33 決戦
決戦の場は、大広間ではなく12畳ほどの部屋だった。
中央の円卓の、正面に女帝。左右に官吏。こちら側は、シャルトを中心に右にサマルーと官吏、左に私と官吏という並びだった。
部屋の隅には記録をとるための者や護衛、侍女などが控えている。
「陛下のご要望でございます、技術提供の件からお話させていただきます。リエスは現在、キュベリア王都近くに身を置いています。ピッチェでの技術指導は困難であります。キュベリア王都での指導という形を検討させていただきました。指導を受けるにふさわしい人物を、キュベリア国の客人として迎え入れる準備がございます」
なんとまぁ、あれから話あったのか、国賓扱いした上で技術を教えてあげるということらしい。
「セバウマ領ではなく、王都とな?」
女帝の動揺が伝わってくる。話が国対国になれば、より慎重さを要するからだ。
「はい。キュベリア国は、ピッチェとの友好的な関係を望んでいます。必要ならば、いかなる援助も惜しまないと」
どや顔にしか思えない、キュベリアの面々。ああ、やっちまいやがった!
「まぁ、嬉しい!」と、飛びついて喜ぶとでも思っているのだろうか?
「その申し出は嬉しく思う、しかし……」
女帝は、隣の官吏と視線を交わす。
「我がピッチェには、恩に報いる手を持たぬ」
化粧の仕方を教える程度であれば、お礼に金貨一袋でも渡せば済むだろう。
相手がセバウマ領であれば、何度か貢物でもすれば済むだろう。
しかし、国として援助を受けてしまえば、国として借りを作るようなことがあれば、金貨一袋ですまないことは容易に想像がつく。
レイナール様が援助を受けることに難色を示したため、シャルトは次の言葉を発しようとした。
「恐れながら、陛下!」
シャルトの言葉を私が遮る。
予定にない突然の発言に、ピッチェのみならずキュベリア側からも驚きの視線が集まる。
「ピッチェには、キュベリアにないすばらしいものをお持ちです」
一同、まさか?という顔をする。
いち早く言葉を発したのは女帝の隣の官吏だった。
「失礼、何のことを言っているのか理解できないのだが……」
皮肉だと思われたのか、若干語気が荒い。
「こちらです」
私は、手に持っていた巾着袋から、洗濯場から持ってきた石鹸をテーブルに置いた。
「なんじゃ?これは?」
「ぬ、ただの石鹸ではないか!これのどこがすばらしいと言うのだ!」
シャルトもサマルーも、突然の私の行動にどうして良いのか戸惑っているようだ。
「そうです、これは石鹸です。キュベリアではまったく見ることができないものです」
キュベリアにはないものの登場に、サマルーが少し食いつきを見せた。
「何に、使うものなのですか?」
「ピッチェでは、洗濯に使っています。汚れが綺麗に落ちるのです」
それを聞いて、サマルーの関心が遠のいた。
洗濯物がきれいになる、たかがそれだけの品か、といった心の声が聞こえそうだ。
「ですが、本来石鹸は洗濯にだけ使われるものではないのです」
ざわっと、場がゆれる。
石鹸を有するピッチェですら、石鹸の価値は軽んじられている。
「石鹸の一番の有益性は、」
わざと、間を長く取る。
「罹患を防ぐことにあります」
この世界の医療技術は、あまり進んではいない。
たかが食中毒、たかが風邪でも命を落とすのだ。まして、感染力の強い伝染病がひとたび流行れば、国が滅ぶ。
「石鹸で手を洗うことを習慣付ければ、すべてとはいきませんが、ある種の病気を防ぐことができます」
日本人なら誰もが一度は耳にしたことがある言葉。「石鹸で手を洗いましょう」だ。
「な、なんと、病を防ぐと?それは真か?」
証明しろと言われても、細菌とかウイルスとか言っても……分かってもらえないだろうし。
と、思っていたら、思わぬところから助け舟が出た。
「陛下、以前侍女頭からこんな話を聞いたことがあります。洗濯場で働く者は、病気による欠勤が少ないと。」
まさに、水を打ったような静けさだ。
