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53 学院祭と白っぽい猫っぽいもの

「ということで、このクラスは来場者の受付を担当することに決まった。受付は五人ずつの当番制で行う」



 王立学院の行事としては目玉とも言える “秋の学院祭” が目前に迫っていた。年に一日だけ、学院祭の日に限っては関係者以外の学院への立ち入りが特別に許可される。

 そうはいっても王都から馬車を利用しても学院までは二時間はかかることもあって、学院祭りに訪れるのは父兄や次年度の入学希望者がほとんどだ。

 それ以外には、クラブ活動や授業内での新しい研究成果の発表を見にくる研究者も居ると聞く。


 学院祭で成果発表をするのは、ほとんどが三〜五学年生だ。彼らはこの日のために長期間、個人や団体で研究や研鑽を重ねている。

 人によっては学院祭での成果発表によって、国の研究機関や騎士団からスカウトを受ける者も少なくないらしい。



 入学して半年も経たない第一学年の学生にとっては、成果を発表できるほどの活動はしていないに等しいので、毎年運営の仕事が割り当てられる。受付、学院内の誘導、休憩所の管理等がそれにあたる。



「第二学年になったら飲食関係の管理運営担当になるんだって。僕は早く二学年になりたいよ」

「ルシオは料理クラブとしては参加しないの?」

「料理クラブは学院祭には参加できないんだって。飲食関係は第二学年が担当するって決まりらしいよ。それも食べ物に関してはちゃんとした料理人の作ったものに限るって決まりもあるらしいし」

「それはそうだろうな。素人の学生が作ったものを食べたがる貴族なんて、何処を探してもまず居ないよ」

「マティアスの言う通り。何かあったら学院の責任問題になるもんね」



 各クラスからは二名の学院祭委員なるものを出さなくてはならないらしく、その人選が今まさにA組でも行われていた。

 特に貴族でも平民でも誰でもやりたい者がやれば良いと言うフェリペ先生の意見で、まずは立候補者を募っていた。


「おーい。誰か、我こそは! って手をあげる者は居ないのか?」


 皆が顔を見合わせている。手を上げる者は居ない。

 アスールがすっと手をあげた。クラスの視線が一斉にアスールに集まった。


「すみません。僕とルシオの二人は執行部の補助メンバーに入っているので、クラスの委員はできません」

「なんだ、やる!じゃなくて、無理って方か。執行部なら、まあ仕方ないな。委員とはいっても、仕事的には楽だと思うぞ」


 先生が委員の大まかな仕事内容を全員に伝えると、最終的に立候補者が二人出て、アレンとライラの男女二名でなんとか無事に学院祭委員が決まった。



「受付係の詳細に関してはこの書類に書いてある。そうしたら、アレン・ヘルガーとライラ・モンスルの二人に後は任せて、俺は職員室に戻るから。当日の分担が決まったら、そこの用紙に書き込んで後で持って来てくれ。じゃあ、よろしく!」


 そういうとフェリペ先生はヒラヒラと手を振って、呆気に取られている学生たちを残したまま教室を後にした。


 先生が扉を閉めて出て行くと、アレンが我に返ったように席から立ち上がって教壇に向かった。慌ててライラも前へ出る。


「では、そういうことらしいので、ここからは僕とモンスルさんの二人で進めていきます」

「よろしくお願いします」


 カタリナがパチパチと小さく拍手を送った。隣に座っていたヴァネッサがそれに続いたのをきっかけに、他のクラスメンバーも合意の拍手を送る。

 アレンが仰々しく皆にお辞儀をして、ライラはニッコリと微笑んだ。



 その後は二人の進行で分担を決めていく。

 ライラの提案で、当日は多くの貴族が来場することが予想されるので、その対応のためにクラス内の貴族の子女五人で、どの時間帯にも誰か必ず貴族の子が応対できるように配慮することになった。


 アスールの分担は最初の一時間半に決まった。


「当日の服装は制服です。受付に座っている間は腕に “受付係” と書かれた腕章を付けて下さい。担当時間の十分前には受付に来て、交代の準備をすること。前日午後には学院祭の準備の時間が設けられています」


