奴隷を知る
【奴隷編 奴隷を知る】
護衛依頼で王都に向かったアザゼルは、そこで奴隷を見た。
「ああ、奴隷を見たのですか」
「何故だ? 何故奴隷など存在するのだ? しかも・・」
奴隷・・。金持ちしか所有できず、王都以外では先ず見かける事は無い。
一種のステータスとして、王都では所持する事があると聞く。
他の町では、人目につかぬように、死ぬまで戦わされるか、労役に従事しているらしい。
初めて見たアザゼルが、混乱するのもやむを得ない話である。
「王都で、奴隷の・・、何を見たのですか?」
単なる奴隷に驚いたのか、それともその他の事に驚いたのか、肝心な所である。
「護衛の依頼で王都について・・、非常に大きな町並みや、多くの人々、活気ある生活。流石は王都と呼ばれるだけの事はあると感心したのだ」
「そこで?」
「ローブを被った人物が、地面に転がされ、殴るけるの暴行を受けていた。周りの人たちは、笑う者、嘲る者、顔を顰め通り過ぎる者様々だった」
「・・もしかして、割って入りましたか?」
「無論、止めに入った」
あちゃーっと言う風に、右手を額にやり、天を仰ぐ。
「何故か自分が衛兵に抑えられ、暴力をふるっていた者たちが、ローブを剥がした」
「現れた人物が?」
「そうだ。首輪を付けられた、獣の耳と尾を持つ男性だった」
「獣人でしたか」
「そう獣人だった・・。聞けば奴隷と言う。何故、獣人が奴隷が居るのだ!? 何故暴力が許されるのだ!?」
何度目か分からない問いかけに、ウハーはつまらなそうに手の甲の上に顎を乗せ肘を付く。
時々居るのだ、奴隷を悪と言う奴が・・。こいつも厄介な一人かと思い説明を始める。
「アザゼルさん、落ち着いて話を聞いて下さい」
「・・落ち着いて、いる」
未だに怒り収まりきらぬ状況ではあるが、話は聞いてもらえそうである。
「私たち、いいえ、生きとし生ける者が必要な物は何ですか?」
「う・・ん?」
急に話が変えられて戸惑いを覚える。
「生きるのに・・、必要・・?」
「一つに食事があります。食事をしなければ、やがて死に至るでしょう」
「当然だ、それが何か?」
「食事には何が必要でしょうか?」
アザゼルの言葉を、敢えて無視して話を続ける。
「食材や、場合によっては調理法なども・・」
「その食材は何処で手に入れますか?」
「畑を耕して得た作物、野山で取れる動物や食物などだと思うが?」
「その通りです。私たちは世にある全ての食べ物によって生かされています」
一旦言葉を切ると、アザゼルを正面から見据える。
「つまり食物の奴隷なのですよ」
「・・・・なっ!?」
そんな馬鹿なと思いながらも、中々反論の糸口が見つけられない。
口ごもっているアザゼルに、畳みかける様に話を進める。
「人間社会と言う広い視野でみると、生きるための方法を分業しています。労働に対する共通のアイテムと言えば?」
「物々交換・・、いや通貨か?」
「その通りです。私たちは労働の対価として、金品を得て命を繋いでいます。お金の奴隷ではありませんか?」
「極論、過ぎると思うが・・」
命を繋ぐ食料・・、食料を得るお金・・、そのような物の奴隷であると言う。
「分かっています、そんな事は。多かれ少なかれ、私たちには奴隷と言う立場が含まれていると言いたいだけです」
「・・・ ・・・ それは・・認めよう」
「善い悪いは置いておいて、私たちは自分の生命に対して奴隷であると言う事です」
選択権は確かに自分である。しかし選べるのは生か死のどちらかである。
「しかし奴隷の存在と、生命の奴隷であるという考えは無関係だ」
「はっ! まだ分からないんですか」
「むっ!?」
ウハーは馬鹿にしたように肩を竦め、首を振る。
「一生懸命働いて、少しでも楽をしようとする事は悪ですか?」
「その様な事は無い」
「では、なぜ従業員を持つ事がいけないのですか?」
「・・えっ!? 従業員?」
ウハーの言わんとする事が理解できない。
「どう言う事か?」
「一生懸命働いて、お店を持って、従業員を持つ事は悪ですか?」
「そんな事は無い」
「従業員は、ある意味奴隷ですよね?」
「な、何を言っている? そんな馬鹿な・・」
「従業員と奴隷の違いは?」
「違い・・・・?」
「仕事をもらってお金をもらって、生き長らえる従業員。先に命をお金で買い取って、命令に従う事で返す奴隷。順番は違いますが、結果は同じではありませんか?」
「意味合い・・が違う」
はん!とウハーが鼻で笑う。
「意味合いってなんですか? 正しく扱われる奴隷と、正しく扱われない従業員の方がしっくりきますか?」
「それは・・」
従業員は雇用主の非道が全くないと言えるだろうか?
奴隷は所有者の深い憐れみに包まれていないと言えるだろうか?
