64. 飲みましょう
腕利きの護衛であるダミアン・ローエンの不在。敵はこの好機を逃す事なく俺たちのもとに刺客を送り込んできた。
ポルクス・ジーミニ。マンティコア討伐の件に関わった平民ポルコの兄である。ハラルドは彼が俺たちの護衛に立候補したのをあえて取り立て、背後にいる政敵の姿を炙り出そうとしたのだという。
「護衛対象である私に、ハラルドからその提案に対する打診があったのだ。無論リスクはあるが得られるリターンも大きいと考え、承諾した」
「俺には無かったんですけどその打診」
「敵に悟られては意味のない策ゆえ、人数を絞る必要があったのだろう。元より今回の件を知っていたのは私とハラルド、リオレスの三人だ。あとルーミエの家には仔細を伏せて伝えているが……」
うーんまあ、この件はもう良いか。ハラルドの提案ということもあり、闇雲に俺に話すのも良くないと考えたのだろう。いやもう良い歳した大人なのでね。仲間外れにされた程度じゃイジけませんよ。ええ。
「そういえばリオレスさんは容態を偽ってランバル領に留まることになりましたが、それにも理由が?」
「彼はドミニク・ランバルの庇護下にてしばらく敵の目から匿う事にした。密偵であることが大々的に知られれば、口封じの刺客を送られるのが目に見えているからな。今の状態も依然危険はあるものの、リオレスの命は己が名を以って保障すると、そうドミニクはハラルドと取り決めた。彼は違えるつもりの約束をする人間ではない。恐らくは大丈夫だろう」
うわー……もうほぼそうだろうとは確信していたがこれは。そうかぁ。
「……実際ドミニクさんと話して分かりましたが、彼には俺の命を狙う理由がない。ゼルフィの件は分かりませんが、少なくともマンティコア討伐と今回の件は彼の差し金ではないでしょう」
「ああ、私もそう思う」
「では誰が刺客を差し向けたか、今回の件で分かったことはありましたか?」
シュルツの顔色は先ほどからずっと青ざめ生気がない。それでも俺は心を鬼にし追及を続ける。今聞いておかねばならぬことだからだ。
彼はしばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「ポルクスは、どうやら以前よりゼルフィのポーネン家当主を介して情報や物質のやり取りをしていたらしい。ポルクスを支援した者の素性はそれ以外分からないが、彼が受け取ったという薬品は我が国にも覚えがあるものだった」
そう言って、シュルツは懐から布にくるんだ小瓶を取り出す。独特の美しい形状をしたそれは、自身も幾度か薬を処方された折、目にしたことのあるものだった。
「この瓶、フラミス様の」
「あの後山中で発見されたフォルガイ・ポーネン、そしてポルクス・ジーミニの遺体両方から、この薬品の成分が検出された。効能は魔物寄せ。フラミスが裏で開発していた試薬の一つだ。いずれの遺体も魔物に食い荒らされた跡があり、薬の効果と一致する」
何ともおっかない代物だ。フラミスの作ったそれが、ゼルフィとヴァリエの2カ国で起こった事件の犯行に使われたということか。
「ちなみにフラミスさんは今」
「王城にて任意の事情聴取を受けている。もっとも、彼が一連の事件の犯人とは誰も思いはすまい。フラミスも身の潔白を証明すべく、ゼルフィにてアリエスの要請で調査した件も含め、こちらに仔細な情報を提供してくれた。その内特に重要であったものは二つ」
淡々と、男は言葉を紡ぐ。
「一つは薬の入手経路。あの後フラミスには彼の所持する薬剤を全て洗い出させた。結果、先ほどの試薬1瓶の他、毒薬が2回分。うち1回分は、過去にエリク・リベイジが服用したものと一致した。つまりフラミスの工房から薬を盗み出した者が、一連の事件の主犯と思われる」
「試薬の情報を知ってたのは?」
「王族とごく一部の軍閥貴族。ハラルドの他、グーリン、ランバル家の当主のみに内容は知らせていた。元々軍事運用の為に開発していた品だからな」
元より当たり前のことではあるが、この情報でポーネン家とリベイジ家が容疑の候補から外れた。暗殺の主導者は、間違いなくこの国の中枢部にいる。
「もう一つは魔力痕だ」
「魔力痕?」
「ああ。魔力持ちの中には、場に残された魔力の残滓を見ることの出来る者がいる。フラミスはその一人でな。ゼルフィの一件において私を襲った下手人、ナルシスの乗った疾馬、そうしてポーネンの遺体から同質の魔力痕が検出された」
「あの日シュルツ王子を魔法で下手人の手から救ったのは、その」
「……フラミスも時間が経っていたため、断定は出来ないと言っていた」
「当事者への追及は」
「彼は今王城にいる。確認したところ、移動の最中に怪我人を発見したため緊急治療魔法をかけたが、体力が持たず患者が絶命したため、そのまま捨て置いたそうだ。確かに遺体には緊急治療魔法を幾度もかけた痕跡があり、フラミスの見解とも一致した」
ああ、なるほど。これはつまり。
「決定的な証拠は、掴めなかったのですね」
「…………」
シュルツは顔を伏せ、固く目を瞑っていた。まるで何かにすがり祈るようなその表情に、俺は一つ深呼吸をした後、シュルツに語りかける。
「教えて頂きありがとうございます、シュルツ様。これで大体の情報が共有できました。では次に、直近の方針を決めましょうか」
「直近の、方針」
「昨今の件についてドミニク様はほぼシロ。首謀者はいまだ不明。続きは今後話すとして、夕餉の時間が近づいております。まずドミニク様に二言三言謝らせた後のことを示し合わなければ」
「…………」
「……これは俺個人の考えですが、王に成るにせよ成らぬにせよ、この国の大貴族であるランバルと交友関係を持つのは我らの急務……なので今夜はぜひ、パーっと皆で飲み明かしましょう! ドミニク様は豪胆な男児がお好みの様子。シュルツ様の記念すべき単身ミノタウロス退治の武勇伝を酒肴に、我らの親交を深めるのです」
大げさな口調と身振りを交え、俺はシュルツにそう笑いかける。
何だかあまりにもわざとらしかったかな。普通に恥ずかしくなってきた。
ただ今回の件で、幸いにも急ぎランバルと敵対する必要性が無くなったのも事実である。ここは名目上の理由通り、互いの友好を深めるのが最善策ではあるはずだ。
シュルツは突然の俺の変わりように、はじめは目を見開いていた。
しかしやがてその青灰色の目を細め、ここ数時間ではじめての柔らかな笑みをその顔に浮かべた。




