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第3話 ノーベル賞を辞する中年

 彼はごく普通のサラリーマン。しかし、仕事から離れた時間の彼の行動はあまり普通とは言えなかった。


彼は、いじめをなんとかしたいと思って子供の頃から考え続けてきた。原動力は、自分自身がいじめの真っ只中にいた時、今すぐその瞬間に、別世界に移動するように、一百三十六地獄から抜け出せることを祈っていた、という記憶。


これは、彼の'行'とも言える行い。


彼は下校中の学生たちのいじめの現場に出くわした時、それをやめさせることはしない。ただ、こう言う。


「私も一緒にいじめられよう」


最初、いじめていた者たちは気味悪がる。うだつの上がらない中年が突然こんなことを言ってきたら、何か裏があるんではないかと考えるのが普通だろう。だが、彼が本気だと分かると、徐々に面白がって彼をもいじめの対象として攻撃し始める。ひょっとしたら、彼が合流する前に集中砲火を浴びていたいじめられっ子自身も、まったく感謝の気持ちなど持たないかもしれない。暴力や蔑みの言葉が終わって、いじめっ子たちがいなくなった時、いじめられっ子は彼に訊く。


「なんでこんなことを」


彼は相手が分かるか分からないかにかかわらず、こう答える。


「'認められる'瞬間があることは本当の'行'ではない。褒められる瞬間があることは本当の'行'ではない。美しい瞬間があることは本当の'行'ではない。感謝もされず、馬鹿と言われ続け、認められることもなく、誰かから努力と捉えられることもなく、無価値で愚かで、容姿も醜く、忌み嫌われてもなおかつそれをやらずにはいられない。そういうものでなければ本当の'行'とは言えない」


イコールではないかも知れないが、この世の中でいじめを受けることは、限りなくこの概念に近いのかもしれない。


そんな彼が、一部の人の知る所となり、人知れず数十年にわたって繰り返して来た彼の'行'を称えようとした。秘密裡の選考作業の末に、ストックホルムから彼に電話があった。


「おめでとうございます。あなたのノーベル賞受賞が決まりました」


しかし、彼は数秒も考えずにこう返事した。


「すみませんが、お断りします。私は誰かから認められた瞬間に、今まで子供の頃から積み重ねて来た'行'が、水の泡になってしまうのです」


そして、さらにこう付け加えた。


「それに、私がノーベル賞なんかもらってしまったら、最高の'行'を行っているいじめられっ子たちが、とてもがっかりしてしまうでしょう」

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