 王都にあるモンスル商会の娘であるライラは、普段は大人しくクラス内でも目立たない存在だと思われたが、意外にも司会進行の才能を遺憾無く発揮した。



「二人は学院祭に前に来たことはあるの?」


 アスールは両脇に座っているルシオとマティアスに聞いてみた。


「僕は来てないよ。学院の見学もしてない。学院に入ったのは入学試験の日が最初だよ」

「マティアスは王都から遠いもんね。僕は去年、母親と一緒に見に来たよ。食べ物がいろいろ美味しかったのを覚えてる。後は、騎士コースの勝ち抜き戦も見た! あれは凄いよ」

「そうらしいな。剣術クラブの先輩方も上位進出を目指して猛特訓中だ」

「そうなんだね。で、アスールは?」

「実は、学院祭があったことも知らなかったよ……」

「毎年ヴィスタルの収穫祭と日程が重なるからね」

「そうなの?」

「そうみたい。アスールは毎年収穫祭に行ってるだろ?」

「ああ」

「ローザ様が毎年仮装を楽しみにしているもんね」

「そうか。それでか」

「今年はどうするんだい?」

「何が?」

「ローザ様お一人では収穫祭には行かないだろ? 学院祭に来るのかな?」

「どうだろう。多分ローザも学院祭の存在を知らないと思う」

「妹たちが来たがっていたから、今年は母親と三人で来るんじゃないかな。ローザ様も一緒に来たら良いのにね」

「妹たち?」

「あれ、マティアス知らなかった? 僕、妹が二人いるんだ。カレラとマイラ。カレラはローザ様と同じ年齢で、来年の入学試験を受けるよ」



「では、そういうことで、第一学年は前日の準備と当日の当番の時間帯だけですので、皆さん忘れずにお願いします」

「では、僕とライラさんで当番票は先生に提出しておくので、今日はこれで解散です」


 皆がいつもより早めの帰り支度を始める。


「真っ直ぐ寮に戻る?」


 ルシオが荷物をバッグに押し込みながら聞いてきた。


「僕は剣術クラブに行くよ」

「アスールは?」

「僕は図書室に寄って行こうかな」

「そう。じゃあ、僕は先に帰るね。また夕食で」

「「また後で」」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 アスールが学院の図書室に来るのは本当に久しぶりだった。もしかしたらローザから聞いた神話について書かれた本が、学院の図書室にならあるかもしれないと期待をしていたのだ。

 王宮の図書室にも離宮から戻ってすぐに探しに行ったのだが、前に島でダリオから聞いた『水の女神アクエルの物語』と、『神の八人の子どもたち』という二冊の本しか見つけることはできなかった。

『神の八人の子どもたち』に関しては、神話というよりは、四人の男神と四人の女神について書かれた子ども向けの解説書のような内容だった。確かにその本には先日ルシオが言っていた八神の名前があった。



「僕が知りたいのは神の名前とかじゃ無いんだよね。その神に仕える獣なんかが書かれている本はないのかな」


 アスールは書棚をあちこち移動して、目当ての本を探して歩く。


「物語、物語。置いてあるとしたら……この辺かな?」


 この日も図書室にアスール以外に学生の姿は無く、今日は普段は入り口付近に座っているはずの司書先生も席を外している。しんと静まり返る図書室に一人。ついつい独り言が口から溢れる。

 その時、アスールは右足首に何かが触れた感覚があって、心臓が飛び出しそうなほど驚いた。


「えっ。何?」


 アスールの足元に居たのは、白っぽい、猫っぽい、半透明っぽい何かだった。

 でも、それは明らかに普通の存在じゃない! 見間違いかと思って何度も手で両目を擦ってみたが、やっぱりそれは時々透けるように姿がぼやけるのだ。

 その猫っぽい何かは、しきりにアスールの匂いを嗅ぐような仕草をしている。アスールは思わず右足を引っ込めた。猫っぽい何かは不愉快そうにアスールを見上げている。


「何故お前のような子どもから懐かしい匂いがするのだ?」

「もしかして……今、喋った?」

「ふん」


 その猫っぽい何かは不愉快そうにアスールの側を離れていく。


「ま、待って!」


 だが、アスールの言葉などまるで耳に入っていないかのように、その猫っぽい何かは数歩歩いて、そのまますうっと消えてしまった。


「何、今の? 見間違い? 気のせい? もしかして僕。疲れてるのかな……」

お読みいただき、ありがとうございます。

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