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ヒト+モノ=  作者: 白雲
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間章二


  間章


 暗い。

 覚醒して最初にミサキが知覚したのは、光量の少なさによる暗度だった。次いで感じたのは肌と言う肌を這い回るような、べたついた冷たい感覚と、鋭い痛み。

「っつあああああ、ああ!」

 声が上がる。自分の叫び声が、他人事のように薄っぺらく、さも必死そうな悲鳴として自分自身の耳朶を叩く。突き刺さる痛みは肌から伝わってくる。べたついた液体が纏わり付いて、傷口を蝕んでいる。半覚醒状態だからか自分が置かれている状況は勿論、自我さえ忘却の彼方に消えてしまった様にさえ感じる。視界も意識も不明瞭な中、痛みだけが確かな形を持って煌めく。不気味に、しかし異常なまでに強く、感覚の髄まで埋め尽くすように、痛みばかりがミサキを襲う。

「くあああ、う、い、っあああああああああ!」

 痛みの位置も不明瞭だったのが、段々判ってくる。腕、足、胴、腹、胸、乱雑に出鱈目な順番で痛みがその辺りを散る。殴られているのではなく、鋭利な刃物で体の内部に抉りこんでくる痛みだ。自分の内側に異物が混入してくる。

 徐々に痛みが意識の覚醒を促していく。ミサキは自分が『人形』で、もう既に人間では無いことを思い出した。なのにどうして痛いんだと思えば、きっとこの攻撃を加えているのがミサキと同じ『人形』によるものだからだろうと判る。

「あああはは、ああっ――いいあ、っくああああ」

 自分があの赤い『人形』に勝ったところで記憶が途絶えていることを思い出す。最後の一撃を加えた後、意識の消失に逆らえずに、倒れたのを思い出した。ということは、今の状況は自分は勝ったが、向こうが意識を失わずに済んだせいで嬲られているというわけか。ミサキは推察をしながら、異物が体内を掻き回し、消え、また別の場所に異物が入ってくる壮絶なまでの苦しみに喘ぐ他出来ずにいた。

「いいい――っ、っくあああああああああああ、ああっ、はああ」

 悲鳴の高低も大小も定まりなくぶれ続ける。この悲鳴が相手の糧になっているとすれば、今すぐにでも発声器官ごと潰してしまいたい。そう思うも、手足の自由どころか身動ぎすらままならないとなっては、されるがままになっているしかない。体を反り、痛みに悶える様を相手に見せるしかない。

 悔しさが、痛みの後から沸々と湧き上がってくる。次いで、主人たる一宮の感情が流れ込んでくる。莫迦みたいにミサキの心配ばかりをしている、主人の感情を感じ取ってしまう。余計に悲鳴など上げたくないのに、痛みは声を無理矢理に引き出す。

「あ、あ、ああっ、っきい、あああああああああああ」

 あられもない悲鳴が響き渡る。場所は個室か、とにかく部屋であることは間違いない。反響の度合いがそれなりに見られるところから、決して狭くは無い部屋にいるのを知る。

 と、唐突に異物感が消え、痛みが遠ざかった。肌を這い回るぬめりはとれないが、それでも痛みと呼べるものが消えただけ、かなりマシだ。

「あっ、はあはあ……」

 息が出来る。普通に呼吸が行える。体内のパワーストーンが少なからず傷付いているのだろう。回復が上手くいかない。

「おい、聞こえるか? 糞人形」

 罵倒の声に反応する。暗い辺りが、痛みのせいか明滅して見えるがそれもやがて止み、やっとある程度の視界を作り出す。声を上げた当人の姿が浮かぶ。

 それは少年だった。赤いあの『人形』が少年の前に立ち、彼らの周りには残骸のように捨てられた人の形をした肉塊が幾つか転がっている。

「悲鳴を上げ始めたってことは、痛覚も感じてるんだよなあ? 痛みから解放された人外の存在たる『人形』が、同じ『人形』から痛みをちゃんと感じてるんだよなあ?」

 下種な声だ。不快感を煽る。余裕があればすぐにでも言葉を返すか、代わりに拳を握りでもしたのだが、今のミサキにはそんな余剰も無い。ただ投げつけられる気持ちの悪い声を聞きながら、腕を組み、微笑を浮かべた少年の表情を見ることしかできない。眼鏡越しに窺える瞳の色は気味が悪いくらいに黒くて、宵闇への入り口にさえ感じられる。

