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ヒト+モノ=  作者: 白雲
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終章


  終章


『生憎、感情認証システムはそんなに欠陥じゃないわ。しっかりと起動さえしていれば、問題なく人間だった頃の記憶の全てを消去していたでしょうね。それが出来なかったのは、初期起動中にルチルを強制稼働させたからよ。多分最初に初期設定や記憶消去、あるいは定着を行う際に『人形』からこう言われた筈よ。

緊急停止プログラムの稼働はできますが、記憶定着、初期設定中にそれを行った場合は、不具合を生じるか、不測の事態を起こしかねませんので、基本的には使用を禁じます。仮に何かが生じた場合の責任等は、全て貴方様が被りますのでご注意を、みたいなことを。

 つまり、ルチルはこの初期記憶消去中にその作業を緊急停止させられ、記憶、脳の状態等に不具合を生じていたのよ。しかも厄介なことに普通にしてれば気が付かないくらいにその不具合は微少だった。恐らく感情認証システムはほとんど機能していたのでしょうね。大半の記憶は既に消し終えていた。そういうことよ。だから彼女は自分が感情を失った『人形』という意識を持ちながら、残ってしまった感情に苛まれてしまった。それから逃れるためにストーンと共鳴したルチルは、自分よりも綺麗な赤を、不純物では無い本物の赤を求めた。

 何もかも、初期の段階でこの問題は起こっていたのよ。当然だけど、神代家のデータベースに雨獅子深弥が『人形』の所有者などとは書かれていない。元々ルチルの所有者になる筈だったのは、雨獅子家当主、つまり深弥の父よ。彼は父親から無理矢理ルチルを奪ったの、その後両親を殺害し、天涯孤独に自らなった。何故かって部分は私には理解できないけれど、彼自身はこう言っていたわ。全ては親が自分を見る目が変わってから、自分の精神は歪んでいったのだと。それが責任転嫁か、事実として雨獅子家当主が人の親らしからぬ行為をしていたのかは今となっては事実確認を行うのは不可能だけれど、あながち間違ってないとは思うわ。彼の言い分。だって、彼の精神状態は今とてもぶれている。その原因が物語ってる。彼は全てを失い罪が露見したことじゃなくて、自分が罪を犯し、ルチルに自分が味わってきたイジメや迫害のような苦しみを与えてしまったことを悔やみ、自己嫌悪に陥ってる。元から彼が欠陥していたのならそうはならない筈だから、きっと彼は最初から破綻していたわけじゃなかったのよ。となれば、原因は雨獅子家当主を適性有りとみなした神代家にこそ、問題の素はあるでしょう。

 だからというわけじゃないけど、神代家として残った力を全てこの問題に掛けたわ。『人形』にさせてしまった少女達の更生施設と、『人形』による犯罪を罪として確立させる法律を無理矢理作り出したの。雨獅子深弥についても、自身の罪を贖わなければ精神を戻せないでしょうからね。罪を犯したなら贖う機会や場所を与えるのも必要な事なのよ。

 過去のデータを見ても『人形』がどれほど世界にばらまかれてしまったのかは、残念だけど私にも判らないわ。

 私は現段階で唯一生き残った神代家ではあるけれど、それでも神代家当主になったのは前当主である父が死んだことによる繰り上がりなの。だから父がいる段階では私はあくまでも次期当主の立ち位置。それも学生だったからまだ先の話と思われていて、神代家としての情報の要には触れさせてもらえなかったし、世間に対して行動が起こせるような立場じゃなかったの。

 そういうわけで、私はあの時は何も出来なかった。けれど当主になって、この事件に巻き込まれて、私は神代家として威信や名誉を捨ててでもこの『人形』に纏わる諸問題を解決しなければならないと、そう考えたのよ。だから更生施設や新たな法律を作った。それだけ大それたことを無理矢理して、社会に認めさせた時点で職権濫用でもあるし、それ以前にこの『人形』自体神代家が招いた問題だから、自分の尻拭いをしてるに過ぎないと言われればそれまでなのよ。私は神代家として当然のことをしたと思っているし、後悔はないわ。こうして神代家としての力を全て失い、『人形』更生施設の施設長になった今も後悔なんてない。これが今私が出来る最大限の事で、私が今したい最大限のことだからね』