罹患率を下げることの重要性は、この場の誰もが理解しているようだ。
「我がピッチェに、そのようなすばらしいものがあるとは知らなんだ。どうじゃろう、シャルト殿、支援の見返りはこの石鹸ということでは?」
「お待ちください陛下、国内供給量が激減すれば、混乱をきたします。病が防げるとなれば、需要も増すことも間違いありません。今はまだ、他国へ融通は難しいかと」
想像通りの展開に、思わずにやりと笑った。
「こちらを、ご覧ください」
巾着から、昨日作りたての石鹸を取り出す。
レイナール様が、手に取る。
「よい香りがするな、こちらはオレンジであろう?もう一方は薔薇かえ?」
「手を洗った後に、微かに香りが手に残り楽しめます」
「それはよいな、貰ってもよいかえ?」
次の発言は、女帝の不興を買う可能性がある。女帝の懐が広いことを願いつつ、言葉を口にする。
「ゴミで作った物ですが、それでもよろしければ」
「な、何!ゴミと言ったか?」
当然、ぎょっとする女帝。
「正確には、ゴミであってゴミでないものです」
女帝の脇の官吏は腰を上げてわなわなと震えている。「無礼者、手打ちにしてくれる」って言葉が飛んでくる前に、捲くし立てる。
「石鹸の生産量についてですが、産地に伺いましたところ原材料さえ揃えば増産は可能ということでした。ご存知かどうか分かりませんが、主な原材料はピッチェ特産のオリーブ油などの油です。つまり、油さえ手に入れば石鹸を作れるということになります。そして、残念ながら油の生産量を急に増やすことは難しいのです。流通している油を石鹸生産のためにまわすことも、国内の混乱を招き難しいと思われます」
少々早口で話を進める。官吏も、今は怒りでこぶしを振り上げるよりも話を聞くべきだと考えたようで、耳を傾けてくれる。
「ここで、一つ質問させていただきます。折れた矢はゴミですか?」
「折れた矢など使い物にならん、ゴミに決まっておろう!」
と、一番血の気の多そうな官吏が答える。
「そうとも言えますまい。それは、現場に立ったことのある者が一番知っていましょう」
温厚そうな官吏が、護衛に立つものを一人手招きする。
「折れた矢をどうするのか申してみよ」
女帝に促されて、護衛は説明した。
「鏃と羽根を取り外し、新しい矢に用います。折れた部分も薪として使います。ゴミとして捨てる部分はございません」
「捨てればゴミ、使えば資源という言葉がございます。捨ててしまった時点で初めて物はゴミとなります」
女帝は静かにうなずいた。
「なるほどな。今までゴミとして捨てていた油を有効活用したということじゃな。確かに、ゴミであってゴミでないものじゃな。それで油は足りるのかえ?」
女帝は、私の言わんとすることをすぐに理解してくれた。
「はい。そこで、陛下にお願いがございます」
「なんじゃ?」
「揚げ物に使った油を捨てずに集めるように、お触れを出していただけないかと。そうすれば、ピッチェとキュベリア国内に流通させるだけに足りる石鹸を作ることが叶うかと」
「く、はっはっはっはっは、どうじゃ、シャルト殿、ゴミで作った石鹸でよければ、キュベリアに融通できるが」
シャルトは、言葉に詰まっている。まじめな性格からすると、ゴミという言葉がどうしても引っかかるのだろう。
「実に、実にすばらしい!当然、元々がゴミだけに、コチラの方もご考慮願えるんですね?」
と、サマルーが手でお金をあらわす形を作る。
「そうじゃな、そうなるじゃろう」
シャルトがハッとしたように動きを再開する。
いくら病を防ぎ国に有益な品といえど、値が張れば普及させることは難しい。ピッチェの立場から言えば、石鹸は専売特許なのだ。法外な値段を吹っ掛けることだってできる。しかし、ゴミ云々という話があったおかげで、それもできなくなったと言うわけだ。
こうして、ピッチェ側キュベリア側ともwin winの取引が行われることとなった。




