46 夏の離宮での穏やかな毎日
アーニー先生とダリオが王都へ戻るのと入れ替わるように、フェルナンドが夏の離宮にやって来た。
「アスール、随分と日焼けしたなぁ。リリアナは元気にしてたか?」
「はい。とても」
「そうか、そうか」
アスールはひとしきり島でのことをフェルナンドに簡単に話して聞かせた。フェルナンドは終始機嫌良くアスールの夏の思い出話に頷いていた。
話が一段落すると、アスールは早速フェルナンドに厩舎に預けているピイを見てもらうことにした。
ピイも、ルシオのチビ助も、最近は鳥籠に長時間入っていることを嫌がるようになったので、今は他の成鳥と共に離宮の厩舎にいる。
とは言っても離宮の厩舎にいるのは、元々ここで飼育されている二羽とシアンが連れてきている一羽にピイとチビ助、合計五羽だけだ。
厩舎の管理人に声をかけて入口を開けてもらい、フェルナンドと共に中に入った。アスールに気付いたピイがすぐにアスールの肩にとまる。
「ほう、この子か?」
「ピイィ」
「こりゃ利口だな」
「ピイィ」
アスールの肩に乗ったピイの方にフェルナンドがそっと手をのばすと、ピイはフェルナンドのその腕にひょいと躊躇う様子もなく移動した。
アスールとしては、こんなにも呆気なくピイが祖父に懐くのは、それはそれで面白くない。
「ピイの浮気者……」
それを聞いたフェルナンドは、アスールの頭をガシガシと撫でながら豪快に笑った。
「確かにこの子は小振りだな。お前の言うように雌かもしれん」
中庭のベンチに、アスールはフェルナンドと並んで座っている。ピイはそんな二人の上を優雅に旋回している。随分と飛ぶのにも慣れてきたようだ。
「そう思われますか?」
「ああ。でも儂も専門家ではないからな」
「僕は正直どっちでも良いのです。雌だと卵を産むかもしれない楽しみはあるけど、世話は今以上に大変になりますよね」
「そうだな。どちらにせよ、直ぐってことでもない。そもそも、あれが気に入った番を見つけるとも限らんしな」
「番かあ……」
「まあ、なるようにしかならんさ」
「そうですね」
久々に会う孫の成長にフェルナンドは目を細めた。
ー * ー * ー * ー
ハルンでの毎日はテレジアに比べればひどく単調で、これといった事件が起きることが無く日々は過ぎて行った。
祖父のフェルナンドは十日間ほどハルンに滞在した後、散々「儂はまだ帰りたくない!」と大騒ぎをしながらも抵抗虚しく、家臣たちに馬車に押し込められるようにして王宮へと戻って行った。
ルシオもそんなフェルナンドと一緒に馬車に同乗し、ヴィスタルの自宅へと戻ってしまった。
いつもと変わったことといえば、アリシアの姿がしばしば離宮の外にあったことだろうか。
普段は王宮内から出ることを好まず、大抵の時間を室内で静かに過ごしているアリシアが、一年後に結婚が決まったことで、残された日々を惜しむように家族と行動を共にしている姿がそこにはあった。
弟たちや妹と湖へ散歩に出掛けたり、森へピクニックへ行ったりするアリシアの珍しい姿に使用人たちは喜ぶと共に、一抹の寂しさも感じているようだった。
パトリシアの話によれば、アリシアとハクブルム王国のクラウス殿下との結婚式の準備は着々と滞りなく進められているらしく、秋の終わりには婚約式のためにハクブルムから王子をはじめ、大勢のハクブルムの貴族がクリスタリアを訪問することが決まっているそうだ。
夕食後に家族五人でお茶を飲みながらパトリシアは秋の予定について話しはじめた。
「その時はシアンもアスールも一週間ほど学院をお休みして、王宮へ戻って来て頂戴ね」
「一週間ですか?」
シアンが不思議そうな顔をしてパトリシアに尋ねた。
「もっと長期だと思った? 確かにハクブルムの方々は半月ほど王宮の離れに滞在される予定よ。本来だったら貴方たちにもその間ずっと王宮に居て欲しいところだけど、そうもいかないでしょ? だからせめて一週間は戻って来てね」
