今、千里は晴彦に心を預けている。
ひたひたと染み入るように、彼女が傍にいる、そのことを実感する。
千里を起こさないように気をつけながら、毛布を引っ張り上げた。
「……おやすみ、俺のチリちゃん」
ふわぁ、とあくびをして、彼女を抱きなおす。
やがてそのまま、晴彦も健やかに眠りに落ちた。




