第16話 新刊レシピ本がやばいことに……
誰かが、ネットに、カチャカチャと書き込みしていた、そのころ。
ララサンシャイン社の花森には、とにかく時間がなかった。
新刊のレシピ本なんて、普通は企画立案から完成まで半年から一年近くかかるものだ。
だが今回は3ヶ月後に出版するという、無茶苦茶すぎる進行になったからだ。
なんでそんなことになったかといえば、アンズ先生だ。
「半年先に本を出したって飽きられてるって!
私、今からメディアに出まくって、数か月はなんとか話題を持たせるから!
とにかく早く本を出すのよ!
いますぐ、本の予約を開始して!
予約をかき集めて、ネット書店のランキング1位を取りまくるのよ!」
と、とにかく早い新刊の発売と予約開始を強制してきたのだった。
会社も、アンズ先生が殺人未遂の件で話題になっている間に新刊を発売することに大乗り気だが。大変なのは、私なんだけど……、と疲弊する毎日の花森だった。
もちろん、アンズ先生は全面的に協力してくれるし、先生がすでに本のために用意したレシピもあったものの、まだ全然レシピが足りない。
だが、今のアンズ先生は、「山中で殺されかけたけど、無事生還した料理研究家」として、メディアに引っ張りだこになってて、まったく時間がない。
メディアに出るたびに、「#サバイバルうま飯」がネットで盛り上がるのは花森にとってもよいことだが、本の中身が遅々として完成しないのだ。
しかたなく、花森とアンズ先生のスタッフとが、アンズ先生が調理や動画撮影おために借りている部屋に材料を持ち込んで、泊りがけで次々と料理を試作し、深夜に戻ってきたアンズ先生に味を確認してもらって、レシピの調整やアレンジを加えている毎日だった。
サバイバルうま飯は、シンプルなレシピが多いが、栄養たっぷりで味が濃いめの料理が多く、毎日の試食で太ることへの恐怖に怯えながらも、どうすれは低糖質になるか、もっと美味しくなるかと、花森がアンズ先生やスタッフたちと一緒に思案して、一品一品レシピを完成させていく。
ときには徹夜までして、なんとか本に載せるレシピが完成し、料理を撮影する日程が見えはじめた、酷暑の夏の日。
社内の会議で、レシピ本の発売日も正式に決まって、ついに大々的に本の発売を発表するんだ!
と、新刊発売の告知と、予約開始の準備を進めていた花森だったのだが……。
トラブルが発生した!
「アンズ先生はレシピを盗作している」
という投稿が、証拠の画像とともに、ネットに書きこまれたのだった。
自称・料理研究家という匿名アカウントによると、この前、芸文館から発売されたアンズ先生の本『映える! 中華風カンタン節約レシピ』に載っているレシピが、以前ネットに投稿されていたレシピとまったく同じ! だというのだ。
自称・料理研究家が投稿した内容は、手書きで書かれたレシピを撮影した画像だけが投稿されたものを、自称・料理研究家がさらにスクショして「盗作している」と補足して投稿したものだった。
そのレシピは、本に載っていた「あっさり蒸しモヤシ中華そぼろ」のレシピとほぼ同じもので、アンズ先生の本が出る一年前の日付で投稿されていたのだった。
ただ、その一年前に投稿されたレシピは、自称・料理研究家が作成したものではない。
自称・料理研究家は「レシピ収集」が趣味だそうで、別人がSNSに投稿したレシピを、スクショして保存していたものらしい。
元のレシピを撮影して投稿したアカウント自体は、もう削除されてしまっているという、かなり怪しい内容の投稿だったのだが。
それが、ネットの炎上・ゴシップ系サイトに転載されると、たいした根拠もなく、アンズ先生のレシピが、「あれも盗作だ」「これも盗作だ」と、先生の代表作とも言えるレシピの数々が盗作扱いされてしまう騒ぎに発展したのだった。
「っふざけんなー!!!」
その投稿の件を知ったアンズ先生の怒りは凄まじく、
「いますぐ盗作を否定する配信するから!」
というアンズ先生の手から、なんとかスマホをもぎ取って防いだ花森とスタッフたちだった。
それで、アンズ先生と塚本マネージャー、ララサンシャイン社の人間で、オンライン会議で対策を練ることになったのだが。
「ねー、私、さっさと盗作を否定したいんだけど!
それで投稿した相手を訴えるんだから!
慰謝料をふんだくってやる!」
と怒りが収まらない様子のアンズ先生が、画面越しに叫んでいる。
それに対して、ララサンシャイン社の部長、山下が、
「アンズ先生、こちらで調べましたところ。
ネットに掲載された、アンズ先生のものとほぼ同じレシピですが。
先生の本が出る1年前の日付でネットに投稿されたものです。
ただ投稿自体はアカウントごとすでに削除されていて、残っていません。
匿名の第三者が、投稿をスクショしていたとして、再度、『盗作だ』として投稿し直したものになります。
そのため、信ぴょう性は低く、捏造の可能性は高いと思われます」
と言い終わるやいなや、
「可能性が高いじゃないのよ!
私がレピシの盗作なんてするわけないじゃない!
私が創る料理は、すべては私自身から生まれた料理です!
私が食べるために、私が美味しいと感じるための料理!
私のために作った料理です!
パクった料理なんか食べても、美味しくない!」
と吠えまくる、アンズ先生。
「先生、おっしゃる通りです!
ですが、たまたまレシピが似てしまって、それを先に公開していた人が、ひょっとしたら本当にいたのかもしれません。
もちろん! 似ているだけで、先生の料理とは、比べ物になりませんが!
ただ相手の正体が掴めないまま性急に否定して。
万が一、別の証拠や盗作などを捏造されて、それを信じる人がいたら……。
先生、ここは慎重に進めるべきです!」
と山下が、パソコンの前で頭を机にこすりつけながら、なんとかなだめようとするすると。
アンズ先生の横の塚本マネージャーも、
「先生、私もライブ配信は反対です。
甲殻類アレルギーのときは結果的にうまく行ったものの、ネットには先生をねたみ、貶めたい人もいます。
状況がはっきりしないまま下手に動いて、そういう卑劣な人に餌を与えるのは危険です」
と、なんとかアンズ先生を説得しようとする。
ひとまず静観しようという意見しか出てこなくて、何の対策にもならない。
そこで、アンズ先生が「花森、あんたはどう思うのよ」と画面越しに花森に話を振ってきた。
「そうですね。確かに、相手の正体がわからない状況で否定するのは危険かもしれません。
かといって、このままだと相手が得をするだけになります。
……アンズ先生、私に時間をください。
警察に知り合いがいますので、その人に相談して対策を考えます」
と、花森がアンズ先生に訴えかけると。
「そういうなら、あんたに免じて三日だけ待ってあげるわ。
それ以上は待てないから!
三日待って、何も変わらないようなら、盗作を全否定して、裁判よ!」
と言うと、エキサイトしたたままオンライン会議をブチッと切った、アンズ先生だった。




