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52 書類の受取人

「先輩? ギアン先輩、大丈夫ですか?」


 王都が近づくにつれ、馬車に同乗しているギアン先輩の口数が減っていることに気付いてはいたが、王宮が見えて来た今、先輩の顔はほとんど青褪めているといっても良い状態だった。


「馬車酔いですか?」

「いや。……緊張して」

「ええと、緊張ですか?」


 先輩を心配するアスールの横で、ルシオは訳知り顔でニヤニヤしはじめた。


「最初の頃のマティアスと同じ状況ってことだよ、アスール」

「マティアス? ……ああ、そういうことか」


 そう言われて、アスールは理解した。


「王宮は、初めてですか?」

「ええ。僕は地方領主の次男ですからね。学院に入学するまでレイピック領を出たこともありませんでした。王城なんて成人祝賀の宴まで縁は無いものと思っていましたよ」


 ギアンは恥ずかしそうに頭を掻いた。



 王都に暮らす貴族の子供たちは、現王妃が寛大な性格だということもあって、年に数回学院に入る前の年齢の子どもたちを対象に “子ども会” という名目で王宮に招かれている。

 その日は王宮に大道芸人だったり、小劇団や人形劇団だったりと、子どもたちが喜びそうな芸を披露する者たちが呼ばれる。それ以外にも、食べ切れないほどの焼き菓子が振る舞われるなどするので、小さな子どもたちはその日を心待ちにしているのだ。



「そうか。ギアン先輩は “子ども会” に参加したことが無いんですね」

「ありません。学院に入学後に出会った友人から “子ども会” の話を聞いて、羨ましく思っていました」

「そうそう。あれは本当に楽しいよね! そっか、今年からは僕たちにはもう声が掛からないんだね」


 ルシオが残念そうに項垂れた。


 そんな話をしているうちにギアン先輩の緊張もほぐれてきたようで、馬車寄せに到着した頃にはぎこちないながらも笑顔が戻ってきた。


「大丈夫ですよ。別に取って食われたりしませんから」

「ルシオ!」

「食われるどころか、ここでしか食べられないような美味しい焼き菓子が……。はい、黙ります」


 アスールに睨まれて、ルシオはペロリと舌を出した。




 馬車寄せには、城の使用人に混じって、ルシオの父親であるバルマー伯爵とローザの姿があった。


「お帰りなさい! アス兄様!」

「ただいま。ローザ」


 アスールが降りてくるのを待ち構えていたかのようにローザがすぐに駆け寄ってきた。ローザはルシオの後から続いて降りてきたギアンを見つけて、ひどく驚いたような顔をして一歩後ろに下がった。


「ローザ、伯爵。こちらは学院の四年生のギアン先輩」

「初めまして。レイピック辺境伯の次男、ギアン・レイピックと申します」

「初めまして。ローザ・クリスタリアです。ようこそ」

「初めまして。フレド・バルマーです」


 馬車寄せで通り一遍の挨拶を交わし終わると、ローザが「サロンにお茶の用意が出来ているから」と皆を案内する。

 サロンへ向かう途中、バルマー伯爵はアスールに向かって意味ありげな笑顔を浮かべながら近づいて来た。


「お帰りなさい、殿下。今回は七十五点と言ったところですかね。ちょっと甘い気も致しますが。一応及第点です」

「……七十五点ですか」


 伯爵はホルクに持たせた手紙の内容について言っているのだ。ホルクには父であるカルロのセクリタを取り付けたはずなのに、やはり今回も伯爵の目にも触れている。伯爵は城に居る間のほとんどの時間を王の執務室で過ごしているのだから、まあ、それも仕方がない。


「ルシオ。お前は五十点! 落第だな」

「えっ! どうしてですか? 内容はアスールのものと変わらなかった筈なのに!」

「だからだよ。お前はどうせ殿下のを真似しただけだろう?」

「分かっちゃいましたか?」


 ルシオはちっとも悪びれない。伯爵は笑いながらルシオに「お前は補習だな」と言っていた。




 サロンで待っていたのは先王のフェルナンドと現王妃のパトリシアだった。ギアンは緊張の面持ちで自己紹介をなんとか済ませ、今は勧められたソファーに座り、パトリシアのお気に入りのミルクティーを落ち着かない様子でちびちび飲んでいる。


