47 ホルクとセクリタ作成(1)
「さて、第一学年の大きなテーマの一つに “ホルクによる通信手段の有効的な活用法を学ぶ” というのがある。ホルクは郵便と同じく通信手段であり、一部では捜索にも利用されている」
後期の授業が再開してすぐに、ホルクについての講義が行われた。ホルクは飼育数が圧倒的に少ないため “ホルク先進国” といわれている我が国でさえ、その歴史は浅く、まだまだ一般的な通信手段とは言えない。
それもそうだろう。ホルクの有用性を見出したのは元王であるカルロとその側近たちで、二十年とちょっ前の話なのだから。
他国に関していえば、ホルク自体が非常に入手困難なため、通信手段というよりはむしろ貴族の “権威の象徴” として好まれているそうだ。
「ホルクを利用する際、無くてはならない物があるんだが、答えられる者は居るか?」
フェリペ先生が教室内をぐるりと見回した。数人が挙手をしている。
「じゃあ、ヴァネッサ・ノーチ」
「セクリタと呼ばれる魔鉱石の欠片です」
「正解!」
ヴァネッサは相変わらず顔を真っ赤に染めながらも、ちゃんと挙手をして答えていた。一対一でも異常なくらいに緊張する彼女が、大勢の前で、しかも挙手をしてまで発言したことにアスールは驚きを隠せなかった。
「どうしちゃったの、彼女?」
それはルシオにとっても同じだったようだ。
「前はあんな感じじゃなかったよね。手を挙げてるから、別人かと思って二度見しちゃった」
「皆日々成長しているってことだろう?」
「うわ。マティアスってば、言うことが……」
「何?」
「……いえ。別に」
「ディールス侯爵っぽいって言いたかったんでしょ。ルシオ?」
「まあね」
「伯父上? それは光栄だね」
「ほら、そこの三人、お喋りをしている余裕があるならこっちへ来て作業を手伝ってもらおうかな」
フェリペ先生に軽く睨まれて、アスールたちは席を立ち、教壇のところへ向かった。
「マティアス・オラリエ、君が一番力がありそうだから、そこの木箱を教壇の上に置いてくれるかな? とても重いので気を付けて」
先生は教壇の横に置いてある、厳重に鍵の掛けられた木箱を指さした。指名されたマティアスは頷くと、しゃがみ込んで木箱に両手をかけた。一瞬だけマティアスは顔を歪めたが、次の瞬間には木箱は教壇の上に移動していた。フェリペ先生は苦笑いをしている。
「ここに入っているのは、先程ヴァネッサ・ノーチが言っていたセクリタです」
そう説明をしながら先生はポケットから鍵を取り出して二つある鍵を両方開け、木箱の蓋を取り払った。
「ルシオ・バルマー、君は両手にこの手袋をしてこのケースの中身を全員に一つずつ配る。アスール殿下にはここで見本を見せてもらいます。配られた小箱には指示があるまで触らないように! 良いな?」
クラスの皆が先生の指示に頷いた。
ルシオが渡されていた手袋はおそらく魔力を遮断する素材で作られたものだろう。
マティアスが重そうな木箱を抱え、ルシオが全員にその木箱の中身の小箱を配って教室内を歩いている間、フェリペ先生がアスールに尋ねた。
「殿下はセクリタを自身の色に染めあげた経験はすでにありますね?」
「はい」
「教室内のほとんどの者がセクリタに触れるどころか見るのですら今日が初めてだと思うので、今から僕の言った通りに、皆によく見えるようにこの場所で実演をお願いします」
「分かりました」
「助かります」
「はい」
フェリペ先生は少し間をあけてから少しだけ小さな声で話を続けた。
「それから、あなた方三人にとっては今日これから行う実技は珍しくも無い事かもしれませんが、他の者にとってはそうとは限らないことも往々にしてあるのです。お喋りは程々に」
「申し訳ありませんでした」
配り終えた二人が教壇まで戻ってくる。先生はマティアスとルシオに小箱を一つずつ取って席に戻るように促した。
