51 これからの顔
チュリ様が、ガンツ王の良いところを10ほどあげたところで目が合った。
ニッコリ笑った私の顔を見て、チュリ様は涙を止めた。
「私も、ガンツ様の良いところを一つ知っています。女性を見る目が確かなことです」
見た目じゃないでしょ。チュリ様だって、ガンツ王の見た目に惚れたわけじゃないものね。それが伝わったようだ。
「私……私が、主人の、ガンツのお嫁さんでもいいの?醜くて、公の場に連れて行くのも恥ずかしいような女でも……」
「ちょっと待ってください、公の場に連れて行くのが恥ずかしいと、ガンツ様が言ったのですか?ガンツ様は一度も公の場へ連れて行っていないのですか?」
チュリ様は首を横に振った。
「結婚式の後のお披露目には出ました。その後、人前に出るのは苦手だと言ったら、じゃぁこれから先は出なくて良いと、一度も出ていません」
「それって、単に言葉通り、チュリ様が苦手なことをさせたくないってだけじゃない?」
いやまぁ、私の予想だと、チュリ様を他の男に見せて惚れられたくないって気持ちも入ってそうだなぁとは思うけどな!
疲れた男は、一発でチュリ様の癒しパワーに落とされそうだもん。
「そうでしょうか?」
「チュリ様、本当のことを申し上げます。実は、キュベリアから私が使わされたのは、メイクの技でガンツ様を驚かせるためだったのです。ところが、ガンツ様は、女性の美醜を見世物にするとはと、お怒りになりました。そのような方が、美醜を行動基準にするでしょうか?」
チュリ様は首を横に振る。
「決してそのような人ではありません」
「じゃぁ、もう一つ尋ねます。チュリ様は、人前に出たいですか?これからも出たくないのですか?」
チュリ様は、ぐっとスカートの端を握り締めた。
「私、人前に出るのは苦手ですが、ですが、必要な場面にも姿を隠すようなことはしたくありません。国民への子供のお披露目や、リエスさんたちのような他国との交流の場、后の姿があってしかるべき場からも逃げ出すようなことはしたくありません。主人の足を引っ張るようなことだけは、したくないのです」
私は、すっかり涙の乾いたチュリ様の顔に、今度は水でぬらしたタオルを当てた。目元の熱を取るために。
「では、私が魔法をかけて差し上げます。チュリ様、きっとガンツ様にお気持ちをお伝えできるとっておきの魔法です」
「お願いします」
チュリ様からは、力強い返事が返ってきた。
私は、メイクを施しながら、「クリスマスの贈り物」という物語を話して聞かせた。貧しい夫婦が、お互いを思いやってプレゼントを選んだ結果とてもちぐはぐなプレゼントになってしまった。だけれど、お互いを思いやる気持ちは確かで、二人は幸せだという話だ。ガンツ様とチュリ様、お互いを深く思っている。会話が足りないためにすれ違わないようにと願う。
米粒の二重まぶたは上手くいった。後は、グランラのメイク道具を使って、垂れ目系でか目。ぽってりふっくらつやつや唇。ふんわりチーク。癒し系っぽさを強調した可愛いい系メイクを施す。
いやー、さすが地味顔。化粧映えすること、すること。半顔メイクで写真とって画像アップしたいくらいの変わりようだ。
完成して、鏡を見たチュリ様の驚きようといったら。
「本当に、これが、私ですか?」
「化粧をしない子供のころは、生まれた顔が自分の顔です。しかし、化粧をする年齢になれば、化粧をした顔がその人の顔です。人前に出るときはお母様もお姉さまたちも化粧をしているでしょう?だから、今日からこの顔がチュリ様のお顔です」
小刻みに震える唇。
「あ、チュリ様、泣かないでくださいね。メイクが崩れてしまいますから!笑ってください!笑って!」
チュリ様は、振り返り、私に抱きついた。
「ありがとう。リエスさん」
うわー、癒されるわぁ。なんかいいにおいもする~。
「チュリ様、私の魔法がもう少し万能ならばいいのですが、残念ながら2時間ほどで魔法が解けてしまいます。ガンツ様にお話をするのであれば、お早めに。あ、それから、この魔法は侍女に伝授しておきますから、何度でも使えますよ。必要な時に必要なだけ使えばいいのです」
「ありがとう。私、夫に気持ちを伝えてきます!」
といって、侍女を1人伴って部屋を出て行った。
力が抜けて、ソファに座り込む。
「あー、なんとかなったぁ……お怒りを買うようなことが無くてよかった……」
アジージョが、私の後ろに立った。
「本当に、チュリ様が泣き出した時にはどうなることかとハラハラいたしました」
アジージョも緊張の糸が解けたのか、口が軽い。
テーブルの上に、てきぱきと残った侍女がお茶を出してくれた。
「リエス様」
侍女が意を決したように話しかけてくる。
「は、はい、なんでしょうか?」
「ありがとうございます」
侍女が深く頭を下げる。
え?何?私、侍女さんに何かしてあげたっけ?
「チュリ様は、ずっとずっと悩んでいたのです。後宮にいる方々は、あることないこと、チュリ様を悪く噂していましたし……」
「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました。」
他の侍女もやって来て、頭を下げられた。
うっすらと涙を浮かべている侍女もいる。
愛されてるね。チュリ様。素敵だ。チュリ様のことを思ってくれる侍女がいるのは心強いね。
「先ほどの化粧の方法を、皆さんに教えます。これから先は、皆さんでチュリ様に化粧をしてあげてくださいね」
きっと、ここにいる侍女達は、この化粧の方法を他に漏らしたりはしないのだろう。チュリ様のために。
まぁ、秘密にしてないけれど、グランラでは秘密扱いになるような気がする。まぁどうでもいいけどね。
侍女さんたちに、化粧の方法を教えながら雑談。雑談という名の情報収集。
「ガンツ様を驚かすためにはどうしたらいいのか、何かアイデアありませんか?」
まぁ、遠まわしに探りいれる必要もないので、ずばり聞いてみた。
「んー、そうですねぇ」
メイクレッスンをしている3人の侍女達は、手を動かしながら賢明に考えてくれた。
「参考になるか分かりませんが、ガンツ様がお喜びになったのは、お子様が生まれた時のことですかね?」
「そうそう、あれは、私達も感激しました」
「綺麗ですよね~」
侍女三人が、お互いに頷きあってる。
えーっと、全然話が見えてこないんですけど?
「え?出産が感動的だったってこと?」
 