「そんなに緊張する必要は無いのよ。焼き菓子もお食べなさい。そうじゃないといつの間にか、お義父さまとルシオのお腹に全部入っちゃうわ」

「そうですよ、先輩。美味しいんですからどんどん食べないと」

「お前は少し遠慮したらどうだ?」


 バルマー伯爵は呆れ顔で息子を見ている。

 フェルナンドは落ち着かない様子のギアンに菓子を勧めて、自分の皿にもう二つ取り分けた。


「それで? 今日はホルクに関する相談事だって?」


 フェルナンドがあっという間にまた皿を空にしてから、お茶をふうふうと冷ましながらアスールに質問をした。


「はい。ホルクの飛行訓練を受けているのですが、二週間後に認定試験があるんです。これが飼育室で配られた書類です」


 アスールはフェルナンドに書類を渡した。伯爵がフェルナンドに眼鏡を差し出すと、フェルナンドはふんふん言いながら書類を読んでいる。伯爵もルシオから書類を受け取った。


「なるほどな。それで三人とも受取人を決めに来たと言うことだな?」

「はい」

「つまり、受取人のすべき事は……」

「ホルクが飛んで来たら用紙を受け取って、その用紙に確認のサインをして送り返すだけです」

「それだけか?」

「はい。ただ、ホルクを飛ばすためにセクリタを互いに交換しておく必要があります」

「確かにな」


 フェルナンドの隣でお茶を飲みながら話を聞いていたローザが、突然フェルナンドの腕を引っ張った。


「お祖父様。そのお仕事、私がやったら駄目ですか?」

「駄目よ、ローザ。ホルクの爪は見た目よりもずっと鋭いのよ。怪我をしたら大変よ」


 パトリシアが慌てて止めに入る。


「お祖父様と一緒だったら大丈夫ですよね? ね、お祖父様?」

「ふうむ。どう思う? フレド」

「ええと、私に決めろと仰いますか。参りましたね……。そうですね。きちんと腕カバーをした上で、フェルナンド様がローザ様の腕を支えるのであれば……まあ、可能でしょうね」


 伯爵はチラリとパトリシアを見る。パトリシアは大袈裟に伯爵を睨んで見せた。


「アス兄様。ピイちゃんからの書類は私がしっかりと受け取って、サインをして、ちゃんと兄様に届けます。良いでしょう?」


 アスールはパトリシアとフェルナンドを見た。パトリシアはもう何も言わないし、フェルナンドは頷いているので、許可するということで良いのだろう。


「じゃあ、ローザにお願いしようかな」

「はい。お任せ下さいませ♪」

「ならば儂がギアン君の書類を受け取るかの」

「えっ。宜しいのですか?」

「ああ、構わんよ」

「ありがとうございます!」


 ギアンは驚きと喜びが入り混じったなんともいえない表情をしてフェルナンドに礼を言った。


「お前の分は私だね。まさかラウラに頼むつもりは無いのだろう?」

「母上に頼めるはず無いでしょう。よろしくお願いします、父上」

「了解した。それで? いつだって?」



 その後、フェルナンドはギアンからホルク飼育室で雇傭システムを利用しながらホルクについて学んでいること、いずれは自領でホルクの繁殖と運用をしたいことなどの話を熱心に聞いていた。

 ホルクに関して強い思い入れのあるフェルナンドは、すっかりギアンを気に入ったようで、今回のためだけで無く、今後のことも考慮して多めにセクリタの交換を申し出ている。



 自室に一旦戻っていたローザが、小さな木箱を大事そうに抱えてサロンに入って来た。アスールはローザが抱えているその木箱に見覚えがあった。


(あの木箱。前にお祖父様がスサーナ母様の懐中時計を入れていたあの箱だ!)


 確かにそれはスサーナがフェルナンドに時計と共に渡したアンティークの木箱に間違いない。ローザは美しい花の模様が刻まれている蓋を開けて、中から自分のセクリタを取り出した。


「素敵な木箱だね」

「そう思いますよね。先日、お祖父様から頂いたんですよ」


 ローザが嬉しそうにアスールに答えるのを、横でフェルナンドが微笑みながら見つめている。おそらくはその箱がどういった物なのかはローザは知らないのだろう。



「兄様、私のセクリタをいっぱい学院に持って帰って下さいね」

「いっぱい? 一つで良いんだけど」

「駄目ですよ。お手紙交換をするには、沢山セクリタが必要なんですから! 兄様のセクリタも沢山置いていって下さいね」


 母のパトリシアが兄と妹のやり取りを見てクスクス笑っている。祖父フェルナンドとバルマー伯爵はニヤニヤしながらアスールがどう出るかを見ているようだ。

 一度言い出したらローザは何があっても引かないことなど、王宮内に知らない者は無いのだから。


「分かったよ。今日はそんなには持って来てないんだ。五個で良いかな?」

「五個? それはちょっと少ないですね。……でも許して差し上げますわ」

「それはどうもありがとう」


 ローザは木箱からセクリタを取り出すと小さな巾着袋に自分のセクリタを詰め込んだ。音から想像するに結構な量が入ったようで、その場に居合わせた一同の気遣いに満ちた視線が向けられたことにアスールも気が付いた。


「はい、これは私のセクリタです。分かりやすいように私の名前を入れておきました」


 巾着袋には確かに “ローザ” と刺繍が施されている。


「後でこれにもアス兄様の名前を刺繍しておきますね」


 ローザはアスールから受け取ったセクリタを入れた別の巾着袋を持ち上げてアスールに見せた。

確かにこうしておけば、どれが誰のセクリタか分からなくなることも無さそうだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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