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288 目覚め

「早く、早くリエスさんを呼んでくださいっ!」

 オーシェちゃんの声だ。

 窓から騒ぎの方を見下ろす。

 何?

 オーシェちゃんは、ラトを見ていてくれたはず。なぜあんなに息を切らして、必死に門番に食い下がっているの?

 まさか!

 ラトの身に何か……!

 足が震える。

 動け、私の足、こんなところで震えている場合じゃない。

 転びそうになりながら、走り出す。

「オーシェちゃん!」

「ああ、リエスさんっ!早く来てください!」

 入口でオーシェちゃんに腕をつかまれて、そのまま引っ張られた。

 ラト、ラト、ラト!

 ラトの容体が急変?

 何が起きたの……。

 すぐにオーシェちゃんに尋ねれば答えてくれるだろう。だけど、怖くて聞くことができない。

 ラトのいる宿が見えた。

 怖い。怖い。

 怖くて近づきたくない。知りたくない。怖い……。

 もし、ラトの容体が急変して……心臓が、呼吸が、……。

 部屋の前まで来た。怖いという気持ちは、部屋の中から聞こえた物音にかき消される。

 何も考えずに、ドアを開けて飛び込んだ。

「あー、もう……大丈夫ですか?」

 オーシェちゃんが、慌ててベッドから上半身が落ちたラトの体を支え、ベッドに戻した。

「目を覚ましたら、リエスさんはどこだって、今にも部屋を飛び出そうとするんですよ。だから、すぐ呼んできますって行ったのに……。その体では動くのは無理だと」

 目の前には、ラトがいる。

 オーシェちゃんはラトに普通に言葉をかけている。

 ラトと……オーシェちゃんが、会話してる……。ああ、会話ができると言うことは、ラトは大丈夫なんだ……。

 ラトを見る。

 私を見る、ラトがいる……。


 オーシェちゃんが医者を呼びに部屋を出ていくまで、私もラトもただお互いの無事を無言で喜んだ。

「ごめんね、ちょっと体が自由に動かなそうだ、こっち来てもらっていい?」

 ラトが困った顔をして私を手招いた。

 声は小さくて擦れているけれど、発音も内容もしっかりしている。呂律も回ってることにホッとする。

 すぐに、ベッドサイドに歩み寄り、膝立の姿勢になる。

「ラト……、ごめんね、私のせいで……」

「違う、リエのせいじゃない。ウォルフのせいだろう?……それから、別に、気に病む必要はないよ。足と背中と肩が痛むけれど……。落馬したときも、城の2階から転落したときも、こんなもんだった。慣れてるから」

 え?

 落馬は私もしたから、馬に乗ることが日常であるラトならあり得るのかもしれないけど……。

「2階から転落?」

 やんちゃだったってことかな?

「ああ。暗殺されそうになって、逃げて落ちた。情けないことに……」

 暗殺?

 はっと口を手でふさぐ。手が震えている。

「な、情けなくなんてないよ……無事でよかった……」

 ラトが、右手をゆっくりと上げて、私の手に重ねた。

 落馬したときに私も全身を痛めた。少し手を持ち上げただけで背中に激しい痛みが走ったのを覚えている。

 無理して動かないでと言おうとしたら、ラトが先に口を開いた。

「震えてるね」

 だって、暗殺なんて……。ラトの身に起きるなんて……。

 そういえば、初めて出会った時は誰かに切られていた……。あれも、命を狙われていたの?

 血まみれのラトの姿を思い出して、ブルリと震える。

「ごめん」

 ラトが謝る。

 何故謝るの?

「怖がらせてごめん……暗殺なんて……」

 小さく首を横に振る。

「大丈夫。暗殺が怖いんじゃなくて、ラトが命を狙われたって聞いて怖かったの……」

 我ながら、言っている言葉の意味がうまくラトに伝わらないかもと思ったけれど……。

 ラトが死にそうになったっていうことが怖い。

 ラトを失うかもしれないということが怖い。

 だって、私、ラト……。

 気が付いてしまったもの。

 もう一度ラトがプロポーズしてくれたら、きっとその手を取るって。

 私、ラトのそばなら、この世界で生きていられるんじゃないかって……。

 日本に帰れなくても……、構わない……って。

「……やっぱり……、リエ……」

 ラトの顔が曇る。

「何?」

 辛そうな表情。

「戦争を知らない子供たちって言葉がある国から来たリエには……、暗殺なんて身近じゃなかったんだろう?」

 うん。

 人は、病気や事故で亡くなることがほとんどで……。

「人が人の命を奪うのは、どのような理由があろうとも犯罪で……禁止されてたから……」

 そう、例え、暗殺者に命を狙われても……。暗殺者を殺してしまえば、正当防衛が認められなければ自分が犯罪者になってしまう。

 それどころか、家族を皆殺しにされても、犯人を殴ることすら許されていない……。

「私の国も昔は刀……剣を腰に差して歩いている人たちがいたんだけど、今それをやるとそれだけで犯罪なのよ。銃刀法違反っていって、幼児が使うようなハサミでも刃渡り8センチ以上あると、持ち歩いたら駄目なのよ……危険がないようにしまっておかなければ。流石に大げさでしょう?幼児のハサミを持ち歩いてるだけで職務質問されちゃうとか、場合によっては牢屋に入れられちゃうんだよ?」

 ラトの顔が曇ったままだから、楽しい話をして笑ってほしいと……。

「平和なんだ……。戦争どころか……、身を守る道具を携帯しなくてもいいくらい……」

 ラトの目はより一層暗く沈んでしまった。


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