「以上、事件後、神代家現当主神代絢氏の会見から抜粋した文章になります。ねえ。これはまた随分と大きく出たものだね」

 一宮はそんな情報雑誌の一面だけ読むと、それを閉じ、書店を後にした。


  ・・・


 一宮唯は、大きめの病院施設の一区画を目指して歩いていた。真っ白な廊下を制服で進む。革靴が鳴らす音は嫌いじゃないけれど、病院の床は学校の床と似て良く響くので、あまり良い気持ちはしない。

 神代絢とプレートがさげられた個人部屋に辿り着くと、軽く二度ほどノックした。

「どうぞ」

 中から聞き慣れた声が聞こえて、一宮はそれに従って病室に入った。

 ドアを開けば、夕暮れ時の鮮やかなオレンジ色が病室内を満たしていた。眩しさに一度瞼を下ろすも、少し慣れてから再び押し開ける。視界に入ってきたのは窓際、カーテンの開いたそこに設置された大きなベッドに横になっている神代絢と、その横に控えた和木志侑だ。

「良く来てくれたわね。問題なく入れたかしら?」

「ああ、最初の段階で弾き返されるところだったけど、身分証明とかを済ませて何とか絢の関係者だって認めてもらえたよ」

「ごめんなさいね、体裁上は面会謝絶だから、私」

 言いながら神代はチューブを身体に繋がれながら、微笑んだ。

「そりゃあそうだよ。大怪我も大怪我、出血も酷いもので、今こうして生きているのが不思議なぐらいなんだって医者も言ってたじゃないか」

「その辺は全部ルチルのお陰よ。彼女が私を死なせずに保ってくれた。彼女がいなければこんな風に貴方と話していることさえできでいなかったと思うわ」

 神代のベッドの膨らみは頭とその直下にしかない。腕は勿論、脚も神代は失ったのだ。

「だから家の威信を捨ててでも、彼女を助ける道を選んだのか?」

「だから、ってわけじゃないわ。彼女達『人形』が更生し、労働し、あるいはただ暮らす為に私が作った施設は必要だった。『人形』をモノとして社会に埋没させてしまうなんて、私には出来っこなかったの。私は、結局父とは根本から考え方が違ったのよ」

「そっか、まあ良いんじゃないかな。絢がそれで良いと思えるなら。ミサキについても労働場所としてそこを提供してもらって助かってるしね」

「あら、本来はミサキも施設で住まわせる予定だったのよ?」

「本人の希望が僕の家なんだから仕方ないだろ。それに『人形』の意思を尊重するんだろ?」

「ええ、それは勿論。となれば同年代の男女が一つ屋根の下である問題を指摘したいところだけど、その辺は貴方を信用するから良しとするわ」

「はは、そりゃあどうも。あ、でも、『人形』についての研究や指針が無くなったとしたら、日本が世界法律に示す、地球保全、あるいは人口問題の解決はどうするんだ?」

 一宮はその言葉を口にしてから、自分が言ったことを後悔した。

「はー、判ってるわよ。それぐらい……、その問題ぐらい。で、その問題が一番厄介なのも判り切ってるわ。でも日本と言う国家は表も裏も、神代家前当主たる父の傀儡だった。その操り主を失った今、それを解決する手立てをどうにかできるとは思えないわ……。今や力を失った形になってる私に問題解決を求めるくらい、誇りも脳味噌もないのよ。

 で、今『人形』関連の事柄と世界法律に対しての対策を同時進行で進めてる。どちらも決して進行が芳しいとは言えないけど、やるしかないんだもの。諦めてるわ」

「結局は裏からの操り主に、絢が座った形になるのか」

「言い方を変えればそうよ。でも今は彼女達に随分助けられてるわ。

ルチルはまだ安定はしないけど、人間では無くなった不完全さが良かったのか、頭の良さや機転で私を助けてくれるし、ミサキの浄化能力と物怖じしない意見の提示には言わずもがな、助けられてる。結局は『人形』と呼ばれる彼女達に助けてもらってる格好ね」

