56 徹夜
旅の一座にはランクがあると知ったのは、旅一座がグランラの王都を出発してからのこと。
馬車に乗り込み街を出る一座を見て、街の人が教えてくれたのだ。
「さすがに、キュベリア使節団に同行するだけのことはあって、一流の一座ばかりだねぇ」
「芸を見ていないのに分かるんですか?」
「だって、馬車に乗っていたじゃないか」
そういえば、この世界って馬は特権階級の一部の人しか乗れないんだった。馬車が使えるのもほんの一部の人間。旅の一座ごときが馬車に乗っているっていうのは、確かに不自然だ。
後でアジージョに尋ねたところ、どうやら、国公認の一座には馬車の使用が認められ、王より馬が賜れるらしい。
オリンピックじゃないけれど、何年かに一度芸を競い合う大会があり、それでよい成績を収めればいいらしい。
但し、馬を下賜された一座の興行は、自由に行えるわけではなくなるらしい。通常は、収益を考えれば大きな街、豊かな街で興行するのが一般的だ。しかし、年の4分の1ほどを、収益が得られないような小さな街や遠くの街の巡業に当てなくてはならない。まぁつまり、貧しい街や、ど田舎にも娯楽は必要なわけで。国が費用を持ち、娯楽を提供してもらうために巡業先を指定するらしい。国から金が出るといっても、大きな街を巡業した方がよっぽど稼ぎになる。一年の4分の1も自由が無くなるのはマイナスのようだが、馬車付きの一座ということで、箔がつくので一座の憧れらしい。
というわけで、国の中でもトップ5の一座をぜーんぶ引き連れてのグランラ入りだったわけで。
その芸が、すべてガンツ王のお眼鏡にかなわなかったことに、キュベリア使節団一同相当ガッカリしたようだ。
一座の皆の立ち直りが早かったのは、さすがトップの座を争うような人たちというべきか。
重曹を入れていない鍋の藁も煮えると、水洗いに続いてあちこちで叩く音が響く。
あちこちから灯りを手にして人が沢山集まっているし、忙しく人が行き交っている。
「こうでいいんだね」
「ええ、そうです」
「これは、このくらいでいいのかい?」
「もう少し多めに」
行程の途中に確認の声がかかる。私はそれに答えるくらいで、他の段取りや作業はもう街の人たちの手に移った。
作業する人たちも慣れてくると、私に声をかける人の数も減る。
それを見計らって、女将さんに声をかけた。
「第一弾の紙が完成するのは、早くて明日の午後ですね。そのときに、また来られるか分からないのでその先の説明もします。何人か人を回してもらえますか?」
「ああ、5、6人でいいかい?」
女将さんが手配してくれた人達に、出来上がった紙を使って、その先の説明をする。
小麦粉糊か、米粒などで紙を張り合わせ、それからこうして、ああしてと。
「この紙は、藁ではなくただの雑草から作ってあります。もし藁が足りなかったら、雑草からでも作ることができると覚えておいてください。ただし、煮る時間が変わってきます。場合によっては紙にならないこともあるので、藁に近い種類の草が適しています」
そのほか、思いつく限りの注意点を教える。
気がついたら、太陽は顔を出していた。広場と言わず、街の通路という通路に、板にのせた紙が広げられている。
すごい、もうこんなに作ったんだ。一つをそっとつまんで見る。結構、いい感じに和紙になってる。
これなら、3日後のお祝いに間に合うんじゃないだろうか?
ほっとしたら、急に眠気が襲ってきた。
徹夜なんて無理ですよ。アラフォーの体力の無さをナメンナ……デゴザイ……マス
ふわりと、眠たさの波に襲われて頭がぼんやり。
うわー、倒れる……。
壁に立てかけてある板におでこをぶつける間際、しっかりとした力強い腕が私の腰に回された。
ぶつからずに済んだ……。
ただ、それだけしか頭が働かなくて。
誰の腕だって考えることもなかった。
「女神」と聞こえたような気がした。
ココ、何処?
一番初めに思ったのは、マーサさんのお店の2階?
いやいや、そんなはずはない。頭を軽く振って、意識をはっきりさせる。
そうだ、昨日徹夜で紙作りをして、そのまま意識を失うように寝ちゃったんだ。で、ココは何処?
固いベッドから起き上がり、枕元に置かれたカバンを引き寄せる。
あー、無謀だった。カバンがあって良かった。もし、意識を失った後に誰かにカバンを取られたら……。
怖!
今度からもっと気をつけなくちゃ。何か方法を考えよう。やっぱりスカートの中に忍ばせておくのが一番なのかな。でも、中から何かを取り出すのにはすごく大変だよね。
そういえば、誰かに倒れるのを助けてもらった気がする。
その人の家?
いつまでもベッドの上に居ても何も分からないので、部屋を出る。下へ続く階段があったので、降りていくと声がかかった。
「おや、起きたかい?お腹空いてるだろう、まずお食べ」
女将さんがいた。どうやら女将さんのお店の2階だったようだ。通りで、なんとなくマーサさんの部屋っぽい感じがしたわけだ。
窓の外を見れば、太陽はすっかり昇っている。しっかり昼間で寝てたようだ。
昨日の夕飯から何も食べていないので、女将さんが出してくれた食事をありがたくいただく。
「ほら、見ておくれ!」
食事が終わると、手を引かれ店の裏口から外へ出た。店の裏には小さな小屋があり、小屋には沢山の紙が積まれていた。
一枚手にとる。多少のすきむらはあるけれど、薄くて軽くて丈夫な和紙ができていた。
そうか、もう昼だもん。第一弾が乾いたんだ。
それにしても、もう、こんなに沢山。
ざっと見た限り、100枚や200枚じゃない。1000枚?2000枚?今も作り続けているんだから、いったいどれだけの量ができることか。
「あと2日で、お祝いの準備は何とかできそうですか?」
私の問いに、女将さんが胸を叩いた。
「任せておきな!」
「はい。任せます。それから、キュベリアからの資金提供の話ですが、」
「いらないよ。立派なアイデアと技術を提供してもらったからね!」
私は、首を横に振った。
「いいえ、帰って相談してきますから」
共同のお祝いというには、キュベリア使節団は実は何もしていない。ほぼ私の単独行動だ。これじゃぁ、何か突っ込まれたときにぼろがありすぎる。せめて使節団として金銭的にだけでも絡んでもらわないと。