「悔しいだろう? 苦しいだろう? ふふは、いい気味だっ! 最高の気分だ! さっきまで俺を虚仮にしていやがった存在が、為す術も無く凌辱されているってのは、実に気持ちの良い感覚だ! 癖になりそうだなあ! こいつを連れ去れたのは良い収穫だ!」

 首がカクンと落ちて、自分の肉体が見える。穴だらけになって最早服として機能していない一宮から借り受けた赤のワンピースと、奥から見えてしまっている白の下着。そのどちらもがどす黒い液体に染まっており、その液体はミサキの体を覆い、重みとなってミサキに降りかかる重力を底上げしている。

「屈服し、俺のモノになるって言うなら、この痛みの雨から解放してやらないことも無いぜ? 懇願して泣き喚いて、お願いしますと頭を下げられるなら、終わりのない痛撃を終わりにしてやっても良いんだぜ?」

 下卑た声が聞こえる。下らないことを、さも高尚な事の様に大仰に述べている。

「このルチルも俺のモノだ。そこにお前が加われば、怖いものは無い。『人形』を二体も手に入れられたなら、俺は世界に君臨できる。弱者では無く、強者に成れる! どうだ? 悪い話じゃないだろう?」

 少年は目の前のルチルと呼んだ『人形』の頭を叩きながら言う。

 赤い瞳は反発の色を灯すことも無く、されるがままになっている。

「……ふふ、――……ははっ」

 ミサキは堪え切れず、声を出す。悲鳴では無く、渇いた哄笑だ。

「……何が可笑しい?」

 ミサキの反応が少年の琴線に触れたのだろう。毛細血管が千切れた気がした。

「可笑しいも何も、可笑しくない事が無いわ」

 体内を駆け巡るルチルの奔流が未だに痛みを誘発しているも、そんなのが気にならないくらいに笑えて、ミサキはつい笑顔で返す。

「――……」

 返るのは沈黙だけで、立場はミサキが圧倒的に悪いのに、そうとは思えない空気が辺りには蔓延っていた。

「だって、『人形』を自分のモノだと勘違いして、自分が強くなったと勘違いして、それで世界に君臨? 笑い話以外の何だってのよ。それにね、悪いけど私の主人は一人しかいないの。悪びれる気なんて最初から無いけど、アンタの玩具にされるくらいなら、このまま痛みに埋もれて壊れた方が、何倍もマシよ。そこのルチルだって、そう思うんじゃない?」

 ミサキの言葉に少年は怒りを歯に込めて食い縛る。ルチルは一見変化なく立ち尽くす。

「お前……立場を判っているのか?」

「アンタこそ、立ち位置を判ってるの? アンタの立ち位置はそんなに高くないでしょ? 早く見合った低さに下りなさいよ」

「くっ……、そうかい。そんなに痛みで欲情したいなら好きにしたら良い」

 少年がルチルに手振りで何かを指示すると、彼女は近くに無造作に置いてあった掃除用具入れを乱雑に開け放った。中には猿轡を噛まされた軽薄な服装の少年と同年代くらいの少年が二人入っていた。唸る声が響くも、少年の笑みでそれも消える。

 ルチルが二人の少年をミサキの真上に放り、その四肢を断裂し、首を削ぎ落とし、命を断絶してみせたからだ。濡れた音が響き、ただの肉の塊と化した元少年が地に落ちる。

血が、真っ赤な血が、雨の様にミサキに降り注ぐ。頸動脈や大腿部の太い血管などを狙って断裂したのだろう。人体にある血流の大半が瞬時にミサキに放出された。ただの塊になってしまった今も、コポコポと音を立てて肉の隙間から血を染み出させている。

次いで、再びルチルが振り被る。今正に少年二人を切り刻んで見せたその赤く細い針が見えてくる。今まではあまりの細さか、それとも意図的にか、見えていなかったそれがミサキに見えた。あの針がミサキに痛みを与えていたのは間違いないだろう。

「さあ、悶え、叫べ。俺が満足するまでな!」

 少年は近くの椅子に勢い良く座り、足も腕と同様に組んで自身の力を誇示する。

 針が、ルチルの持った数十の真っ赤な針が、再びミサキの肉体を穿つ。


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