55話
陽一の言葉に有心は驚きを隠しきれない表情をして、陽一を見た。
「なん、で……?」
「なんで?そんなの簡単だよ。僕はね——」
「有心、聞かないほうがいいよ」
零が有心の耳を塞いだ。
「こいつの理由聞いたって、いい気はしない」
有心はハッとして、零の目を見た。有心を心配する色で染まっているのに気づいたからだ。そんな零の姿を見れたことに驚きを隠しきれず、有心は零をまじまじと見つめた。
「何?」
零が怪訝そうに首を傾げた。
「零、変わったね。最初に会った頃とは比べ物にならないほど表情豊かになってる」
「……そうかもね」
憂げな瞳の零は口を開く。
「こぼれ姉さんは、陽一によって過去の記憶を改竄させられてた。陽一の思惑通りに、陽一のことを忘れ、瑞花姉さんのことを忘れたこぼれ姉さんは……」
そこで有心を見た零は言う。
「今めっちゃ驚いてる」
その言葉に有心はクスッと笑った。
それが陽一のことに対するショックを和らげている行為だと気づいた菊は、微笑んだ。
「ねぇ、陽一」
有心が何かを思い出したように陽一を呼んだ。
「僕は、陽一の亡骸を見たよ。触りもした。だから、死んだって思ったのに……」
「そんなの簡単だよ?有心」
陽一はニコニコと笑う。
「あのときの僕は、ボスに命を狙われてた。つまり逃げる必要があったんだ。でも、ただ逃げただけだと探されちゃう。だから、死んだっていう客観的事実が必要だったんだよ。ボスは僕と有心が仲良かったのを分かってた。なら、それを逆手に取ろうって思ったんだ。有心が死体の僕を見つけ絶望する。そのワンシーンを見せつければ、ボスも僕が死んだって思うでしょ??だからね、作ったの。僕にそっくりな僕の死体」
母親に自分の成果を自慢する幼い子供のように、陽一は有心を見る。
「完璧だったでしょ?すごかったでしょ?」
有心は言葉を失っていた。目を見開き、口を半開きにし、固まっている。そんな有心を見て、零は陽一に近づいた。手をパーにして高く上げ、勢いよく振り下ろす。陽一の頬目がけて。
――バチン!!
零の手に、痛みが来る。だが、零は気にせずにもう一度叩いた。
「ちょ、何するの」
「グーがよかった?」
「え、違うけど……。なんで、叩くの?」
心底わからないといった様子の陽一に零は冷たい視線を向けた。
「有心はあんたが死んだと思って、絶望してた。何年も何年も。それなのに、『完璧だったでしょ?すごかったでしょ?』だなんて、言わないで」
怒りをあらわにした零の姿から、菊は目を離せずにいた。こんな零の姿、初めて見たからだ。
「あんたに、有心の気持ちがわかるの?」
「わかるよ、僕にも感情はあるからね。僕だって、有心と離れなくちゃいけないって思った時は、胸が張り裂けそうだったよ」
陽一は、舞台役者のような大仰な声色で話す。
「確かに、感情はある。でも、あんたが持っている感情は、自分のモノにしたいと思った相手にのみ作用するんじゃない?」
至って冷静な声で、零は陽一の言い分を一刀両断する。
「そうだね。でも、僕は有心は自分のモノにしたいって思ってたから、すごく嫌だったよ」
有心は困惑した。少なくとも、自分が知っている陽一ではない姿に。
有心は驚愕した。どこまでも、自分のことしか考えていない陽一に。
「ねぇ、やめてよ。陽一」
有心が声を絞り出して、呼びかけた。




