54 女将さん
「それは本当なのか?」
真っ先に、女将さんが聞き返す。
「ええ、チュリ様の体調が回復したので、早ければ3日後に国民の前に姿を現すそうです」
「うおーっ、お祝いだぁ!」
「それはめでたい!かんぱーい!」
酔っ払いたちが、手に手に杯を持って上に掲げる。
「飲むぞぉ、祝い酒だ!」
そこで、女将が両手を叩いた。
「すまないけど、今日はもう閉店だよ!」
女将の言葉に、ブーイングが起こる。
「3日後と言ったのが、聞こえなかったのかい?時間がないんだ!準備に取り掛からないとね!今日の御代は要らないから、ヨードルは西3、サンチュリは西4、バンカは西1、ドンカたちは、北、南、東の地区長に知らせに言っとくれ!他のもんは、街中に触れ回ってくおくれ!」
女将の言葉に、酔っ払い達は表情を引き締め、杯に残った酒をあおると、それぞれが役割を果たすために立ち上がった。
「あ、え?」
目まぐるしく変わる状況に、呆然と立ち尽くす。
あれ、あの、その、もしかして?
酔っ払いたちが立ち去った後のテーブルを、20歳くらいの店のお手伝いの娘が手際よく片付ける。
女将さんを見ると、目があった。
「さて、お祝いの相談って言ったね?」
女将さんは、エプロンを外しテーブルの一つに腰掛けた。私にも座るように合図する。
「あの、女将さんが、お祝いのまとめ役ですか?」
女将さんは、お手伝いの娘になにやら指示をしてから、私の質問に答えてくれた。
「まとめ役ってほどじゃないがね。元々、ここの飲んだくれ雑談から始まったからね。その流れでこの店で相談するのが恒例になってるのさ」
そうなんだ。なんか、運がいい、私!
「おい、3日後にお后様が顔を見せるって本当か?」
店に1人の男が駆け込んでくる。
「急いでお祝いの準備を進めないと、どうする!」
続いて、また1人、また1人と息を切らせて駆け込んでくる。
あっという間に5人がテーブルに着いた。
「うちのやつにも伝えたから、今頃ご婦人の会で蝋燭をそろえていると思う」
「他の地区の代表にも今使いを送ったからね、少し遠いから到着まではまだかかるだろう」
「で、この情報はどこからだ?」
女将が、私に顔を向ける。
一同の視線が集まったところで、起立する!
まずはペコリと頭を下げる。あ、日本人の癖?
「はじめまして。私、キュベリア使節団に同行している者で、リエスといいます」
「キュベリアの?そういえば、迎賓館に来てたな」
「チュリ様ご回復の話は、使節団へ報告がありました。3日にお顔見せをするというのも、そこからの情報です」
私の話に、女将さんをはじめメンバーが頷く。
「どうやら、確かな情報らしいな」
「その、キュベリアの人間が、相談というのはどういうことだい?」
ごくんと、つばを飲み込んでからゆっくりと話始める。
ここで断られてしまったら、元も子もない。
「キュベリアからも、何かお祝いを用意しようということになったのですが、急な話でなかなか準備が整いません。そこで、街の皆様と合同でお祝いを用意できればと思っています」
女将さんが、品定めするように、私を観察する。
「ふーん。一枚かみたいってことかい?キュベリアは何をしてくれるんだい?資金提供でもしてくれるのかい?」
女将さんの強い視線に負けないように、目をそらさずに首を横に振った。
「資金の面は、上に相談します。今回私が、キュベリア側が提供するのは、知識、技術、アイデアです」
「アイデア?灯りを使ったお祝い以上のアイデアがあるっていうのかい?」
ちょっと馬鹿にしたような女将の言葉。
よっぽど灯りのお祝いに自信があるのだろう。そりゃそうだ。
そりゃそうだ。どれだけ美しいかというのは、容易に想像がつく。日本でもいくつか似たようなもの見てるからね!
「見てください。そして、決めてください」
女将さんと他のメンバーの強い視線に負けないように、目に力を入れる。
「噴水広場に来てもらえませんか?そこで、お見せします」
「分かったよ、皆も、3日後の情報を提供してもらったんだ、見るくらいはいいだろう?」
うーん、今の台詞、まったく協力してくれそうにない感じなんだけど……
「そうだなぁ、まぁ、見るだけならな」
「アイデアとか言ったって、散々俺達だって考えてるんだ、そんなに簡単にいいもんがあるとも思えないが……」
本心が聞こえてきた。
まぁいい。見てもらえれば、こっちのものだ!
噴水広場に行くと、他の地区のまとめ役を一座の人が連れてきてくれていた。
他の一座の人も、探していたものが見つかった人たちから集まってきている。
「おや、皆おそろいだねぇ、ちょうどいい。この後、皆と相談できるってもんだ」
『皆』の中にたぶん、私やキュベリア陣営は入ってないんだろうなぁと苦笑い。
まぁ、ずっと街の人たちと続けてきたお祝いに、急によそ者が入るなんてすっきりしないのは分かる。
よそはよそでも、同じ国の人間ですらないんだ。拒否感が半端なくても仕方がない。
だけど、成功させたい。
同盟の足がかりが欲しい。それに、チュリ様をお祝いしたい。心の内をのぞいてしまったからこそ、チュリ様の新しい門出を純粋にお祝いしたい。それが、同盟に繋がるなら、一石二鳥だ。
「キュベリアから来たリエスが、見せたい物があるっていうんだ、みんな見てやってくれ」
酒場から一緒に来た男の1人が皆に声をかけてくれる。
視線が、集まる。
私は、カバンの中から、隠し玉を取り出した。
「まずはこれを見てください」
日が落ちて、広場は月明かりと、何人かが手にしている灯りしかない。