84 待ってるよ
朝、身動きが取れなくて目が覚めました。
ぐーっ。
ラトに羽交い絞めにされてます。
身じろぎしてもびくともしない。
何で、いつの間に小屋に移動したんだ!
それに、私は抱き枕じゃない!!
「ラト、離せぇ!」
こいつは、何で熟睡モードなんだ。兵士って、ちょっとした物音とかですぐに剣を手にして戦闘モードじゃないのか!
「ごはん」
と、つぶやいてみた。
「食べる!」とすぐさま返事が!
お城の方、ラトは兵士じゃなくて毒見係にでも変更してあげてください。
ラトが、上半身を起こしてキョロキョロしている。
「あれ?今ご飯って聞こえた気がするんだけど?」
「今から準備するけど、何か食べたいものある?」
色々と突っ込みたいことはあるけれど、まぁいいや。久しぶりに会ったんだし。あんまりピリピリイライラしてもね。
朝はホットケーキにすることにした。
とはいえ、材料が限られているので、泡立てた卵に小麦粉混ぜて焼いただけ。それに、自家製ペープルシロップをかける。
「おいしい!」
ラトが1枚目にかぶりついているときに2枚目を焼きにかかる。
ラトはいつの間にか1枚目完食し、2枚目が焼けるのを、皿とフォークを持って待ち構えている。
突っ込みたいことは色々あるけれど、まぁいいや。2枚目が焼きあがって、皿に載せてあげた。もちろん、メープルシロップもたっぷり。3枚目は小さめに焼き、空いたスペースに4枚目を小さく焼く。そうでもしないと、いつまでたっても自分の分が食べれそうにない。
「少年、この甘いの、おいしいなぁ。あ、甘い、甘いのって高いんだっけ?いいのか?」
ん?流石にどこぞのボンボンでも、甘いものイコール高価な品だと気がついたか。
「大丈夫だよ。ラトから前にお金ももらってるし」
「そうだ、そうだ、お土産があったんだ!」
ラトは3枚目が焼ける間に、着替えなどを入れて持ってきたと思われる荷袋をがさがさとあさりだした。
「これ!何だと思う?」
ラトが取り出したのは、手の平に乗るほどの大きさの
「せっ……」
おっと、いけない。思わず正解を口にしちゃうところだった。
「な、何、それ?食べ物?」
「違うよ、石鹸って言うんだ!」
知ってる。ピッチェで見たのにそっくり瓜二つだもん。
「ピッチェでね、物を洗うときに使うんだよ!どうやって使うかというとね、」
ラトが自慢げに石鹸の説明をしてくれる。
ああ、ピッチェから石鹸がキュベリアに入ってきたんだなぁ。かれこれ1ヶ月以上も経つから、ラトのような上流階級には広まりつつあるのかな?
ラトはその後も、食べては焼ける間説明し、食べては説明、食べては説明を繰り返した。
知っていることを、こうも長々と説明されると、流石に欠伸が。
朝食後のお茶の時間に、ラトにユータさんのことについて尋ねてみた。
いつからか、ラトはユータさんのことを自分からは語らなくなっていたのだ。
「ユータさんは、何歳なの?体格はどんな風だった?容貌で特徴的なところはある?」
良く考えれば、ユータさんとラトとのやり取りについては聞いていたが、ユータさん本人についての情報をほとんど知らなかったのだ。
インターネットを使って探すにしても、探偵に頼むにしても、情報は多い方がいいのは間違いない。
「年齢は、今は40くらいになっているんじゃないか?いなくなったときに35前後だったはずだから。ただ、年齢の割りに随分若く見えた。ユータの年齢をぴたりと言い当てた者は、後にも先にも1人もいなかったぞ。皆大はずれだ」
ってことは、日本人らしい容姿だったってことかな?
「身長は私と同じ位だが、ユータは特に体を鍛えていなかったからな。華奢だったな」
ラトと同じ身長ってことは、日本人にしては背が高い。肉付きはこちら基準で華奢なだけで、日本人では普通の可能性もあるな。
「容貌で特徴的なのは、何と言っても黒目黒髪だな!」
いや、それ、日本人としてはごくごく普通です。
「それから、右目の下に黒子があって、それを気にしていた。故郷では泣き黒子って言われて、泣き虫だと馬鹿にされたとか」
黒子か。それはいい情報だね。本人かどうか確認するのに使えそうだ。
お昼には、2人でうどんを作った。粉と水を混ぜるところから、ラトはとても楽しそうに作業していた。
こうして、まったり一緒にご飯の用意するのもいいね。ふと漏らした言葉に、ラトもまぶしい笑顔を見せた。
今日は、いつまでいられるの?と思わず帰って欲しくないと思われるような言葉を発しそうになった。
ちょっとだけ、1人で過ごすのが寂しい時もあるんだよ。
後片付けのあと、午後からは何をしようかと、ラトが馬の毛づくろいをしているのを日向ぼっこをしながら眺める。
そんなのんびりした時間を、蹄の音が切り裂いた。
山道を駆け上ってくる蹄の音。みるみる、山小屋まで馬は駆けてくると、両足立ちになるくらいの勢いで馬を止めた。馬上の男は、立派な服に身を包んでいる。お城の兵士、いや、騎士かな?という出で立ちだ。
「動きました!」
男が声を上げると、ラトの顔色が変わる。
ラトの元に騎士が駆け寄り、耳打ちしている。聞かされた内容に、ラトの表情はみるみる険しくなっていく。
「少年、急用ができた。また、来る。必ず来るから、待っていてくれ」
ラトはひらりと馬にまたがると、後ろ髪引かれるような表情を見せて去っていった。
ラトの姿はあっという間に見えなくなった。
まだ、続くと思っていた幸せな時間を奪われたようで心が冷えた。
ああ、ラトとのんびりまったり過ごす時間は、幸せなんだね。
「待ってるよ」
旅の準備はすぐには整わないから。次にラトに会う日まで、出発はお預けにするよ。
だって、日本への帰り道が見つかれば……
次の旅立ちが、ラトとの永遠のお別れになるのだから……
次は明日更新です。短くていつもと違う内容です。




