280 言ってほしかった
朝食を食べながらウルさんから報告を受けた。
ウォルフの船に潜入したスパイから特に連絡はないと。連絡がある場合は、ウォルフが策略を練って新たな動きをし始めたことらしいので、連絡がないということは問題ないそうだ。
朝食のあと、港町の戦略本部として借り上げた大商人の屋敷に足を運ぶ。
王都から、トゥロンやカーベルさんも来ている。
「女神よ……そして、キュベリアの王には、感謝してもしきれない」
トゥロンが跪いて頭を下げた。
カーベルさんもトゥロンの後ろで同じように膝をついて頭を下げる。
「あの、二人とも、頭をあげてください。私は……。私が、戦争になってほしくなくて勝手したことです……」
トゥロンが頭をあげた。
「女神よ……。それでも、あなたのおかげで我々……トルニープの民が誰一人として血を流すことはなかった……」
そう。
トルニープの人たちがみんな無事でよかった。
だけど……。
だけど……。
私が表情を曇らせたから、トゥロンにも伝わったのだろう。
「トルニープの民のために……キュベリアの王は……どのように詫びたらよいのか……」
トゥロンの目の光が弱い。
「ち、違う、トルニープの民のためじゃないっ!」
ラトは……、ラトは……。
私が、私のために……。
私がラトに頼らなければ、こんなことにはならなかった……。
ラトが今苦しんでいるのは、私のせいだ。
ランちゃんたちを逃がした時は、私が一人で動いたせいでトゥロンを危険な目に合わせた。
今度は、ちゃんと……一人じゃなくて、相談したのに……。
それでも、それでもやっぱり……。私のせいで……。
「そうですな。キュベリア王は、トルニープの民のために動いたのではあるますまい。トルニープのみならず、キュベリア、ひいてはこの大陸にすむすべての人間のために動いたのでしょう。ここ10年、戦火のない平和な大陸となったのに……ウォルフに平和を踏みにじられたくない……。私も同じ行動をとったでしょう」
カーベルさんの言葉が、ぼんやりと頭の中に入ってくる。
「平和のために……?」
……そうだ……。
確かにラトは私に手を貸してくれた。
だけれど、その目的がウォルフを追い払うため……戦争を回避するためだと知っていた。
だから、手を貸してくれたんだ。
いくら私の頼みだからといって……ラトはなんでも言うとおりにしてくれるはずがない。一国の王が、惚れた女に操られるなどあってはならない。
思い返せば……。
私が行方不明になってから、ラトが探しまわるまでにかなりのタイムラグがある。
心配で胸が張り裂けそうでも、国を放り出しはしない。
一度国へ戻って仕事をかたずけ、弟のカムラート殿下にすべてを託せるところまで整えて……それから私を探し始めたのだ。
……。
そう、ラトは立派な王だ。
今回だって……。
「平和のために……王自ら動くとは……」
そう、平和のためにラトは気球に乗ってくれた。
オーパーツを使う私の秘密を隠すために、誰にも任せられなかったから……。
「もし……キュベリアへ賠償する必要があれば……」
賠償?
それって、ラトの身を傷つけたからってこと?
トゥロンの言葉にハッと意識を現実に引き戻す。
「トルニープを……」
「トゥロン様、それは、どういう意味で!」
カーベルも賠償の件は初耳らしい。
「カーベル……。元々私は、王の座に執着はないんだよ」
「それは知っております。ですが……」
「トルニープという国ではない。この土地に住む人々が幸福に暮らせるのであれば、その土地の名前が変わってもいい……。これは、グランラ王に学んだ……。争うくらいなら首を差し出すと」
確かに、グランラがアウナルスに攻め込まれたら、アウナルスに明け渡すと言っていた。
だけど、だけど……トゥロン、違う、違うよ……。
「ラトは、キュベリアの王は……犠牲になんてなってない、すぐに目を覚ましてそして怪我も治るよ……!だから、だから、賠償なんて……必要ない、ねぇ、そうでしょう?」
私の叫びに、トゥロンが息をのむ。
「ええ、女神よ……」
静かにトゥロンが口を開く。
「女神のご加護があれば、すぐに目を覚ますでしょう」
うっ。
涙が……。
ボロボロと落ちる。
あああ、あああ!
すぐに目を覚ますって、ラトは大丈夫だって……誰かに言ってほしかった。
気休めだろうがなんだろうが……それでも、それでも……!
ラト!
「女神よ……」
トゥロンが私を引き寄せてぎゅっとハグしてくれる。
「あ、あああ、トゥロン……私、私、本当に……女神だったらいいのに……力があれば……ああああっ」
嗚咽を漏らしながら、ただひたすら……泣いた。
その間ずっと、トゥロンは背中をさすってくれた。
いつの間にか……。
眠っていた。
あれほど、神経が高ぶって眠れなかったのに……。