「では始めます。まずは説明をするので、皆は箱に決して触れないように!」
少し騒ついていた教室内がシンと静まり返り、全員の視線がフェリペ先生と隣に立っているアスールに注がれている。
「今回は既にセクリタを扱ったことのあるアスール・クリスタリアに見本を見せてもらう」
先生は皆にそう言った後、アスールに小声で指示を出した。
「殿下、小箱を開けて中身を取り出したら、すぐに右掌の上に乗せたまま皆に見えるようにセクリタを掲げて下さい」
「はい」
アスールはフェリペ先生が言った通りに小箱を開け、中から片手に丁度収まるくらいのセクリタを取り出した。
アスールがセクリタに触れた瞬間から、無色透明だったセクリタの色が変わり始める。アスールは慌ててそれを皆に見えるように掲げた。そうしているうちにもセクリタはどんどん色付いていき、それほど時間はかからずに綺麗な非常に濃い青色になってセクリタは変化を止めた。
「ありがとう。もう席に戻って構いません」
アスールは自分のセクリタを持ったまま一番後ろの席に戻った。席に着くまでの間、皆の視線がアスールの染め上げた美しい魔鉱石に集中しているのを感じてアスールは少し動揺した。アスールが席に着くと、フェリペ先生が再び話を始める。
「セクリタを染め上げるのに要する時間は魔力量と比例する。彼の場合非常に魔力量が多いのでこれ程短時間でセクリタは染まったが、人によっては半日程度必要になる場合もある」
教室内がどよめいた。
「授業時間内で染めきれなかった場合は、寮に持ち帰り作業を続け、これ以上変化が見られないと自身が判断したら終了と考えて欲しい。完成したものは来週の授業までに持参できれば構わないので、焦らず魔力を注ぐように。質問はあるか?」
数人が手を上げた。
「色は自分の主属性の色に変化すると考えて良いのですか?」
「概ねそうだな。強い属性が数種類ある場合は混じった色になる場合もあるらしいしが、まだ研究段階にあるので絶対にこの属性はこの色とは言い切れない」
「変化が終わったことはすぐに分かるものなのですか?」
「魔力がそれ以上吸われる感覚が無くなる、色の変化が無くなるが目安だ。心配だったらしばらくそのまま握ってろ」
教室内に笑いが起こった。
「他に質問のある者は?」
もう誰も手を上げなかった。
「では始めようか。各自箱を開けてセクリタを握って魔力を流し込め」
アスール以外の全員が小箱を開け、目を輝かせてセクリタに自分の魔力を流し始めた。教室のそこここで歓声が上がり、徐々にそれぞれのセクリタにそれぞれの色が付き始める。
それ程時間を掛けずにマティアスのセクリタは重たい感じの赤紫色で変化を止めた。
「へえ、火属性のマティアスは赤ではなくて赤紫かあ。僕のはこれ、見てよ。なかなか綺麗だと思わない?」
ルシオは出来上がったばかりの自分のセクリタを明かりの下にかざしてみる。光の角度によっては黄緑にも見える水色のセクリタが光を受けてキラキラと輝いている。
「本当だ。随分変わった光り方をするセクリタだね。ルシオっぽいよ」
「アスール。それ、どういう意味?」
結局、その日の授業中にセクリタを完全に染め上げることが出来たのは、このクラスの二十五名中アスールたち三人以外ではヴァネッサとカタリナの貴族女子二人と、平民の子が三人だけだった。
「魔力量でセクリタを染め上げるのに必要な時間が違うって言うのは本当みたいだね」
寮に帰る途中でルシオが自分のセクリタを夕日にかざしながら眺めている。
「ルシオ、失くすなよ!」
「えっ?」
「それが気に入ったのは分かるけど、来週の授業までに紛失させそうで怖いよ」
「確かに!」
「何それ、二人とも僕を何だと思ってるの?」
寮までの道を三人は戯れるように駆けて帰った。
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