51 飛行訓練と認定試験
ホルクの飛行訓練も最初の二週間が無事に終了し、週に三回行われていた訓練も今週から週に二回に減ることになった。
アスールもルシオもホルクの扱いにも随分と慣れてきて、左腕にホルクを乗せた立ち姿もなかなか様になってきた。
「今日からは実際にセクリタを取り付けた状態でホルクを飛行させる訓練に入ります」
ホルクの首に首輪を取り付けて一週間。最初は慣れない首輪を嫌がっていたピイも今ではすっかり気にもしていない様子だ。今日はその首輪にセクリタを収納するための小さなケースを更に取り付けた。心配していた程嫌がる様子は見られない。その状態で何度か飛行と降下の訓練を繰り返した。
「概ね問題無いようですね。では、ケースに今から配るセクリタをセットして下さい。配られたセクリタの主は既に学院奥の森に待機しています」
指導教官が全員に小さなセクリタを一つずつ手渡した。アスールが受け取ったのは金色のセクリタだ。おそらくこのセクリタの主は雷属性の人物だろう。
「では一つずつホルクを飛ばしてみましょう。無事に飛行が成功し、ホルクがセクリタの主を見つけることができれば、その人物がホルクを連れてここへ戻って来ます」
「失敗した場合はどうなるのですか?」
不安そうな表情の学生がおずおずと手を上げて先生に質問をする。
「その場合は鳥笛を使って呼び戻すしかありませんね。その訓練は充分にしてあるでしょう?」
「はい」
「よろしい。では、あなたからやってみますか?」
指名されたその人はホルクの首輪のケースにセクリタを入れ、左腕にホルクを乗せたまま先生の横に進み出た。
「いつでもどうぞ」
先生は安心させるかのようにニッコリと微笑んだ。次の瞬間、ホルクは大空へと飛び出して行った。森の方向へ一直線に飛んでいく。
そのホルクの姿が完全に見えなくなると、先生は次にルシオを指名した。
ルシオもセクリタをセットし、チビ助を空へと放った。チビ助は最初のホルクの跡を追うように同じ方向へと飛んで、あっという間に見えなくなった。
次の学生のホルクは、最初の二人とは少し違う方向へと飛んで行ってしまった。皆が思わぬ事態に色めき立つ。
「失敗とは限りませんよ。セクリタの主は何ヶ所かに分かれて待機していますからね。前のホルクと同じ方向に飛んでいくのが正解とも言い切れないということです」
それを聞いたルシオが唖然とした顔をしたのをアスールは見逃さなかった。
その後も順々にホルクを飛ばして、いよいよアスールとピイの番がきた。アスールはピイの首に金色のセクリタをセットする。
「頑張ってね」
「ピイィ」
アスールがピイの鼻先を撫でた後、練習してきた通りに左腕を振り出すと、ピイは力強く翼を動かして、あっという間に森へ向かって飛んでいった。
最後の一人がホルクを飛ばす前に、最初のホルクを連れた飼育室の職員が戻って来た。
「ああ、無事に戻って来ましたね。ヨハン君、本日の訓練は合格です。では最後、ギアン君どうぞ」
すぐにギアン先輩のホルクも見えなくなった。
「僕のチビ助、まだ戻って来ないんだけど……」
ルシオが心配そうにオロオロ歩き回っている。ルシオよりも後に飛ばした二羽が既に戻って来ているからだ。
「主の居た場所によってもかかる時間は違うはずだから、心配要らないよ。きっと大丈夫」
「そうかなぁ……」
「ほら! あれじゃない?」
肩にチビ助を乗せた学生がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。チビ助は学生の頭を突いて、髪の毛を引っ張っている。
「げっ。またやってる……。チビ助! ダメじゃないか!」
ルシオは髪の毛を引っ張られている学生の方へ「すみません。すみません」と叫びながら走って行ってしまった。
「もしかしていつもあの鳥はあんな感じなの?」
ギアン先輩が笑いたいのを堪えている感じの微妙な表情でアスールに近づいて来た。
「はい。チビ助はルシオのクルクルした髪が好きみたいで、ルシオはよくあんな風に引っ張られてます。チビ助を担当している人の髪型……ちょっとルシオに似てますよね?」