「それとも干ばつや冷害で不作となり、小さな弟や妹のために身を売ってお金にして、両親から遠く離れて、歯を食いしばって子供たちが働く事は『奉公』であって、『奴隷』じゃないとでも! それが性欲の捌け口と言う結果であっても!?」
「・・・っ」
ウハーの物凄い剣幕に、沈黙でしか答えられない。
「口減らしで両親の手にかかる幼子と、親兄弟と遠く離れても、何とか食いつないで生きている子供と、どちらが幸福とか不幸とか貴方は決められるのですか! そんな選択しかできない両親は悪ですか!? 貴方は無力な両親をどう裁くのですか!」
「・・・」
「御礼奉公、身売り・・、何と呼ばれても・・、奴隷ではありませんか! 奴隷を持つ者たちの、そんな言葉遊びに振り回される人々の事を考えた事がありますか!」
一気に捲し立てると、深く息を整える。
「・・何も労働イコール奴隷と言っているのではありません。そう言う側面、見方もできると言う話です」
「そうかもしれんが・・」
「他にも犯罪を犯した者は、強制労働に就く奴隷落ちと言う制度があります。報奨金は・・、アザゼルさんも手に入れた事がありますよね?」
当初は商隊を助けた、お礼程度に考えていた物だ。
「敗戦奴隷は戦争に敗れた捕虜が、国に見捨てられて奴隷となった者たちです。捕虜は身代金と言うお金で、自分の命と自由を買い取るのです」
犯罪者や捕虜に、労役を与えるのは良くあることだ。
呼び方は違っても、やらせている事は奴隷と同じである。
「他の種族は?」
「奴隷になる前に・・、自害を選ぶようです。首輪を付けられても逆らい続けて、最期には死に至っています」
「首輪には何が?」
「主人の命令に従わなかったり、逆らおうとすると死に至る魔法が掛けられています」
「もし、死を選ぶ者に死ぬなと命じれば?」
「どちらの場合も死しかありません」
奴隷と言う生き方・・、死を選ぶと言う生き方・・。
「長くなりましたが、善し悪しは別にして、奴隷は何処にでも存在すると言う事です」
「(コクリ)」
答えを持たないアザゼルは、黙って頷くしかない。
「但し道端での、人前での暴力が良いか悪いかは、人として別です」
「そう思う・・」
「人によっては、怒る者、喜ぶ者、悲しむ者、嘲る者、目を背け立ち去る者、無関心の者、様々な人が居るでしょう」
「・・うむ」
「ただ事情の知らない者が、首を突っ込んでいい問題では無いのです」
「そう・・なのだろうか・・」
2人の間に、しばらく沈黙がある。
そして再びウハーが口を開く。
「貴方は、王都の奴隷と言う一面しか見ていません」
「一面とは?」
「王都にはスラム街があります」
「・・それは?」
奴隷という衝撃に、逃げ帰ってしまって見ていない。
「金持ちになる事は悪ではないと仰いましたよね?」
「うむ、確かに」
「一生懸命働いて稼いだお金を、何に使おうと構わないはずです。それとも人のために使わない者が悪いのですか?」
「・・いいや」
自分が必死に稼いだ金だ、どう使おうと誰も文句は言えない。
「ではお金がない人が悪いのですか? 両親を失ってしまった孤児がいけないのですか? 子供を残して死ぬ両親が悪いのですか? 飢える子供たちを前に、病気や怪我をして動けず、深く悲しみ詫びる事しか出来ない両親が悪いのですか? それとも治療費を取る方が悪いのですか? 貧しい者を救うために、私財を投げ出さない者が悪いのですか? 結果として犯罪に走る人々だけが悪いと罰せられていますよ? ゴミ箱を漁る乞食を汚い醜いと言う人々は、そんなに清い人々ですか? そんなに清い人々が奴隷を蹴るようにスラムに暮らす人々を蹴りますよ? 同じ人間なのに!」
「・・・」
「神様は何をしてくれるのですか? 苦しい時の神頼みをするのが悪なら、苦しまない様にして下さいよ神様って思う事は・・悪いのですか?」
彼女の激しい思いは、多くの人間のごく一部の思いで、価値観の一つでしかない。
そんな万人向けの、一人ひとりに答えられる存在は居ないし、アザゼルも持ち合わせてはいない。
ウハーの厳しい視線に耐えきれず、深く一礼のみして、その場を逃げる。
建物を出てすぐの所で、一人の男性から声をかけられる。
「あいつの逆鱗に触れちまったな・・」
「逆鱗・・?」
「ウハーも売られているんだよ。ある村の依頼料としてな」
「どう言う・・事だ?」
「幾ら幾ら相当っていう依頼に興味を持って、依頼を達成したらあいつを差し出された」
「なっ・・!?」
「地方の村じゃ、依頼料を出せる所の方が少ない。普通は事前に身売りとかして、金を工面しておくのさ」
アザゼルも、村々の裏の現実に驚きを隠せない。
今まで自分が得てきた依頼料に、その様な金があった可能性があるのだ。
自分の行いが・・、奴隷を生み出す・・?