「「分かりました」」
「お城でとっても盛大なお祝いの舞踏会も開かれるのですって!」
誰かからそんな話を聞いたのだろう、そう言いながらローザが目をキラキラと輝かせている。
「でも、ローザはまだデビュー前だから舞踏会には参加は出来ないよ」
「……そうでした」
隣に座っていたシアンに釘を刺されてそのことにはじめて気づいたらしく、ローザががっくりと項垂れている。
「ローザ。確かに舞踏会には貴女は参加は出来ないけれど、クラウス殿下にはちゃんと私から紹介してあげるわ! だからそんなに悲しい顔をしないで頂戴」
シアンとは反対側に座っていたアリシアがそう言いながら優しくローザを抱きしめた。
「はい」
「さあ、笑って! 私の可愛いローザ」
ローザはアリシアにギュッとしがみついたまま顔をあげ、アリシアに向かってニッコリと微笑んだ。
ー * ー * ー * ー
「随分飛行可能距離ものびてきたね」
ピイを離宮の中庭で遊ばせていると、シアンが自分のホルクを連れて現れた。
「はい。先日兄上に腕を振り下ろすタイミングを教えて貰ってから急にピイが上手に飛べるようになったんです」
「そう。それは良かった」
そう言いながらシアンも彼のホルクを大空に放った。シアンのホルクはあっという間に小さな点のようになって見えなくなった。
「あんなに遠くまで行ってしまったけれど、大丈夫なのですか?」
アスールはその一瞬の出来事に驚いた。だがシアンは全く意に関せずといった具合で、平然と空を見上げて立っている。
そうしているうちにまたもの凄いスピードでホルクが戻ってきた。
「シルフィおいで!」
そう声をかけてシアンが左腕を掲げると、呼ばれたホルクは上空を旋回してふわりとシアンの腕に降り立った。
「凄い!」
「そう? ありがとう。でも父上のホルクに比べたら全然まだまだだよ」
それでもシアンは自分のホルクを褒められて、とても誇らしそうにアスールには見えた。
「兄上のホルクの名前、もしかすると風の女神から取ったのですか?」
「そうだよ。雄だから女神のシルファではなくてシルフィにしてみた。実は父上の真似をしたんだよね」
シアンはそう言って少し照れたように笑った。
「えっと、父上のホルクはトニトルでしたよね? そっか、雷の男神だ!」
「うん。父上はご自分の属性から取ったんだろうけど、僕の場合は氷属性だからちょっとホルクには似合わないだろ? 風だったら良いかなと思って」
「そうですね。兄上のホルクは風のように大空を飛んでいました!」
その時アスールの上空を楽しそうに旋回していたピイがアスールの腕に降りてきた。
「その子はどうしてピイって付けたの?」
「えっと、鳴き方が可愛かったので……。そのまま」
「あはは。やっぱりそうなの? アスールらしくて、良いね!」
「雌雄がはっきりしたらちゃんとした名前を付ければ良いかなと思っていたんですけど、もうこのままで良いかもしれないと今は思っています。もう既に “ピイ” が自分の名前って認識しているみたいだし」
ピイは呼ばれたと勘違いしたようで、ピイィと可愛く返事をした。
「本当だ。ところで、アスールはいつの間に神話の神々に詳しくなったんだい? 前はホルクの名前が神話に基づいているなんて気付かなかっただろう?」
「ええ。つい最近」
「そうなんだ」
「ルシオとローザから教えて貰ったんです。そんなことも知らないのかと二人に呆れられました」
「へえ、そうだったの」
シアンはまたシルフィを空に放った。今度は鳥笛を使って飛行を指示しているらしい。
「まだ鳥笛は受け取っていないだろう?」
「はい。学院が再開したらすぐに訓練を始めるので、その最初の訓練の時までには用意しておいてくれるそうです」
「そうか、楽しみだね」
「はい!」
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