「ああ、確かに!」
そう言うと、遂に堪えきれなくなったのだろう、ぶはははとギアン先輩が笑い出した。周りに居た学生たちもルシオが貴族なのを知っているので失礼にあたっては困ると思い、笑うのを一生懸命我慢していたのだろう、ギアン先輩が笑ったことで、箍が外れたかのように一斉に皆が笑い出した。
そうこうしているうちに七羽全てのホルクが無事に戻って来た。
「今日の訓練は全員合格です。次回も今日と同様の訓練を距離を伸ばして行います。来週から手紙を運ぶ訓練に入ります。一ヶ月後、認定試験を行います。注意事項の書かれた用紙を飼育室の受付で必ず受け取って下さい。お疲れ様でした」
アスールはピイにご褒美のオヤツの木の実をあげてから、鳥籠へとピイを戻した。カバーのかけられたおそらく薄暗いだろう籠の中から、ピイが木の実を突いて割っている音が聞こえてくる。
「書類は飼育室の受付って言ってたよね?」
「そうだね」
ルシオがピイの籠の中から漏れてくる音に気付いて不思議そうな顔をしている。アスールは木の実をポケットから取り出してルシオに手渡した。
「ご褒美のオヤツだよ。良かったらチビ助にもどうぞ」
「ありがとう!」
チビ助の籠の中からは、上手く割れないのか、ピイよりもずっと大きな音がし始めた。
受付の扉を開けて中に入ると、既に書類を受け取った数人がその場で書類を読んでいた。中には難しい顔をした者も居る。
「無理難題でも書かれているんですか?」
ルシオがその場に居たギアン先輩に話しかけた。先輩は受付からアスールとルシオの分の書類を取って手渡してくれた。
「認定試験は誰か知り合いに書類を届けて、そこに受け取りのサインをして送り返して貰うって課題なんだ」
「へえ、知り合いって誰でも良いですか?」
「そうらしいね。ただし、ホルクを飛ばすってことは、試験の日までにその人のセクリタを持っていること、その人に自分のセクリタを渡せていることが絶対条件になるよね」
「確かにそうですね」
「僕の家は国境沿い。遠過ぎるだろう? 試験までにはどう考えてもその条件を満たせないんだ。誰かセクリタを交換してくれる人を探すところから始めないと……」
ギアン先輩は思い当たる人が王都近辺には居ないようで頭を抱えている。
「もし良ければ、王宮に居る誰かに頼んでみませんか? 僕もセクリタの交換をしに一度戻るので、一緒に行きませんか?」
「良いのかい?」
「もちろん。来週末でも大丈夫ですか?」
「大丈夫。ありがとう、助かるよ」
「そうしたら、今ホルクを飛ばしちゃいますね」
「アスール、僕も一緒に乗せて貰える?」
「もちろん、そのつもりだったよ」
「じゃあ、今回はダメ出しを喰らわないような完璧な手紙を届けようよ」
「そうだね」
前回「あまりに酷い出来だ!」とお小言を貰い、長々と指導を受けている以上「今回は手が抜けない!」とルシオはアスールに力説した。
結局、今すぐにホルクを飛ばすのはやめて、寮へ戻ってから充分に内容を吟味した上で、明日改めてホルクを飛ばすことに決まった。
ギアン先輩はそんな二人のやり取りを興味深げに眺めていた。
来週末、相談したいことがあるので帰城します。
相談内容はピイの飛行訓練の認定試験を受けるにあたり、
試験関係の書類の受け取り人の選定をするためです。
受け取り人とはセクリタの相互交換の必要があります。
ルシオの他一名、合計三名にて帰城します。
以上、宜しくお願いします。 アスール
「こんな感じでどうだろうか?」
「良いんじゃないかな! 僕も似た感じで送ろうっと」
「じゃあ、これを持って明日また飼育室だね」
「だね!」
アスールは気楽なルシオを見るにつけ、結局またバルマー伯爵から “ホルクに持たせる手紙の適切な量と文面について” の講義第二弾を受けさせられる予感しかしなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。