「それは良くない事なのか?」

「ううん、むしろ、良い事だと思ってるわ。私がしたかったのは、彼女達を社会に戻すこと。不完全とは言え、その一歩を踏めたのは大きいわ」

 神代は笑みを作った。後悔の無いはっきりとした笑みを浮かべてみせたのだ。

「だったら良かった。あ、そう言えば、なんだけど」

 頷いてから、思い出した事柄があった。

「ん、どうかした?」

「あの時、雨獅子を校舎裏で目撃した後、学校で予算についての問題がいきなり起こって聞けなかった話って結局なんだったんだ?」

 一宮の質問に神代の表情は若干の呆れを含んだ瞳で返す。

「あー、あれね。気付いてないの? あの時で私は『人形』についての事を貴方に――……、」

 途中まで言って、神代は表情を呆れから笑顔にし、言葉を噤んだ。

「ん? 『人形』についての事を、何だよ」

 一宮は神代の不自然な変化に目を細め、訊く。

 と、神代は唐突に一宮を射抜くほどの目力で、瞳を交錯させた。一宮はその勢いに気圧されて質問を撤回しようかと思ったが、それよりかは神代が口を開く方が早かった。

「いいえ、さっきのは無し。冗談、後付けのフェイクよ。私があの時言おうとしたのは、簡単な事よ。とっても簡単な事」

 不気味なまでに笑っている神代を前に逃げ出したくなったが、背を向けるなど出来る筈も無く、促す他選択肢が無かった。

「――……、で、何を言おうとしたんだ?」

 一宮の促しに満足そうに頷いて、たっぷり時間を使って言葉を紡ぐ。


「気がおかしくなってどうしようもないくらい、

 狂い出してしまいそうなくらい、

 私神代絢は、一宮唯が好きで、好きで仕方ないの。私と付き合って」


 聞いたことを後悔したし、聞かなかったことを後悔した。今聞かなければ神代はこんなことを言い出さなかっただろうし、あの時聞いていれば神代は今告げたことなど口にすることは無かっただろうからだ。しかし、後悔は先には立たない。いつかのように意識が暗転してしまわないかと思ったが、その兆候も無い。

「それとも私程の女の告白を無下にしてでも大切にしたい誰かがいる? 『人形』には難しいことだって、私には出来るのだけれど、ねえ?」

 舌なめずりをして愉しそうな神代の横、和木志が般若の形相であることに一宮は気付いてしまい、冷汗が溢れてくる。

「『人形』を擁護する立場の絢が、『人形』との差を武器にしてどうする……」

 結果、答えを先送りにして、一部の言葉に対しての突っ込みを入れるぐらいしか、一宮に出来ることはなかった。


  ・・・


 季節は夏も近い梅雨の終わり。湿気を含んだ暑さが滲み出る空気を浴びながら、春先、冬の終わりの寒さが恋しくなる。

 結果として『人形』を公表し、擁護する呼び掛けを神代家新当主として神代絢が行ったことにより、あの後の諸々はどうにかなった。神代が意識を失っている間は、代理で和木志が動いてくれたおかげで何とかなった。

 結果として、雨獅子は新しい法律により『人形』を利用した殺人罪を適用し服役。『人形』であるルチルとミサキについては神代家が作る施設に入ることで、破壊、あるいは抹消を望む声から守られた。一宮の怪我は通常に完治したが、神代については腕を失い、挙げ句千切れる寸前までいっていた脚も失い、今は言葉と和木志を使って神代絢然として以前よりも圧倒的に君臨している。

 全ては丸く収まった。いや、神代が半ば無理矢理収めきった。世界法律等々の問題がどうなるかは神代次第だが、単なる一般人たる一宮には何が出来るわけでも無い。一宮の両親に電話と書類で許可をとり、ミサキが正式に一宮家の入ることになった今、一宮としては文句を言うつもりもないし、これ以上何かをするつもりも無い。