「あいつも言っていたが、善悪じゃ生きていけね事もあるんだ」
ウハーにギルドマスターと呼ばれた人物は、それだけ言うと建物に入っていく。
アザゼルは呆然と立ち尽くし、己の無力さ、考えの浅はかさを思い知る。
建物に入るとウハーはいつもと変わらず仕事をしている様に見える。
「はぁー・・オレは回復が苦手なのに。『ヒール』」
ギルドマスターは、爪が食い込んだのか血の流れるウハーの手に癒しの魔法をかける。
「お前さんの気持ちは分からんでも無い」
「・・・」
「とは言え、アザゼルに当たるのもお門違いってもんだ」
「分かっています」
彼女の肩をポンポンと叩いて、ギルマスは自分の部屋へと戻っていく。
お互い気まずい思いを抱えているだろうが、アザゼルは翌日も律義にギルドへと顔を出す。
「こちらの依頼を」
「承知した」
ウハーもアザゼルも、どちらが悪いと言う事では無い。
悪い訳では無いので、謝るきっかけと言う物が掴みにくい。
しばらくその様な日々が続き、ギルドの仕事に手が空くと協会へと向かう。
「聞きましたよ、アザゼルさん。王都の奴隷に驚かれたそうですね? だからと言って、逃げ出す事は無いじゃないですか」
「む? どうしてそれを?」
「勿論、依頼主を通して、王都の協会から報告を受けています」
「依頼主・・、まずい!?」
依頼を途中で放り出してきた事を思い出す。
「依頼主さんも理解を示されていて、王都に着いていますから依頼達成に・・って、アザゼルさんどちらへ!?」
協会の職員の言葉を、最後まで聞かず駆け出して行く。
何はともあれ、先ずは王都に謝罪しに向かうために冒険者ギルドへ。
「王都へ!」
「分かりました。今度はちゃんと王都で依頼を受けて下さい」
「分かった」
「しかし、相変わらず運が良いですね。王都への護衛の依頼があって」
「いいや、先の護衛を放り出していたので、謝罪に・・」
アザゼルの言葉に、ウハーは固まると、何とか言葉を絞り出す。
「依頼を放り出して? 謝罪? 奴隷を見て・・もしかして西の町に・・戻った?」
「そうだ」
何当たり前のように返事しているんだ?とウハーの雰囲気が冷気を纏うが気付かない。
聞かれもしないのに、奴隷に出会ってからまで洗いざらい暴露する。
バキッ!
非常に難しい顔をして、目を瞑り、歯を食いしばり、ペンを握り締めている。
「・・お気を付けて」
何とかその言葉だけを静かに告げる事に成功する。
「うむ」
真剣な表情で答える・・。分かっている、真剣なのは。
しかし、どうしても馬鹿にされている様な気になるのは何故か?
周囲に居た職員やギルドマスターが、ハラハラとした気持ちで見守っていた。
ウハーはへし折ったペンをゴミ箱へ捨て、新しいペンで仕事を再開する。
アザゼルは戻る時と同じで、依頼と関係なく出来るだけ速やかに王都へと戻る。
戦闘職協会へ向かい、事情を説明する。
「アザゼルさん。依頼を途中で投げ出すとはどういうつもりですか?」
「申し訳ない」
「依頼主さんが良い方で、依頼終了で良いと言って下さったから良い様な物ですが・・」
「申し訳ない」
怒れる職員にひたすら謝罪を繰り返し、商人の居る場所を教えてもらう。
依頼主である商人に出会って、開口一番謝罪をする。
「先日は、依頼を途中で投げ出してしまい申し訳なかった」
「いいえ、構いませんよ。王都まで無事に着いていましたし」
アザゼルを護衛に雇った依頼主は、笑顔で応えてくれる。
すぐに目を硬く瞑り、眉間にしわを寄せ、昨日のように思い出される光景を思い起こす。
「奴隷の扱いに関しましては、流石にあれは人として如何かと・・」
事情を知らずに飛び出したアザゼルの気持ちは分かる。
ましてや自分では何もできないと知った悔しさも。
「すまぬ」
先程から平謝りを繰り返すアザゼルに慰めをかける。
「普段から奴隷に接する事がない方には仕方がありません。私個人としては、他種族とはいえ、奴隷とはいえ、節度を守るべきと考えます」
この商人も、あの出来事を快く思っていなかった事を教えてくれる。
「これから先も、王都の裏の顔を多く見ると思います」
「・・・」
「王都を嫌わないで下さい。同じ人間を嫌わないで、今のままの貴方で居て下さい」
そう商人に声をかけられる。
「・・・・今回はすまなかった」
アザゼルは深く礼をして、商人の元を去る。
自分の胸に去来する思い・・
前の世界の管理者の、エデンの園に住む人形の様な人間たち。
今の世界の管理者の、人間と他種族が仲良くとの希望と絶望。
今の自分にできる、この世界での償い・・。