ただ、ミサキと普通に生きていければ、それで十分なのだ。

 当然『人形』である彼女に付随する問題は並大抵ではないが、それらは少しずつ解決していけば良い。今や急ぐ必要も無いのだから。

 神代の病室を後にして、電車を乗り継ぎ、地元におり立つ。駅前の商店街で食材を調達していく。少し高めでも良いものを買い揃えていった。いつだかミサキに約束した料理を、今日振る舞おうと考えたのだ。

買い物を終えると、既に舗装された住宅街の道路を進んで、自宅の前まで辿り着く。

 既に帰宅すると連絡はミサキに入れてある。なので、ドアの施錠は既に解かれていた。買い物袋を片手に全て持ち替え、ノブを回し、ドアを引き開ける。

 視界に入った景色は殆ど変らない、馴染んだ自宅のそれだ。あれからは毎日ミサキが隅々まで清掃を行ってくれているお陰で、埃一つなくなった我が家の玄関だ。靴は整然と並べられ、傍らの花は瑞々しく咲き誇り、靴を脱いだその先のカーペットも綺麗な赤で、廊下はワックスが塗られているかのように美しい。

 そして変わらず、ミサキが帰りを出迎えてくれるという状況まで、日常となっていた。

 が、問題はそのミサキの格好である。

「その服は、――……どうしたんだ?」

「絢がやってる施設で働いた報酬で買ったの。どう? 変じゃない?」

「変と言えば変だし、変じゃないと言えば変じゃない……」

「何それ、はっきりしてよ」

「常識的に考えれば変だけど、似合ってはいるから変じゃない」

「えー、それは反応に困る返事ね」

「困るのはこっちだよ! 住宅街のど真ん中で、そんな思いっ切り本気のメイド服を着用してるなんて反応に困るに決まってるだろう!」

 ミサキが纏っているのは西洋の御屋敷で雇われた従者が身に着けるに相応しい、ロングスカート丈のメイド服だった。黒を基調とした色合いが、ミサキには良く映えている。

以前メイド服が無くて、途轍もない格好をしたことがあったが、これはその意趣返しということなのか。むしろリベンジ的意味合いなのか。ミサキは胸を張って一宮の初心な反応を楽しそうに観察している。

「困ってる割には、頬も赤いし、まんざらでもなさそうに見えるけど?」

「そんなわけないっ。困ってるから頬も赤くなるんだよ!」

「ふふ、そう。まあどっちでも良いわ。私はそんな唯の反応が見れただけでも十分満足よ」

「そうかい、そりゃあ良かったよ」

 満面の笑みで返してくるミサキに、一宮は溜め息交じりに返答し、買い物袋を両手に持ち、その横を通り抜けて居間の先のキッチンに入ろうとする。

「待って」

 そんな一宮を、ミサキが呼び止める。振り返って伺う様に「ん?」と聞いてみれば、さっきまでは随分と余裕そうに一宮をおちょくっていたミサキが、頬は勿論、首元まで薄紅色に染めて立っていた。どうかしたか、一宮がそう聞く前に、ミサキが言葉を重ねる。

「認証、しても良いかしら……?」

「は? どういう意味だ?」

「一宮唯の本人認証、……更新しないといけないから」

 意味は判らなかった。そんな更新があるなど初耳だったから、一宮には本当かどうかも判らなかった。けれど嘘とも言い切れなかったので、取り敢えず頷いた。

 両手も塞がっていたせいで、されるがままに、身を委ねることにした。

 声を聴いて、

「声紋認証完了」

 手を交えて、

「指紋認証……完了」

 目を合わせて、

「――網膜認証、完了」

 唇を重ねた。

「――――――…………DNA認証完了……、一宮唯本人認証完了。

唯、私……アンタのことが好き」

 もう一度、唇を重ね合わせた。冷えたその唇の記憶を、出逢いを、一宮は思い出した。


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